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コイスルシカク  作者: 柏木一木
Chapter2
7/8

Chapter2-1:愛はすべてを肯定する

『Goooooooood morning!』


 朝。ミニコンポから流れる陽気なDJの声で、俺はいつものように目を醒ます。記憶にこびりついて取れない美希の肢体が後悔の念に、吐き出された精子まみれの下着が惨めさを浮き上がらせた。

 なにやっているんだ。

 なにやっているんだ!

 ああ、確かにそうだ。美希は俺にとって唯一の若い肢体を眺め見ることができる存在だ。でも妹だぞ。本来ならばそんなことを欠片とも考えてはいけない。それなのに、たった一度、妹の、家族の裸を見ただけで自分の理性は崩れ去れるなんて。

 俺はケモノに成り下がってしまったのか?

 このままでは、美希に手を出してしまってもおかしくはない。だが、そんなことは自分の尊厳にかけてしてはならない。絶対にあってはいけないのだ。

 ならばどうする?

 なにもしなければ、理性は冷蔵庫に保管され続けた野菜のようにゆっくりとだが確実に腐敗いくだろう。いつかは取り返しの付かない結末を迎えてしまうに違いない。

 ならばどうする?

 性欲の対象を別に向けなければならない。

 佑哉のように、二次元の美少女を愛すべきか? それは無理だ。いままでだって唯一の愛でる対象と認識していたにも関わらず、それしか欲望を吐き出すことができなかったのに、そうならなかったのだ。

 俺には二次元の美少女を愛する資格を持ち得てはいない。

 ならば――いやまて。結論を出すのが早すぎる。冷静に考えよう。

 二次元……そうだ、佑哉がこんなことを言っていた。


「悩みは自分ひとりでは抱えてはならない」


 佑哉がそう断言した根拠は他でもない、マンガやアニメなどの影響である。


「古今東西、物語においてたった一人で悩んだ主人公はろくな目に合わない。そして、その悩みの大概は家族や恋人、友人によって解消される。ならば、最初から話した方がよい結果につながる」


 確かにそうだ。

 家族や友人に自身の悩みであるモザイク病のことを相談すれば、耳を傾けて一緒に悩んでくれるだろう。その結果、問題を解決できるかもしれない。

 だが、こうも考えることもできる。

 表面上では、自分のことを心配しているが、裏では何を考えているのかわかったものではない。愛すべき人たちが、自分のことを狂人として接してくるかもしれない、と。

 このような考えがよぎるのが人の弱さであり、「人はそこまで強くないのだ」と自分のキズをさらけ出さないための逃げ道を用意させるのだろう。

 しかし、優先順位が変わった。

 モザイク病は、たしかに自分にとって大きなキズなのは間違いない。ただ、それが誰かを傷つけるわけではなかった。自分だけで完結する問題なのだ。

 それが、自分の肉親を性欲の対象として捉えるようになってしまった。

 一時の気の迷いに過ぎず、理性を持ってすれば妹に手を出すことなんてありえない。

 そう考えることもできる。

 しかし、そう信じることができるほど自分を信用することはできない。むしろ、無意識下だからこそ、本性をさらけ出してしまったと疑っている。

 確信がない以上、それを拠り所にはしたくはない。

 どんなに一人で考えても、この結論は覆りそうもなさそうだ。

 ならば、相談しよう。しかし、いきなり確信に迫ったものではなく、いったんはオブラートに隠しながら。

 すぐに性欲の赴くまま妹へ襲い掛かるほど、自分の理性は狂ってはいないのだから、ひとまずの妥協点としてはこのあたりが適当だろう。

 色々と考えていたせいだろう、携帯電話のディスプレイには遅刻してもおかしくない時間を示していた。

 急いで身支度をして家を出る。元々、美希とは生活のリズムが違うため、顔を合わせることなかった。

 いつもと変わらないモザイクまみれの通学路を走り、校門に差し掛かったときだ。

 ここまでくれば遅刻の心配はないだろう、一息をついたとき、視界の隅にモザイクのない女性の姿を捉えた。


「――!?」


 俺は目を疑り、辺りを見渡した。しかし、ブレザーを着込んだ男子生徒とモザイクに集団に隠れてしまったのか、その姿は見えない。

 妹は別の学校であるため、その可能性はありえない。母さんに関しては考えるまでもないだろう。

 とするならば、男を女と見間違えたか、存在を知らない肉親が同じ学校に通っているか、本格的に気が狂ったのどれかだ。

 だけど――

 辺りを見渡していると、後ろから佑哉に声をかけられた。


「おはよう、同志庸一。なにやら険しい表情をしているが、財布でも落としたのかな?」


「いや、そういうわけではないんだが……そんなに険しい表情をしているか?」


「いつも仏頂面をしているのが同志じゃないか――失敬。目を皿にして真剣になにか探しているように見えたのでな」


「探し物か……」


 その空を掴まない返答に、佑哉は首をかしげた。


「とりあえず、教室へ行こう。あと、相談したいことがある。放課後、暇か?」


「予定はある。が、同志の悩みならばその時間を作ろう」


「悪いな」


「いいよ。録画は完璧だ」


 予定があると聞いて気が引けていたのだが、裕哉の予定というのはアニメを指していたらしい。

 毎度思うことだが、この親友に相談してよいのだろうか?

 少しだけ躊躇せずにはいられなかった。


 放課後。教室に俺と裕哉はいた。

 部活動に所属しておらず、とりたてて学校に用もない俺は知らなかったのだが、案外教室から人がいなくなるのは早いものらしい。数時間まで多くの人がいた場所が閑散としている光景は、物悲しさを感じさせる。西日が差し込む茜色に染められた教室がそれを強調して見せているのだろうか。


「ロマンティックなシチュエーションだね」


 俺が抱いた感傷とはやや異なる感想を裕哉は口にする。


「告白するにはもってこいの舞台が整っているけど、まさか、そんな心積もりではないだろうね」


「同性愛に走るほど切羽詰ってないさ。それに、裕哉には愛する人がいるだろう。二次元美少女よめがいる人間に不倫を持ちかけるなんて野暮なこともしたくない」


「同志はわかっているのでうれしいね」


 裕哉はにやりと笑った。


「それで、我輩にどんな相談を持ちかけるつもりなんだい?」


 そう、それが問題だ。授業中に考えてみたのだが、今自分が抱えている問題をオブラートに包むのは大変に難しい。モザイク病と妹への劣情。どちらも、異常のレッテルを貼られるようなものであり、なるべく避けて話したい。しかし、それを避けてはなにも話すことができなくなってしまう。

 授業中に考えた結果、こう話を切り出すことにした。


「小説を書こうと思っているんだが、書く前に意見が欲しくてね」


「おお、それはすばらしい。実は我輩も書きたいと思ったことがあるんだ。でも、なまじ文章に戯れているのが問題なんだろうね。理想は天よりも高く、自身の書く文章は地に這いずるほど低く見えてしまう。故に、書きたいという意欲は入り口で留まり、書きあげるまでの道程を歩むことができないでいる。いや、別の言い方をしよう。我輩には根性がないので、書き散らかした散文は小説の体を成す前にハードディスクの肥やしとなっている」


「まあ、そんな自分を卑下することはないさ。実際、俺も書き上げることができる保障なんてない」


「そうだね。賞賛は書き上げたときに改めて言おう。で、どんな内容なんだい? ライトノベルかい?」


「ラノベかどうかの判断は任せるよ。内容は、異性に対してモザイクがかかってしまう主人公の話だ」


 と、自分の病気をフィクションであるが風に取り付くって言った。

 さながら「俺の知り合いの話なんだけど」と引き合いに出して本音を告げるような言い回しだが、自分の病気は常識の範疇からは確実に外れている。仮に本当だと言っても信じてくれるとも限らない。ならば、そういう設定なんだ、と創作物であるが如く説明した方が、先入観なしに話に乗ってくれるだろう。

 どうやら、モザイクという設定は裕哉の琴線に触れたらしく、楽しそうな表情を浮かべた。


「それは、面白いね。当然、恋愛ものなんだろう?」


「そうなるのかな? とりあえず、話の筋を話すと、主人公は男で、女性がすべてモザイクに見えてしまう。唯一の例外が家族なんだけど、アクシデントのせいで、妹に欲情してしまうようになる」


 別に小説のアイディアを欲しいわけではないので、妹に夢精したことを含めて、自分の身に起こったことを話した。


「ははん、主人公は妹萌えを受け入れる、いれない話になるのだな」


「話を聞いていたのか? それに受け入れるも受け入れないも、家族に対して欲情するのは問題だろう」


「そうかな。妹とはいえ女性じゃないか。好きになるのになにが問題あるんだ?」


「兄妹だぞ?」


「そういえば、同志には妹君がいたな。一人っ子の我輩にはまったくもって羨ましい環境といえるが、妹君がいるとなると受け入れづらい話なのだろう。しかしだね、人という存在を描くのならば、そんなのどうでもいい話じゃないか」


 裕哉がなにを言いたいのかさっぱりわからない。

 それが顔に出ていたのか、裕哉はやれやれと肩をすくめた。


「では、一つに質問をしようか。なぜ、妹とセックスをしてはいけないのだ?」


「な、なにを言っているんだ。妹を暴行するなんてゲームじゃあるまいし」


「そうだね。我輩もそう思うよ。リアルでの暴力行為は最低の所存だ。なんのために、ゲームの注意書きがあるのかと」


 ふざけているのかと一瞬思ったが、ここで茶化すような人間ではないことを俺は知っている。事実、佑哉は真剣な表情を浮かべていた。


「確かに、家族間の性行為――近親相姦を忌諱する感情はわかる。《インセスト・タブー》という言葉が示すように、社会的観点から見ても、生物学的観点から見ても、そう考えるのが正しい認識だからだ。しかし、恋愛感情というのは社会的基盤や本能に基づくものなのだろうか? 近所の目を気にしなければならないといえばそうだろう。種の保存へ通じるといえば確かにそうだろう。しかし、人間にはその先がある。すべてから逸脱した《愛》の営みを行うことだって動作ない動物だ。獣に成り下がり、妹に手を出してしまうのが問題だ。ただし、妹を心から愛し、その愛を妹が受け入れれば、暴力ではなくただ純粋な愛の営みとなる」


 それは青天の霹靂、もしくは瓢箪から駒が出てくるような意見であった。

 確かに、そういう考えもできよう。

 しかし、俺は妹を愛していない。

 自覚をしていないだけなのかもしれないが、到底そういう風には考えられないのだ。

 だから、その意見を受け入れることはできない。


「主人公は肉親以外の女性すべてにモザイクがかかる。しかし肉体を持て余している。そして二次元には興味はない。ならば、妹と愛のあるセックスすればいい。裕哉の言いたいことはわかるよ。でも、なんだろうなぁ、こういってはなんなんだが、俺は意外と常識的な人間なんだろうな。たとえゲームのように血が繋がっていなかったとしても、そういう問題ではなくて、妹とセックスを容認するような流れはどうかと思う」


「同志ならばそう答えると思ったよ。ならば、その物語の主人公もここまで考えて、そう答えて欲しいね」


「そこまで考えるのは行き過ぎなんじゃないか?」


「でも、ここまで考え付いたのならばある客観的な事実が生まれる。妹への性行為を否定しているのならば、衝動的になって妹に手を出すことはない。それは、理性ではなく感覚的な結論なのだから」


 感覚的な結論?


「ちょっと待て。こんがらがってきたぞ。もう少し分かりやすく説明してくれ」


「簡単なことだよ。現実や社会的立場、性別などの障害は、衝動や情熱といった感情の前にすれば紙の壁に過ぎない。逆を言えば、そういった感情がなければ乗り越えることができないのさ。この主人公は、妹の裸を見て欲情した。確かにそれは本当なのだろう。でも、襲い掛かりたいとも執着もしていないのだろう? ならば、問題を起こすような行動は起こすわけがないし、むしろ襲い掛かるような展開になる方が不自然だともいえるだろうね」


 そうなのだろうか? 詭弁に騙されているような気がするが、自分の都合のよい話であるため、素直に受け取った方がよいのかもしれない。


「だいたいね、この主人公は悩みどころの前提が間違っているんだよ」


 と佑哉は、納得しようとする俺の顔に指を向け、設定構築が甘いと言わんばかりに言い放った。


「妹を襲い掛かる苦悩が間違いだっていうのか?」


「そう! その妹に囚われている! 対象が妹じゃなくて、クラスメイトの女性だったら襲い掛かってもいいのかい?」


 それはダメだ。

 ああ、なるほど、今となってやっと冷静になれた気がする。

 妹の裸を見て欲情してしまった罪悪感。

 それをモザイク病の自分を特別な人間だと思い込むことで問題から目を逸らし、悲劇の主人公に仕立て上げていただけなのだ。


「なるほどね」


 と口では言いながらも、素直に納得できないことがある。


「でも、この主人公は、妹しか若い肢体を知らないんだぜ。性欲が理性や感情を抑えることはできるのか?」


「青い時代に生きる我輩たちはいつだって性に貪欲だからね。その危惧はごもっともだ」


 佑哉はにやりと笑った。


「だったら、恋をすればいいんだよ。妹のことを忘れるくらいの、とびっきりの恋愛をね」

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