苺の絵の具
朝目覚めると、
部屋の壁紙の苺が、リンゴに変わっていた。
苺好きの私のために夫が探してきてくれたものだったから、
なんだか悔しいような悲しいような、暗い気分になった。
一晩たったら覚める夢だろうと思ったのに、
次の朝も、まだ壁にはリンゴが描かれていた。
むしゃくしゃして壁を叩くと、ゴロンとリンゴが落ちてきた。
ツヤツヤとした、美味しそうな赤いリンゴ。
でも齧ってみると不思議なことに、それは苺の味がした。
私はそれを皮ごとすりつぶし、
赤い絵の具、ではなく苺の絵の具を作った。
画用紙に思いつく赤いものを描いていく。
ポスト、炎、リボン・・・
書き上げると白い画用紙の上に、まるで本物みたいに絵が浮かび上がった。
紙の上で実体化されたそれらは、すべて苺の香りを漂わせていた。
しかし、ポストは触れると、炎は吹くと、リボンは結ぼうとすると消え、
代わりに紙の上には、苺が3つ転がっていた。
これは苺が見せた蜃気楼のようなものなのかもしれない。
余った苺の絵の具からは、濃厚な苺の香りがする。
子どもの頃によく連れられた、苺畑のような。
私はそれを飲み干した。
でも何も起こらない。
もしかしたら血液が苺ジュースのようになっているのかもしれないが、
切って確かめようとは思えなかった。
私が胸をコツンと叩くと、
心臓が、キュッと小さくなったのが分かった。
でもそれだけで、痛くも苦しくも何もない。
ただ苺の香りだけを感じる。
あぁ、これはきっと一晩たったら覚める夢だわ。
苺の香りでいっぱいになった部屋で、私は幸せな夢を見た。
大好きな大好きな苺と、家族に囲まれている夢を。
次の日の朝、息子が珍しく早く起きてきたのでトーストを焼いた。
「お母さんが作った苺ジャムは、やっぱりおいしいね。」
ありがとう。
でもね、
「が」じゃなくて「で」だよ。
お母さんは苺になってしまいました。という話でした。
読んでくださってありがとうございました。