Chapter1-5:崩れる境界線
篠崎に自分が知る限りの裕哉の情報をオブラートに包みながら吐き出した頃には、はめ込みの窓の外では宵闇が広がっていた。佐伯の歓迎会は散会することになり、二次会組と帰宅組に分かれた。俺は後者を選び、家路に向かった。
自宅に着くと、煌々と居間の窓から蛍光灯の光が漏れている。母さんが夕食の準備でもしているのだろう。
ファミレスでは、フライドポテトくらいしか固形物を口にしなかったが、ドリンクをいささか飲みすぎてしまった。ご飯は少ししか食べれないかもな、と思いながらドアをひねる。しかし、ガチャガチャと音を鳴らすだけで、押し開くことはできなかった。
「あれ?」
安全を考えれば正しいのだが、母さんは自分が家にいるときはあまり鍵をかけない人だった。だから、少し首を傾げたが、こういうこともあるのだろう。深く考えずに鍵を開ける。
ドアを開くと、玄関には妹の美希が唖然とした表情を浮かべて立っていた。
申し訳程度に膨らんだ胸部を晒し、頭に巻きつけたバスタオルと下腹部の下着以外はなにも身に着けていないという出で立ちだ。
「…………」
「…………」
二人とも声を出すことができなかった。
こういうシチュエーションは兄妹間ならばよくあるのかもしれないが、うちでは初めてのことであり、どう対処してよいのか頭が働かない。
「――あ」
最初に行動に移したのは美希だった。
「ド、ドア閉めて!」
「……おお」
漏れ出した怠慢な言葉とは別に、身体は迅速に背を向けた。
「早く服を着ろ」
「そ、そうだね」
階段を登る音が遠ざかっていく。部屋のドアが閉まる音聞こえると同時に俺はため息を吐いた。ふと気がつくと、玄関のドアを閉めるとき無意識にだろう、ドアノブを強く握り締めていた。
まるで石のように固まっているようにも見え、指が動かないのではと懸念したが特に抵抗もなくひらいた。ひらいて、とじるを繰り返したあと、ひらいた手のひらを見つめる。
「なにやっているんだ」
そう呟いたとき、玄関のドアが開いた。
「なにやっているの?」
母さんが帰ってきた。
どうやら夕食の買い物に出かけていたらしい。
帰りの遅い父親を抜かした夕食は、なんとも微妙な空気であった。
裸を見られた美希は、その事実を払拭したい思いからか、妙なテンションの高さで場を盛り上げようと努め、母さんは、箸をまったく動かそうしない妹を咎め、俺はそれにツッコミを入れず、黙って動向を見守っている。
こうやって事実を羅列すると、言うほど微妙ではない気がしないでもないのだが、それでも皮膚感覚で微妙な空気を感じにはいられなかった。
すぐに食事を切り上げ、部屋に戻る。これで風呂に入り、目覚ましがわりのコンポをセットすれば、一日でやらなければならないことは終わりだ。
いつもならばテレビかパソコンに勤しむところなのだが、今日はイベントが多すぎた。早めに寝て、明日にひかえよう。
夢を見た。俺は美希とセックスをしていた。
Chapter1はここまで。
ここの先からが本番です。