序.とある二人の会話
序.
執務室の扉が閉まる音と共に兵士は退出した。
残されたのは執務室の主であるルイセ・ルーブルストックと補佐のカーマイン・シェルだった。
二人は白を基調とし、赤や金などの煌びやかな装飾を施された士官服を身に纏っている。
ルイセは女性だからか、全体的に細身のものだ。
髪は眉にかからぬほどに短く切り揃えられ、凹凸の少ない身体も相まってまるで少年のようだ。
カーマインは細身ではあるが、鍛え抜かれた者特有の力強さがあり、やや余裕のある士官服を着ている。
そして執務室の調度品も全て質の良いものばかりで、絨毯や机、壁一面に広がる曲線を描くガラスの窓など贅の極みである。一目見ただけでこの二人の階位が高い事など見てとれるが、彼らの表情は異様に沈んでいた。
二人の視線は机の上に置かれた報告書に向けられている。
それは此度迷宮に潜む魔物達の討伐に向かった部下の結末が書かれている。
「帰還者なし、か」
ルイセの鈴のような声は悲嘆に染められていた。
机を境にして正面に立つカーマインの顔が歪む。
「申し訳ございません」
「責めている訳ではない。だが、こうも続くと離反者が出てしまうだろうな。管理能力が無いという評価にも繋がる」
「封鎖しましょうか?」
「封鎖したら入り口が増えてしまうやもしれん。結局は現状に流されるしかない。悔しいが、それしかないのだ」
都市の中心部に突如現れた迷宮への扉の対処に困っているのだ。
迷宮とは未知なもの。前例のないものを相手に人は虱潰しに方策を探すしかないのだが、その時に発生する責任は何処へ行くのだろう。
その対処を任されたのが第五騎士団の団長をしているルイセなのだが、そのおかげで頭を抱える嵌めになっている。
ああすればこうなると思った事は常識外の反応で返され、手駒が不足する事態に陥ってしまったのだ。
「心中お察しします」
カーマインの同情の言葉が執務室に木霊した。
「志願兵は?」
「おりません。皆怯えております」
「ならば平民からは?」
「同様で……」
無理もないか、とルイセは諦めの吐息を漏らした。
「騎士からもか?」
「彼らとて人の子。それに彼らは将来領地を治める役割を持つ者達です。安易に死に場所を求めるような輩はおりませぬ」
「なれば……」
ルイセが言い辛そうに口籠るのをカーマインが続けた。
「奴隷からしかないかと」
「血罪からか。彼らも不憫なものだ。何の罪もないのに、血縁だけで裁かれる」
「それが世の理ならば仕方のない事だと……」
「わかっておる。敵を意図的に作ってやるのが支配者の務めだ。分り易ければ分り易い程良い」
「では、行ってまいります」
カーマインが執務室を退出し、目的の場所へと向かう。
ルイセは物憂げな表情を浮かべ、窓を覆う硝子から空を見上げていた。
晴天である。
こんな日は外で散歩をしたいものなのだが、立場がそれを遮るのだった。