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コイスルシカク  作者: 柏木一木
Chapter2
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Chapter2-2:比較的当たり前な恋愛論

「性欲の矛先を他に向けるというわけか。確かに、問題となっているのは、妹だけという状況になっていることだしな」


「同志の言い回しは身もふたもないなあ。それに、妹だけないでしょ。母親だっているじゃないか」


 冗談をいう佑哉を軽く小突いた。


「さて、どうしたものかな。考えるまでもなく、手段は三つしかないんだが」


「そうだね。二次元に走るか、男色に染まるか、モザイクに恋するか。個人的にお勧めなのは、最前者だけどね。二次元はいいよ、実に可愛らしい。常に愛らしい」


「佑哉の手前、否定するような言葉になるが、それはさすがに最後にしたい」


「じゃあ、男の子を愛するかい?」


「それもなあ」


 一部の女性や一時期の流行のように、同性に恋する展開というのはフィクションならば美しく描けるのかもしれない。しかし、俺にとっては現実の話であり、自分が男に恋をすることができるのかと問われれば、否定しか結論を出すことができない。


「もし、お前がそういう立場になったら、男を愛することができるのか?」


「どうだろうね。自分で言うのもなんだが、それなりに美麗な顔立ちだと思っているよ。とはいえ、我輩に愛すべき人がいる。相手に言い寄られたくらいじゃ変わらないかな。我輩から好きになったら別だけどね」


 と裕哉は強くは否定しなかった。


「となると、残るはモザイク。一番難易度が高いのを選んだね」


「区別はできないけどな。だからこそ面白いんじゃないか」


「で、どういう話にするんだい?」


「そうだな、ちなみに俺が置かれている状況と似たようなシチュエーションのゲームや小説はないのか?」


「それはあるよ。ゲームだったら『顔のない月』や『光を……』がそうかな。特に後者がシチュエーションが近いと思うけど、参考にならないと思うよ」


「そうなのか?」


「同志もユーザーの一人だからわかると思うけど、古今東西の美少女ゲームは女性から主人公に近づいていくか、事件の渦中に巻き込まれているときに恋に落ちるんだ。この物語は違うだろう? 妹への欲情から目をそらすために、主人公には、別の女性と恋をしたいという漠然とした目的と積極性が存在している」


 たしかに、世には恋愛ものが数多く存在しているが、自分から恋をしたい恋愛をしたい、という物語は多くはない。あるにしても、一目ぼれや憧れなどの片思いの要素が前提条件で付加されているか、そういう主人公が別の目的を手に入れ、結果としてカッコいい可愛らしいところを見せるようなものとなる。


「じゃあ、参考にするようなものはないのか」


「そうでもないよ。とびっきり有名な作品がある」


「なんだ、それ?」


「『ときめきメモリアル』」


 それは美少女ゲームのパイオニアとも呼べる作品のタイトルだった。俺でも知っているような作品であるだけに、その意図がわからなかった。

 それが顔に出ていたのだろう「やれやれ」と裕哉は呆れたような表情を浮かべる。


「ときメモは、初期パラメーターのままでは誰とも恋仲になることができない。しかし、プレイヤーの努力によって誰からも好かれる人間へとなる。つまり、同志の物語の主人公だってそうだ。最初から魅力的なパラメーターの持ち主でないのならば、魅力値を上げればいい。そうすれば勝手に女の子が近づいてくるし、そうれなくとも自分から声をかけてナンパをすればいいだけのこと。それで、問題が解決だ」


 確かに、それはそうだ。これは現実に置き換えてもそうだろう。魅力的な人間がモテる。容姿に限った話ではなく、運動神経がよく体育祭で活躍したり、文化祭でクラスを盛り上げるリーダー的な人間などは、異性に関心を持たれやすい。至極当たり前の話しすぎて、まったく考えもしなかった。

 なるほど、待つのではだめなのか。

 ガラララ。

 そのとき、俺と佑哉の二人きりしかいない、夕日が差し込む教室の引き戸を開く音が聞こえた。


「あ、関原くんに双月くん。二人とも教室に残ってなにしているの?」


 姿を現したのはモザイクであったが、その声に聞き覚えがあった。


「ああ、篠崎氏じゃないか。我輩たちは友情を深め合っていただけだよ」


 やはり、篠崎だったらしい。自分から「篠崎か?」と尋ねのは不自然になるため、佑哉が彼女を憶えていいたのが幸いだった。しかし、俺との出会いのときもそうだったが、佑哉は興味があるなし関係なく、人の顔と名前を憶えるのが得意なのだろう。


「君こそ、何用で教室に戻ってきたんだい?」


「わたしは忘れ物しただけだよ」


 そう言いながら、篠原は机でもロッカーでもなく俺たちに近づいてきた。


「友情を深め合っていたって、もしかして、二人はそっち系の人なの?」


 その言葉には、楽しそうな雰囲気が含まれていた。俺は呆れたように短息を吐き出したのだが、佑哉は笑みを浮かべる。


「なんで、関原くん笑うの! も、もしかして、本当に?」


「それはない!」


 思わず俺は叫んだ。すると、佑哉もうなずき「それはないね」と言う。


「残念だと思うけど、我輩たちには男色のケはないよ」


 残念どころか、ほっとしていると思うぞ、と俺は心の中で呟いた。

 しかし、なにが残念だと言うのだ。篠原も同様のことを思ったらしい。


「なにが残念なの?」


「おや、女の子はみんな、ボーイズラブを嗜んでいるのではないのかい?」


 その返答に合点がいった。佑哉が笑ったのは、転校生のときもそうだが、物語のお約束を垣間見たからなんだろう。篠崎には到底そんなことがわかるわけもない。モザイクの下でどう対処してよいのか困った表情を浮かべている姿を想像したのだが……どうやら違うようだ。


「そんなことはないよ。まあ、確かにそういう娘もいるけどね」


「へえ、やっぱりいるのかい。少なくとも我輩にはわからない感覚だなぁ」


「逆に、たとえばアイドルグループで、○○ちゃんと△△ちゃんはデキてる、とかって思ったりはしないの?」


「ないね。たとえその二人とも好きでも、別に他の女の子と仲良くしてても別に浮気だとは思わないし」


 なにそれー、と言って篠原は笑い声を上げる。ふむ、これはこれは。俺は人知れず笑みを浮かべていた。

 佑哉の言動は一事が万事こういう内容に占められている。故に、普通の人間は関わろうととはせずに話を切り上げようとするのだが、篠崎はそうしなかった。となると、昨日の話は本当なのだろう。篠崎は佑哉に興味を抱いている。もしかすると、忘れ物をしたのも嘘で、実はこの状況を狙っていたのかもしれない。


「そういえば、関原くんは、佐伯さんの歓迎会には来なかったよね。なにか用事あったの?」


「ああ、愛すべき女神に会う約束があったからね」


 篠崎がなにを思って佑哉のことに好意を抱いているのかはわからないが、妄言を放つ男への想いは空へと散ったに違いない。

 そう想っていたのだが、篠崎は話を切り上げようとはしなかった。


「それって、アニメの女の子だよね?」


「そのとおり。二次元世界に暮らしている女神様だよ」


「ふーん、男の浮気性の話は聞いたことあるけど、そんなに女の子を愛して、彼女たちは嫉妬しないのかな?」


 篠崎は現実を引き合いに出しながら、佑哉の物語で構成された世界に介入を始める。

 会話に引くことなく、そう切り込むところをみると、あらかじめ準備していたのかもしれない。


「おもしろいアプローチだね。確かに、一人の女の子を愛し続ける人たちはいるが、我輩も例に漏れず多くのオタクはとっかえひっかえ女の子を取り替える不定な輩にも見える。そして、その女の子は、そうしたダメな我輩たちを怒ることはない。彼女たちの愛に甘んじるともいえよう」


「ダメだってわかっているのに、どうして変えないの?」


「それは簡単さ。彼女と我輩は不変の愛で結ばれているからだよ、必ずね」


「まったくわからん発言だな。いったいどういう意味なんだよ」


 佑哉の謎の発言に俺は想わずツッコミを入れた。すると、佑哉はにやりと笑う。


「簡単なことだよ。現実は死が二人を分かつまで不変の愛を語ることはできないけど、物語ではカーテンロールが降りた時点でそれが確約される。つまり、不変の愛が生まれたのだから、たとえ我輩がほかの娘を愛しても絶対に覆されないのさ」


 そのむちゃくちゃな詭弁に俺は何も言うことができなかった。


「それにね、世界中の愛の総量なんて決まっているのかい? もしそうならば、神様は永遠の愛を誓わせながら、きっとできやしないって、せせら笑っているに違いない。でも、我輩はそうは想わない。愛は永久に尽きることなく溢れているんだよ」


「関口くんは誠実だね」


 俺と同様に呆れていると想っていた篠崎が、驚くべきことにそんなことを言った。思わず、彼女の方を向くが、モザイクが蠢いているだけで、その表情はうかがい知ることはできない。でも、口調から察するに冗談でもなさそうだ。

 好きな相手にあわせているのか? いや、まさか。恋は盲目とも言うが、佑哉の妄言は百年の恋だって冷ますに十分だろう。

 佑哉も篠崎の発言には驚きを隠せなかったらしい。自信という仮面をつけた表情が崩れている。


「そんな顔しないでよ。だって、こういうことでしょ。現実に愛する人を見つけたら、その人を永遠に愛するって」


 なるほど、そういう考え方もできるのか。


「俺は愛する人をけっして裏切らないという宣言をしたようなものなわけだな」


「……うむ、そう端的に語られると、少し恥ずかしいな」


 佑哉は珍しく照れた表情を浮かべた。


「同志も相談の途中で悪いが抜けられない用事を思い出したので失礼するよ。篠崎氏も、また機会があったら」


「じゃあ、またね、関口くん」


 佑哉はそう言って足早に教室から出て行った。抜けられない用事とは片腹おかしい。論破されたわけでもないのだが、恥ずかしくなって居たたまれなくなったのだろう。


「やれやれ」


「関口くんは、やっぱりおもしろいなぁ」


「からかったわけじゃないんだろ?」


「そんなわけないじゃない。それとも、関口くんって、持論しか認めないタイプの人なの?」


「そうじゃないと思うけどな」


「なんか、薄弱な言葉だなあ。どうして?」


「いや、佑哉とそこに至るまで話した人間をみたことないし」


「なるほど」


 篠崎はモザイクを大きく動かしながら笑い声をあげた。


「それにしても、篠崎は俺とこんな話をしていていいのか? 俺が佑哉になにを話すのかわかったものじゃないだろう」


「それなりに双月くんを信用しているっていうのもあるけど、別にそれでもいいかな、って思っているしね」


「どういう意味だ?」


「接点がないからね。まずはそれが一番大切じゃない?」


「なるほど」


 芸能人と付き合うことが難しいのは、まず知り合うきっかけがないからである。接点ができて、初めてチャンスが生まれるのだ。佑哉が先ほど言った「ナンパをすればいい」というのも同じで、相手との接点を作るためには必要な手段なのである。


「で、篠崎はこのあとどうするんだ?」


「どうするんだって?」


「どうアプローチをするのかってことだよ」


「とりあえずは仲のよい友達を目指そうって思っているから、とりあえずメアド交換かなぁ」


「意外と慎重なんだな」


「正直、関口くんのことがわからないからね。とくに恋愛観がまったく読めないし」


「二次元への愛と違うと」


「そうだね。フラレない、別れない恋愛とは違うもの。だから、そのへんがわからないなぁって。告白した方が早いっていうのならばそうするけど、断られたら終わりじゃない?」


 確かに、我輩には愛する人がいるので付き合えない、とか言いそうだ。


「しかし、ファミレスのときには訊かなかったけど、佑哉のどこがいいんだ?」


「だって、おもしろそうじゃない」


「それだけ?」


「あと、カッコイイと思うよ」


 恋愛に深い理由は必要はないということか。


「そういえば、二人は友情を深め合っていたって言ってたけど、どんな話をしていたの?」


「なんてことはないさ。ただの雑談だよ」


「そうなの? 関原くんて、用事がなければすぐに帰るじゃない。だから、真面目な話でもしているんじゃないかなって思って、入るの躊躇していたんだけど」


「やっぱり、忘れ物したっていうのは嘘だったのか」


「へへへ」


 篠崎はたぶん舌を出して笑って見せたに違いない。


「そういうこと。でも、話したくなかったら別にいいよ」


 さて、どうしようか。

 篠崎がいうように話す義理もないが、今後の指針のため、異性から意見を聞いてみたいという思いもある。だからといって、裕哉と同じ話を振り方をするのはどうだろう?


「……まあ、あれだ。俺が彼女が欲しいって話をしていたんだよ」


「えー! 意外!」


 ありきたりなことから話を広げようと思ったのだが、思いのほか強い反応があった。


「意外ってなんだよ。俺だって、人並みに異性には興味はあるぞ」


「そうなの? わたしの印象だと、女の子のこと完璧に無視しているようにしか見えなかったけど」


「そうか?」


「無視っていうのも違うかな。なんだろう、興味がないっていう方が正しいのかなあ、特定の人と話しているところを見たことないし」


「よく知っているな」


「……あのさ、ちょっと確認してもいい? もしかして、わたしのことを全然憶えてなかったりする?」


「まったく。どこかで話したことってあるっけ?」


「最悪」


 表情はわからないが、その口調から気分を害していることが読み取れた。


「冷静に考えてみて。まったくの見ず知らずの人に、気になっている人のことをいきなり尋ねる?」


「そういうこともあるだろうって思っていた」


「だとしても、関口くんよりも前に双月くんのパーソナル情報を知ろうとするって。双月くんが二枚舌の嘘つきだったり、関口くんを愛していたりする可能性があるんだから」


「それもそうだな」


「はあ、そんな人間だから、関口くんと仲がいいのかなぁ」


 篠崎は、耳に届くような大きなため息を吐き出した。


「それで、いつ話したことがあるんだっけ?」


「中学のときの文化祭。双月くん、実行委員だったでしょ。そのときに結構しゃべったんだけどね」


 確かに俺は文化祭実行委員をしていた。しかし、篠崎と話した記憶はまったく思い出すことができない。


「高校になるまで一度も同じクラスになったことはないけど、小学校から一緒だったしさ。興味あったし、個人的には仲良くまではいかないけど、それなりに交流を深めたつもりだったんだけどなぁ」


「耳が痛い話だね」


「まあ、別にいいけどね。でも、そうかあ、双月くんが彼女が欲しいと思うんだあ」


 まるで誰か俺に気を持っている人間がいるような含みのある言い方であるが、勘違いして自意識過剰ととられるのも恥ずかしいので、あえて尋ねることはしなかった。

 少なくとも俺は、顔が整っているわけでもなく、体格も平均的、スポーツもそれなりにこなすことができるような平凡な人間である。変人に恋する篠崎のようにマニアックな人間がいるとは思えない。


「じゃ、そろそろ帰るね。と、その前にメアド交換しよ」


 断る理由もないので赤外線を使ってアドレスを交換する。「バイバイ」と言いながら、篠崎はモザイクを大きく揺らして教室から出て行った。


「さて、俺も帰るか」


 手かばんを持って昇降口へ向かう。長いこと教室で話していたせいか、廊下には生徒の姿もモザイクの姿もなかった。コツンコツンと夕日によって茜色に薄く着彩された廊下に足音が響く。階段に差し掛かったときに、俺のではない、別の足音が耳に聞こえてきた。

 特に興味を持ったわけではなく、何の気なしに振り向く。

 そこには、見知らぬ女生徒がつまらなそうな表情を浮かべながら歩いていた。

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