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偏頭痛侍  作者: 夏山 僕
頭痛の種 其の壱 弟子
3/16

第参話 くノ一

 尭之助は目をつぶり、大きく息を吸った。

「せ……」

「隙あり!」

 能心は蝉時雨で尭之助の頭をこつんと叩いた。


「いててて! 痛いでやんす!」

「打ちどころによっては、人を殺めることができると言ったろう?」

「そういうことでなく……」

「お? なんだ? 反論か? 俺が卑怯だとでもいいたいか?」

「そんなに“?”で攻め立てられても……。卑怯とは言わないでやんすけど、気合いぐらい入れさせてほしいでやんす」

「はぁ? じゃあさ、お前が戦国時代に生まれてたとして、目の前に敵将がいたとするよね? その時に『今から気合い入れるからまってくれでやんす~』とか言うわけ?」

「それはそうでやん……そうでございますけど」

(“やんす”を真似されて、意識したら変な敬語になった)

「まあ良い。いいか尭之助、刀の道を極めようと思うなら、敵の前で決して油断するな! もう一度だけチャンスをやろう。今度は油断するなよ」

「へい! わかりやした!」


 今度はじっくりと能心の目を見つめ続ける尭之助。

「いきやす! せい!」

 本気で紅葉颪(もみじおろし)を真上から能心に向かって振り下ろす。

 能心は口元に笑みを浮かべながら体を少しだけ横に動かす。

「縦からの剣は横へ避ける」

「なんの!」

 今度は横方向へ刀を走らせる尭之助。

 それに対して少しだけ後退しつつ体をそらす能心。

「ほら尭之助。かすりもしないよ?」

「ぬう! じゃあこれはどうでやんすか!」

 体から真っ直ぐ前へ刀を突き出す。

 能心は素早く身をかわした。とその瞬間、尭之助の真横に移動した。

「そんなんじゃ、紅葉颪に蝿が止まっちゃうよ?」

 と言いながら、蝉時雨を尭之助の背中に向けて斜めに素早く振り下ろす。

「ひ、ひえぇ~」

 前のめりになる尭之助に蝉時雨が襲いかかる。

 体に当たるか当たらないかギリギリの所で、蝉時雨はピタッと止まった。


「俺が真剣を持っていて、殺そうと思っていたら、お前は死んでいた」

 尭之助は息を乱し、顔中に汗をかいている。

「蝉時雨でも本気で当ててたら、背骨は粉々だったね」

「へ、へい……」

「どうだ尭之助。侍っていうのは、ほんの些細な失敗で命を落とすんだ。お前はそれでも侍になりたいというのか? そこに刀があるから? もしお前が、山に帰って(きこり)に戻るって言っても俺は非難しないぞ」

 尭之助はすっかり意気消沈している。

「どうした? 返事ができないか?」

 尭之助はこくりと頷いた。

「そうか。ゆっくり考えてくれ。正直な所を言うと、夏風流剣術道場も住み込みはキツいんだ。でも尭之助が“やる”と言うのなら迎え入れる。武士に二言はないからな。俺は先に帰ってるから、もし続けるなら、戻ってこい。辞めるのなら、このまま山に帰れ」

 能心は尭之助に背を向けた。

 尭之助はずっと俯いたままだ。

(もうちょっと少食なら大歓迎なんだけどな)

 能心が砂浜を去ると、尭之助の耳には波の繰り返す音だけが響いた。


 日が西に傾きかける中道場に戻ると、能心は何者かの気配を感じた。

(んー、殺気はない。物とりでもなさそうだな。では何奴?)

「ただいまぁー。あ、俺一人暮らしだから、誰もいないんだった。失敬失敬。って誰に謝ってんだよっ! 俺!」

 道場の方から押し殺した息が聞こえた。

「さーてと……お父さんは(かわや)に行くとするか。あ、俺独身で子供もいなかったわ。失敬失敬」

「くすくすくすくす」

 今度は笑い声がハッキリと道場の天井の方から聞こえた。

「で? 屋根裏にいる人? 何してるの?」

「にゃおーん」

「なーんだ。ただの鼠か」

「猫だ!……し、しまった!」

 女の声だ。

「ほほう、女子(おなご)か。恋文ならば屋根裏からではなく、草履箱に入れてくれないかなぁ。あ、手渡しでもいいよ。出てきてごらん」

 能心は刀に手をやった。攻撃されない自信はあったが、念のためだ。


「見つかってしまっては仕方ない」

 (はり)から人が飛び降りてきた。

 足音もなく着地した女はその場にしゃがみ込んだ。

「お前……くノ一(くのいち)か」

 夏だというのに長袖の深紫色をした装束に身をくるみ、左右の腰にはそれぞれ小太刀(こだち)を一本ずつ差している。頭には同じく深紫の頭巾、顔には口当て。長い睫毛にぱっちりとした二重瞼、そして茶色い目だけが露出している。

何故(なにゆえ)あたいがいるとわかった?」

 くノ一は立ち上がりながら言った。身長は150センチぐらいと小柄だ。

「うーん。なんとなく?」

「完全に気配を消していたのに……」

「で? 俺の家で何をしてたの?」

「しばし身を潜めていたんだ。道場のくせにがらんとしてたからな」

(がらんとしてて、悪かったな!)

「今は出稽古をしていたんだ。お前も稽古をつけてやろうか?」

「“お前”じゃない! あたいには“芭風(ばふう)ありん”っていう立派な名前があるんだ!」

「ばふうありん? じゃあ“ありん”でいいな。どうだありん」

「くっ、呼び捨てか。あたいに稽古をつけるって言ったよね? やめといたほうがいいよ。こう見えて、里では師範代の一歩手前まで行ったんだから」

「へぇー、すごいじゃん。まあ、俺は師範だけどね。ところでありんって何歳?」

「何歳でもいいだろう! どうすんるんだい! やるのか? やらないのか?」

「どーしよっかなぁ……。でも女子には優しくしないとなぁ」

「おい、お前! あんまりふざけてると本気で怒るよ!」

「“お前”じゃないし。俺には“夏風(なつかぜ)能心(のうしん)”っていう立派な名前があるんだよ」

「ふざけやがって……」

 ありんは能心を睨みつけた。


「能心様ー! あっし、やりやす! 立派な侍にしてくださいでやんす!」

尭之助(こいつ)の間の悪さは天下一品だな。おっ! そうだ!)

「おう! じゃあ早速だが、このくノ一と立ち合ってみてくれ」

「えぇ?」

「えぇ?」

 能心の期待通りステレオで「えぇ?」が聞こえてきた。

 二人の視線が能心の両横顔に突き刺さった。

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