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コイスルシカク  作者: 柏木一木
Chapter1
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Chapter1-4:裏表ラバーズ

「双月は、参加するのか?」


 クラスメイトの持史に声をかけられたのは、放課後になってのことだ。


「なにかあるのか?」

「転校生の佐伯を歓迎する会だよ。人数が少なければカラオケに行くし、そうじゃなかったらファミレスに行くつもりなんだけど」

「持史はどっちがいいんだ?」


 そう訊ねたのは、参加するしないどちらでもよかったからだ。

 皆で楽しくわいわいするのは嫌いじゃない。しかし、俺は佐伯に興味がない。ならば、彼女に好意を持っている人間がいいようにするのがいいだろう。


「カラオケだな。俺の甘い歌声を聞かせれば、彼女が恋に落ちるかもしれない」

「恋に落ちる……ね」


 本日二回目となる「恋に落ちる」発言だ。思春期の男は皆同じことを考えており、自分のような人間の方が間違っているのかと錯覚しかける。まさかと思うが、そういった点は自分自身を信用できないので否定はできない。


「恋に落ちることを考えた方がいいのかね」

「お前も彼女を狙っているのか。これは失敗したな」


 俺のどうでもいい呟きに、持史はしまったと言わんばかりに額を叩く。


「いや、今後の自分の身の振り方をだな」

「そうか、猛烈にアタックするということだな」

「そうじゃなくて――まあいい。人数が増えて欲しくないんだろ? だったら参加を辞退するよ」

「そう言うなって。どうせ人数が膨れ上がるだろうから、ファミレスなのはほぼ確定だ。行くにしても二次会だろう」

「にしたって、人数が少ない方が話す機会は増えるだろう。なにか理由があるのか?」


 俺と持史の関係は、同じ中学出身であり何回か一緒のクラスメイトになったことはあるが、それ以上のものではなかった。クラス行事のようなものだし、誘うまでは理解できる。しかし、先ほどの発言から鑑みるに奴の中では佐伯を狙うライバルとなっているのだ。断れば喜びはするだろうが引き止めるには理由がない。ならば、目的があると考えるのが自明だ。


「その疑問はもっともだ。口止めされているが、この際無視だ。はっきり言おう。お前のツレに興味を抱いている奴がいる」

「ツレというのは佑哉のことか?」


 持史はうなずく。


「そいつは……本気なのか?」

「本気なんじゃねーかな。篠田がなに考えているのかわかんねーけど」

「篠田ねえ」


 誰のことを言っているのかさっぱりわからないがオウム返しのように呟く。すると、持史は強調するように「ああ、あの篠田しのぶだ」と言い直した。あの、と言うくらいだから美人に違いない。まったくもって妬ましい。


「しかし、なんてったって佑哉なんだ?」

「たぶん顔じゃないか?」

「でも、性格があれだぞ」

「俺もその意見に同感だが、ツレをそう悪くいうなよ」


 呆れたような表情を持史は浮かべる。


「状況はわかった。つまり、篠田は俺から佑哉の情報を少しでも引き出そうという魂胆なわけだな。しかし、お前が篠田という美人さんと仲がいいのは知らなかったな。どういう経緯だ?」

「なに言っているんだ。お前も含めて、俺たち同じ中学出身じゃないか」

「そうだっけ?」

「お前は昔から女子に興味がないんだな」


 しょうがないだろう。女子はみんな同じに見えるのだから。その台詞を言ったところで、また呆れたような顔をされるだけだろう。

 無言のまま、とぼけたような表情を浮かべて返した。


 佐伯の歓迎する催しには男女含めて十五人が集まった。

 席順を決めるのに混乱が生じたが、誰かが作ってきたくじで決めることになり、その結果なぜか彼女の隣に俺が座ることになってしまった。


「持史、席を変えることはできないのか?」

「俺もそうしたいのは山々だが、ベストポジション過ぎるせいで、それは難しいだろう。席を立つのは不自然だし、俺と変えると他の連中にやっかみを受けそうだ。席替えはするだろうから、それまで佐伯と楽しんでいてくれよ」


 持史はそう言ったあと「仲良くなりすぎるなよ」と釘を刺した。

 さて、どうしたものか。

 数人が席を立ちドリンクバーへと向かう姿が見えた。


「佐伯は、頼んだか?」

「え!?」


 佐伯は驚いたような声を挙げた。後ろから突然声をかけたわけじゃないのだから、そんな反応はしてもらいたくないものなのだが。


「飲み物。ドリンクバーくらいはさすがに知っているだろ?」

「ま、まだ」


 佐伯の声は妙に硬い。自分では平均的な容姿だと思っているが、彼女の目には性欲過多のゴリラにでも見えるのだろうか。表情を見ることができず、反応やしゃべり口調だけ判断しなければならないのがモザイク病のやっかいなところだ。


「てっきり誰かが率先して持ってくるかと思ったんだけどな。なにが欲しい?」

「ウーロン茶」


 俺はドリンクバー向かって「ウーロン茶二つよろしく」と叫ぶ。「あいよー」と返事が戻ってきた。これで大丈夫だろう。

 このまま無言でいるのも苦痛なので、俺は彼女に話かけることにした。


「自己紹介はしたけど、憶えてないないだろうから、改めしてはじめまして。俺は双月庸一」

「あ、うん。わたしは――」

「ちょっと待て」


 俺は、佐伯が自己紹介しようとするのを静止する。


「自己紹介をされるほど佐伯のことを知らなかったら、俺はファミレスにご飯を食べに来ただけの人間になるぞ」

「じゃあ、庸一くんは、わたしに興味があったってこと?」


 肩の力がほぐれてきたのか、佐伯は気さくに返した。下の名前で呼ばれたことに多少の馴れ馴れしさを感じるが、それが元来の彼女の性格なのだろう。

 自己紹介の内容からは文学少女といった印象を醸し出していたが、借りてきたネコの皮をかぶっていただけで、実は明朗活発な女の子なのかもしれない。


「まあね。転校ってしたことないから」

「わたしはこれで二回目。慣れたわけじゃないけど、まだ平気、かな?」

「一度目はやっぱり緊張した?」

「そうだね……小学生のときだけど緊張よりも、転校したくないという気持ちが強かったなぁ」

「やっぱり、子供のころだと友達と別れたくないよね」

「…………」


 佐伯は口を閉ざした。なにか、へんな話題を振ってしまったのだろうか?


「言いたくないのならば別にいいよ」

「別にネガティブなことじゃないんだけど、なんだろうなぁ。て、照れるっていうか……」

「なるほど」


 大方、好きな人がいたという話なのだろう。


「はい、ウーロン茶。なに話していたんだ?」


 とそこに、ウーロン茶を持った持史が話に割り込んできた。


「佐伯の昔話だよ。どうやら、彼女は転校生の玄人らしい」

「へえ、全国を股にかける風来の美少女か」

「そうだ。佐伯が行くところ嵐が飛び交い、稲妻が走る」


 元ネタなんてわかると思って口にしたわけではなかったのだが――


「なんで、わたしが『炎の転校生』なのよ!」


 なぜか佐伯が乗ってきた。


「あはは、なんかそれっぽいねっ!」


 持史は原作のマンガを知らないのだろう。見当違いの合いの手を入れる。ふむ、いったいどういうことなのだろう。


「佐伯は、男の兄弟でもいるのか?」

「え、いないよ」

「じゃあ、お姉さんは? 妹さんは?」


 佐伯がダメでも彼女の家族なら、などと姦計を廻らせているのだろうか、持史がこれ幸いと彼女の隣に座った。そして会話を続ける二人を横目に、用は済んだと俺は席から離れた。

 さて、篠田はどこだ?

 キョロキョロと周りを見渡すというオーバーアクションをとって見せる。

 どれもこれもモザイクにしか見えないので判別がつかないため、自分から異性の相手を見つけ出すことは到底無理である。故に、この探しているフリをすることで、相手の反応を引き出す必要があるのだ。


「あ、双月くん。こっちこっち」


 声がする方向に目を向けるとモザイクが大きく動いている。大方手を振っているのだろう。愛想笑いを浮かべながら会釈して、そのモザイクの隣に俺は座った。


「裕哉のことで聞きたいことがあるとか」

「うわ、単刀直入だね。でもそう。色々聞いてみたいことがあるんだ」

「質問形式でいいか? 篠崎が聞いて俺が答える」

「どうして?」

「これならば、俺の主観による情報の取捨選択に基づく、俺の偏った認識でイメージされた裕哉にならないだろ?」

「難しいこというなぁ。それでいいいいけど、一通り聞いたら、双月くんの意見を聞いてもいいかな? 質問からわたしがイメージした関原くんと、双月くんのイメージしている関原くんの二つが生まれるから、別に問題ないでしょ?」


 裕哉の見た目だけではなく内面も吟味したいという心積もりなのだろう。初めて話をした――と思うのだが、この問答から篠崎が聡明さが窺い知れた。そして、その率直さも。

 内面に裏表がない異性は、個人的に好感を抱かずにはいられない。

 もちろん、彼女が本当に裏表がないのかはわからない。それは彼女に限ったことではなく、すべての人間の内面を伺うことはできないだろう。しかし、ただでさえ得体の知れないモザイクなのに、内面すらも不鮮明というのは未知の怪物のように恐ろしい。


 フェイクだとしても、心地よく騙してくれるなら、怪物よりも詐欺師の方が俺にはよかった。

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