初めてコロナに感染した話
これは、2026年6月の話である。
題名のとおり、コロナの話。
人によってはコロナに対して辛い過去があり、嫌な記憶を思い出させてしまうかもしれない。
そういった辛い記憶などを思い出してしまいそうな方は、今すぐこの小説を閉じてください。
とにかく誰かに話したい、という思いだけで書いているため、オチもなければ面白味もない。多少惚気が入る、かもしれない。
それでも、読んでみようかな、と思ってくださった方、今後の教訓にしていただく、もしくは既にコロナに感染したことがある方ならば、自分はこうだったな、と過去の自分と照らし合わせてみるのもいいかもしれない。
それでは、まいります。
2026年6月。
月初から、我が子たちは風邪を引いていた。
私――紗羽には、子供が三人いる。
月初、子供たちは末っ子から上に向かって順番に、風邪を引いていった。
そして、またどこからか別の病気をもらって、今度は月末にかけて上から順番に風邪を引いていった。
子供を連れて小児科へと向かう。
その翌日、新たに発熱した別の子を連れて、また同じ小児科へと向かう。
受付のお姉さんが私の顔を見るなり、私が診察カードを出す前に棚から子供のカルテを取り出した。
既に顔パス。VIP対応である。
「連日すみません……」
「いいえ、お母さまもお疲れ様です」
受付のお姉様。女神である。
医師の診察が始まり、いつものように子供を丸椅子へ座らせる。
子供が座って椅子ごとクルクル回るのを抑えつけて診察してもらうと、医師は言った。
「最近、またコロナが流行りはじめたから、念のため検査しておこうか」
私は頷いた。
コロナが流行り始めた頃は、日本中、世界中が大騒動した。
しかし、今はその頃に比べたら幾分か落ち着いている。季節性インフルエンザと同じ5類に分類されているらしい。
しかし、私たち家族は、まだ一度もコロナになったことがなかった。
今回は陽性反応が出るかもしれない。
そう思いながら結果を待つ。
「紗羽ジュニアちゃん、結果が出ましたので診察室へどうぞ~」
診察室へ呼ばれて中に入ると、医師はにこやかに言った。
「陰性ですね。」
我が家にコロナは来なかった。
ホッと胸を撫でおろす。
「たぶん夏風邪でしょう。夏風邪は高熱が5日くらい続きますからね。座薬出しておきますね」
「ありがとうございます」
私は、医師に頭を下げて、子供と共に病院を後にした。
子供たちが順番に風邪を引いていくため、一人が5日目で熱が下がったとしても他の子の発熱は続いたまま。
そのため、私の体感は半月……いや、最初の風邪から換算するなら一ヵ月看病し続けているような、そんな感覚だった。
上二人が回復し、ようやく末っ子にも終わりが見え始めた頃。
「(喉が、いたい……)」
私は、お茶を飲んで眉間に皺を寄せた。
これは子供たちから風邪をもらってしまったのかもしれない。
最悪だ、と思いながらも、気付かぬふりをして家事をする。
子供たちはすぐに小児科病院へ連れて行くのに、自分は多少風邪を引いたくらいでは病院へ行かない。
時間が経てば治るさ精神で放置してしまう。
熱が高くても痛み止めと兼用して使っている解熱剤を飲んで凌いでしまうのだ。
しかし、今回は何か違った。
上二人を家の中で放牧したまま、ようやく微熱になった末っ子と共にお昼寝をしていた時――。
「……寒い」
私は布団をかぶった。
そして、暫くすると……
「……暑い」
今度は布団を剥ぐ。
それを繰り返しながら、更年期かもしれない、と頭の中でぼんやりと考えていた。
若年性更年期障害の始まりか?なんて呑気に考えていると、暫くして膝や肘の関節が痛み始めた。
それと同時に、もの凄い倦怠感に襲われる。
そこでようやく更年期ではないことに気付いた。
「(あー……これ熱出るなぁ)」
体温計で熱を測ると38.5。
既に発熱していた。
「まじかぁ……」
そう呟きながら、いつものように解熱剤を飲む。
どのみち今日は土曜日で、病院は午後休診のところが多い。
とりあえず土日を乗り越えることを目標に、私はいつものように家事をした。
「……大丈夫か?」
汗だくになって仕事から帰ってきた戦国BASARAの片倉小十郎似の夫――ショウさんが、心配そうに私に尋ねた。
この夫との馴れ初めの話は、以前私が書いた「元暴走族総長の夫と、超絶真面目な私の話」を参照してほしい。
サングラスをかけると、どんな車を運転していても警察から職質を掛けられるくらい強面の夫である。
私は赤ら顔のまま笑顔で頷いた。
「大丈夫」
「いやいや、どう見ても大丈夫じゃねぇだろ」
「大丈夫、解熱剤は飲んだよ」
「それは大丈夫とは言わないんじゃねぇか?」
ショウさんは呆れながら、私にお粥を作ってくれた。
そしてそのまま、子供たちの風呂、洗濯、夕飯を用意してくれる。
あれ?私家事何もしてないぞ?と思いながら、いつのまに寝かされていた布団の中でその様子を眺めた。
「家事何もしてなくてごめんね」
「昼間はやってただろ。子供たちの世話も」
「まぁ、そうだけど……」
「いいから、黙って寝てろ」
そう言って冷えピタをベシッと額に貼られた。
熱は、日曜日のうちに下がった。
ずっとショウさんが布団で寝かせてくれたおかげだろう。
週一日しかない貴重な休みを家事育児、私の看病で潰してしまったことに申し訳なくなるが、それを言えばまた怒られるため、黙って差し出された温かいうどんを頬張る。
「明日病院行けよ。」
ショウさんが私にお茶を差し出しながら言った。
私は首を傾げた。
「もう熱下がったよ?」
「まだ喉、痛いんだろ?なら絶対病院へ行っておいた方がいい」
「え~……」
「え~じゃない!ちゃんと行け」
ショウさんが、ギロリと私を睨んだ。
私が面倒くさがって病院へ行かないことを分かっているのだ。
「分かった、行くよ」
とりあえず、そう答えた。
どうせショウさんは明日仕事だから、行かなくても夕方ショウさんが帰って来た時に色々理由を付けてごまかせばいい。
私は結婚してから、自分の体のことに関しては超絶真面目ではなくなっていた。
子供が生まれてからは特に。
どうせ子供たちから夏風邪を貰っただけ。
放っておけば治るから大丈夫。
そう思っていた。
「……」
ショウさんは、そんな私を暫く眺めた後、スマホを取り出してポチポチと文字を打った。
そして、それをテーブルの上に置くと、私を見て言った。
「明日午後休にしてもらった」
「え!?なんで!?」
「紗羽を病院へ連れて行くため。」
ショウさんは、私を睨むように見据えて言った。
「どうせ行かないつもりだっただろ。全部分かってんだからな」
「……!」
「金のことは気にすんな。自分の体を大事にしろ、馬鹿」
そう言って、ショウさんは私の頭を撫でた。
月曜日になり、「自分で病院へ行くから午後休取らなくていい」と言ったが、ショウさんは「信用ならん!」と言って出勤し、昼過ぎに宣言通り家に帰ってきた。
そのまま、午後診察開始と同時に病院を受診する。
「子供たちが夏風邪だったから、たぶん私も夏風邪だと思うんですけど……」
そう医師に言うと、医師は微笑みながら言った。
「念のためコロナの検査もしてみましょう」
そのまま鼻に検査用の綿棒を容赦なく突っ込まれた。
涙目になる私を見て笑いを堪えるショウさんに軽く殺意を覚えるが、午後休取ってまで病院へ付き添ってくれたこと、連日子供の世話や家事をしてくれていたこともあり、その感情をそっと飲み込む。
結果が出て、私はまた診察室に入った。
「陽性だったよ」
医師はにこやかに言った。
そして検査薬を私に見せる。
「綺麗に出てるね」
そこには、くっきりと二本の線が浮かび上がっていた。
ようせい……
妖精……
陽性!?
「うそぉ!!?」
「嘘は言わんよぉ」
思わず叫んだ私に、医師が笑いながら言った。
薬を処方され、ショウさんと共に帰路へ着く。
「コロナだった……」
「そうだな」
ショウさんは頷きながら苦笑した。
「とりあえず、原因分かってよかったな」
「うん……」
私は頷きながら、ショウさんから差し出されたビタミンゼリーを口に運んだ。
今覚えば、風邪の引き始めの、暑かったり寒かったりしたのも、倦怠感を感じたのも、喉にガラスが刺さっているみたいにジクジクと傷んでいたのも、全てコロナの症状そのものだ。
法的強制力は無くなっていたとしても、定められている自宅待機期間である五日はきちんと守らなければならない。
コロナになったと分かって、真っ先に頭に浮かんだのは私の隔離。
しかし、子供たちは私にべったりなため、隔離は不可能に近かった。
そのため、今更だが家の中ではマスクを二重にして過ごすことにした。
「寝てろ。」
そう言って布団に放り込まれた。
動いたら怒られるから、布団の中からショウさんの家事をこなしている後ろ姿を眺める。
そして、私はとあることに気づいた。
ショウさんが子供たちのためにカレーを作ってくれていた時。
「カレーのいい匂い〜!!」
「危ないから火のそばで暴れるな」
クンクンと鼻を動かしている我が子とカレーをかき混ぜているショウさんのやり取り。
カレーの匂いかぁ。
カレーの匂い……。
私は布団から飛び起きた。
そして、ショウさんの隣に立ち、鍋に顔を近づける。
「うお!?どうした!?」
「ーー……しない」
「あ?」
「匂いがしない……」
私の鼻は、匂いを感じなくなっていた。
全く気付かなかった。
いつから匂いを感じていないのか、それすらも分からない。
しかし、気付いたら洗濯柔軟剤の匂いも、入浴剤の匂いも、感じることができなくなっていた。
「そういうことあるらしいもんな。とりあえず落ち着け」
そう宥められて椅子に座らされる。
そして、ショウさんの職場の方から頂いた魚を手早く捌いて刺身をつくってくれた。
「新鮮だから美味いぞ。一緒に食べよう」
軽く頭を撫でてくれながら、私にお箸を差し出した。
「……ありがとう」
私は戸惑いながらも、それを受け取り、刺身を口へと運んだ。
「ーー……味がしない」
「え゛。」
「お魚の味がしない……っ」
美味しい魚だと分かっている。
なのに、口の中で味を感じることができず、ただブニョブニョとした食感のみ感じてしまう。
咀嚼しながら半泣き状態の私を見て、ショウさんがとうとう頭を抱えた。
「俺だけ美味いの食べてごめんな……」
「気にせず全部食べていいよ、私こそごめんね」
気まずそうに刺身を食べていくショウさんに申し訳なくなる。
私はショウさんが作ってくれたお粥を食べた。
お粥なら味覚を感じることができなくても、なんか許せた。
それから数日間は、嗅覚、味覚がない状態が続いた。
コロナの後遺症で身体が不自由になってしまったり嗅覚や味覚が戻らない、という人達もいる、というのをニュースで見たり聞いたりしたことがある。
もしかしたら、私もそうなるんじゃないか。
そんな不安が、頭をよぎった。
子供達には絶対移してはダメだ。
その思いでできる限りの対策をする。
今更だと分かっていても。
そして、自宅待機五日目。
いつになったら元通りになるんだろう。
そう思いながら、夕飯の肉じゃがを作り、皿に注ぎわけた。
「「いただきます!」」
みんなで挨拶をして夕飯を食べ始める。
そのときーー
「……!」
一瞬、肉じゃがの香りが、鼻を掠めた。
すぐに鼻から息を吸ったが、もう匂いは感じなかった。
しかし、確実に匂いはした。
少しずつ戻り始めてる……?
そう思いながら、肉じゃがを口へと運ぶ。
「!……味がするっ!」
しっかりと、肉じゃがの味が、口いっぱいに広がった。
先に味覚が戻ったのだ。
「良かったな」
ショウさんが安堵するように微笑みながら、咀嚼する私を見て言った。
嗅覚が完全に戻ったのは、それから二日後。
匂いを感じる時、感じない時を繰り返しながら少しずつ戻っていった。
「もう完全回復です!」
そう高らかに宣言した私に、ショウさんは笑った。
「なら、また魚貰ってきたから、刺身にしようか」
「え!いいの?」
「あぁ。この間は俺だけ食べてしまったからな。美味しいやつは一緒に食べるからいいんだ」
ショウさんはそう言いながら、また魚を捌いてくれた。
結局、子供達にコロナが移ることはなかった。
私だけで終わって良かったと心の底から安堵した。
私は、外出するときに、必ずマスクをつけていた。
帰宅したら、すぐに手洗いうがいをしていた。
家の掃除も、除菌も、こまめにしていた。
それでも、コロナになった。
コロナになって、色々考えた。
もしかしたら、このまま味覚と嗅覚が戻らないんじゃないかと不安になった。
今回風邪を引いてみて、改めて健康であることのありがたみを知った。
このお話を読んでくださった皆様。
ただの風邪だと思わず、
どうか、お体をご自愛ください。




