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偏頭痛侍  作者: 夏山 僕
頭痛の種 其の壱 弟子
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第肆話 抜け忍

「やるわけないだろ!」

 ありんが口火を切った。

「そうでやんす。だいたいこの女子(おなご)は何者でやんすか?」

 状況をまったく把握できていない尭之助(あきのすけ)

「この子は年齢不詳の芭風(ばふう)ありんさん。もっと言うと、生まれも育ちも不詳ね。なんでここにいるのかもわからない」

 能心は興味深そうにありんをじっと見た。

「わかったよ、言えばいいんだろ! 言えば!」

 能心はゆっくり頷いた。尭之助はまだポカンとした顔をしている。


「あたいは露鬼蘇(ろきそ)の里から抜け出てきた、所謂(いわゆる)抜け忍だ。里を抜けるのはご法度で、バレたら永久追放、もしくは始末される。まあ、永久追放は覚悟の上で抜け出てきたんだけど、追手がやってきたんだ」

「ちょっと話に水を差すようで悪いんだけど、氏名、年齢、性別とかから話さないの?」

「もう! あたいの名前は芭風ありん。年齢は十八で、性別は女」

「ホントに女子か?」

「あっしもそう思ったでやんす」

「それはどういう意味だ!」

 能心も尭之助も、“胸がぺっちゃんこだから”とは言えなかった。


「で、なんで消される覚悟までして里を抜けてきたんだ?」

「うーむ。言わなければ駄目か?」

 二人とも凄い勢いで首を縦に振っている。

「あたい里ではかなり優秀な忍者だったんだ。火遁に水遁、手裏剣、分銅(ふんどう)……とにかくなにをやっても男勝りだった。それである時、師範から「師範代にならないか」と言われた。くノ一が師範代になれる機会なんて滅多にないからあたいは二つ返事をした。でも、師範代になる為にはある条件を満たさなければいけないと言われたんだ」

「わかったでやんす!「敵の大将の首を取って来い!」とか言われたんでやんすね?」

「そこの巨体は的外れもいいところだな。敵とか大将とか何時代だって話だよ」

「ただの巨体じゃないでやんす! 能心様の一番弟子、伊武尭之助でやんす!」

(一番弟子? まあ嘘ではないが)

「ややこしくなるから尭之助は割って入るな! わかったな!」

「へい! でやんす」


「十八歳って言ったら年頃だろう? 結婚をしろと言われたんだ。現師範代の男とね」

「政略結婚みたいなもんか。別にいいじゃないか。腕の立つ者同士の子供は優秀な忍者になるんじゃないか?」

「オエェェ……。思い出しただけでも吐き気がする。あんなブ男の子供なんて産みたくない!」

「へ?」

 能心と尭之助は意味がわからなかった。

「結婚って言ったら、一生その人に寄り添っていくわけでしょ? 不細工な男の顔なんて、毎日見たくないよ! お前らだって、不細工な女子と結婚したいと思わないでしょ?」

「わからなくはないが、結婚に顔は関係ないだろ。男は仕事で稼ぐ。女は家を守る。そのことに顔立ちは関係ないと思うぞ」

「あたいは駄目なんだ。その師範代の顔がどうしても許せなくて、それで逃げだしてきたんだ」

 ありんの肩が怒りで小刻みに震えている。

「逃げなくても断れば良かっただろうとは思うけど、事情はわかった。で、追手から逃げるために道場(ここ)に隠れていたんだな?」

 ありんは頷いた。


「で? どうする? ありん十八才と尭之助……何歳だか聞いてなかったな」

「あっしは二十三でやんす」

「お前、老けてるな……。で、尭之助二十三歳。能心二十七歳が見てる目の前で、ひと勝負してみるか?」

「あたいが勝つに決まってる」

「一番弟子として負けられないでやんす」

(もし尭之助が負けたら俺の面目が立たないな……)

「二人とも自信はあるんだな? じゃあこうしよう。勝った方が俺の一番弟子だ。負けた方は二番弟子。どうだ、異論はないな?」

「あたいは能心(あんた)の弟子になんかなりたくないよ!」

「順番的にあっしが一番弟子じゃないんでやんすか?」

(こいつらめんどくせーな)


「じゃあこれはどうだ? 二人まとめてかかってこい。俺が勝ったら二人とも弟子だ。弟子の順番は腕を見て俺が決める!」

「負けたらどうすんのよ!」

「あー考えてなかった。わりいわりい。負けたらお前らの欲しい物を何でもあげるよ。米でも道場でもなんでもいいぞ。俺が勝ったら二人とも弟子になると約束するのが条件だがな」

「こ、米……ゴクリ。武士に二言はないでやんすよね?」

「勿論だ。尭之助、良かったな。お前はもう弟子だし、もしかしたら味方が一人増えて今度は俺に勝てるかもしれない。ありんはどうする? この道場で町娘として出直したいとか思わないか?」

「別に町娘にはなりたくなけど、この勝負、乗った。一対一でも勝てる自信があるのに、二対一で負けるわけがない」

「よし! 決まりだ! じゃあお前ら真剣でいいよ。尭之助は紅葉颪(もみじおろし)な? ありんは、その左右の腰にぶら下げている小太刀を使うのか?」

「ただの小太刀ではない! 右手に持つは“妖刀・右鬼雲(うきぐも)”、左手に持つは“艶刀・左鬼惷(さきみだれ)”だ!」

 右手と左手を交差させて腰へ持って行き、二本の小太刀を一気に鞘から抜いた。

 両手に持った小太刀は夕日に照らされ、吸い込まれそうなほど奇麗に光っている。

 尭之助も斧刀(ふとう)・紅葉颪を鞘から抜いた。

「二人ともいい目つきだ。蝉時雨(せみしぐれ)も喜ぶと思うぞ」

 能心は鞘から木刀・蝉時雨をゆっくりと抜いた。

「木刀とは舐められたものだ。では参るぞ! 切り捨て御免!」

 ありんの声で一同に緊張が走った。

 三人とも腰を低く構えている。


「あたいが先に仕掛けるから、あんたはあいつの逃げ道をふさいで。木刀だから逃げ回るはず」

 ありんは尭之助に耳打ちをした。尭之助は黙って頷いた。

「いつまでこうやって睨み合ってるつもりかなー? 早くしないと日が暮れちゃうよ?」

 油蝉にとって代わり、(ひぐらし)の鳴く声が夕方の庭に響き渡った。

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