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本物の聖女の居場所を、誰も知らない

作者: 有梨束
掲載日:2026/05/17

今日も、平和あらんことを!

幼き聖女は、そう心の中で呟くのだった。




「カーラ。お父さんの畑に、お昼ご飯を届けてくれる?」

お母さんの声に、元気よく返事をする。


「はーい!帰りに、オババ様のところに寄ってもいい?」

「また、森の魔女のところ…?」


オババ様の話をすると、途端にお母さんの顔が曇る。

村のみんなも、そう。

どうしてなのかな。


「あのね、カーラ。森の魔女とはあんまり親しくしないでと、いつも言っているのでしょう?」

「どうして?」

「あの魔女は、昔王都から追放された人だから、村のみんなで関わらないようにしているのよ」

「『ツイホウ』ってなあに?」

「悪いことして追い出されたのよ」

「でもオババ様、悪い人じゃないよ?」

わたしは首を傾げるけど、お母さんは眉間に皺を寄せるだけだ。


オババ様はいっつもわたしに優しいし、この村では教わらない文字の読み書きだって教えてくれる。

マナー?とかも教えてくれるし、たくさんの面白い話だっていっぱい知っている。

ただの物知りのおばあちゃんだ。

森の奥に1人で暮らしているけど、意地悪されたことなんてないもの。


それなのに、村のみんなもお母さんもお父さんも、みんな嫌な顔をする。


「何かあってからでは、遅いのよ」

「じゃあ、お母さんはオババ様にいじめられたことあるの?」

「…それは、ないけど」

「オババ様は、わたしがケンに殴られそうになった時に、庇ってくれたんだよ?だから、悪い人じゃないよ!」

わたしはお父さんのお昼ご飯の入ったカゴを持って、家を飛び出した。


「とにかく、オババ様のところへ行ってくるから〜!」


お父さんにご飯を届けたあと、わたしは森へと入っていった。

入り口でいつも青い鳥に会ったから話しかける。


「オババ様のおうちに行きたいんだけど、今いるかな?」

「ピーピー」

そう鳴いてから、オババ様の家まで一直線に飛んでいく。


行っていいんだ!


わたしは走って、その鳥を追っていく。

ダメな時は、わたしの周りをくるくる回って、森の外に追い出されちゃうもん。

今日は、行ってもいい日みたい。


「オババ様〜!こんにちは!」

「おやまあ、また来たのかい。カーラ」

「ねえねえ、今日は文字の練習したい!」

「ああ、いいよ。カーラは飲み込みが早いからねぇ」

オババ様が頭を撫でてくれると、すごくあったかい。

不思議と元気になる気がするんだよね。

この前だって、転んで擦りむいた膝のケガの治りが早かったし!


オババ様の家の中にある本棚に、古い本を見つけた。


「ねえ、オババ様。この本、なあに?」

指を差すと、オババ様は困った顔で笑った。


お母さんが嫌な顔をする時とはまた違って、なんだか胸の辺りがざわざわする。


「ごめんなさい…」

「おや、どうしてカーラが謝るんだい?」

「なんか、オババ様の嬉しくないことなのかなって、思って」

「ふふふ、やっぱりカーラは聡い子だねぇ」

『聡い』はわからなかったけど、オババ様がいつものように頭を撫でてくれて、ホッとした。


オババ様は本を抜き取って、表紙をサラッと触った。


「これはねぇ、昔王都にいた時に使っていたものなんだよ」

「『オウト』っていうところに住んでたの?」

「…ああ、そうさ」

「ここから遠い?」

「うんと遠い場所だね」

「オババ様が『ツイホウ』されたっていうのも、『オウト』?」

「おや、誰かから訊いたかい?」

「お母さんがさっき言ってた」

わたしがそのまんまを話すと、オババ様はいつもの椅子に腰をかけた。

わたしも椅子のすぐそばに座り込んだ。

オババ様の膝の上に手を伸ばすと、いつものように笑ってくれた。


「カーラはどこまで聞いたかな」

「悪いことをして追い出された?って言ってた。でも、オババ様が悪いことするわけないのに、変だよねえ?」

「おや、どうしてそう思うんだい?」

「だって、本当の悪い人は捕まって罪を償うって、オババ様が教えてくれたじゃない!」

「…ふふっ、そうだね、よく覚えていたねぇ」

オババ様は目を細めて、少しだけ遠くを見た。


そのあと、瞳が七色にキラキラと光ったのが見えた。

オババ様の目は、たまにこんなふうにキラキラする。

近くで見ているわたしだけが知っていることだ。


「カーラには、そろそろ話しておかないとかもしれないねぇ」

そう言って、オババ様はわたしと目を合わせた。


「今から内緒の話をするけど、カーラは秘密にしてくれるかい?」

「うん、いいよ!秘密って、どこまで秘密?」

「全部秘密さ」

「村の人にも?」

「お母さんにもお父さんにもだよ。できるかい?」

「がんばる!」

わたしが拳を作ってみせると、オババ様はカラカラ笑った。


表紙をもう一度触ると、その手で口元に人差し指を当てた。


「私はね、魔女じゃないんだ」


その告白は、すとんと落ちてくるようで、わたしは自然と頷いた。


「魔女じゃなくてね、昔、王都の神殿で聖女をしていたんだよ」

「『セイジョ』って、前にオババ様が読んでくれた絵本の中の人?」

「ああ、そうさ。でも、聖女は本当にいるんだよ」

「じゃあっ、絵本みたいに植物を元気にしたり、人を元気にしたりするの!?」

わたしが体を乗り出すと、オババ様はコクリと頷いた。


すごい!すごいすごい!

オババ様は魔女じゃなくて、『セイジョサマ』だったんだ!

絵本の中でも、動物と仲良しだったし、オババ様もあの青い鳥と仲良しだもんね!

でも、絵本では、最後には綺麗な王子様と結婚していた。


「あれえ、王子様との結婚は?」

「ああ、それは絵本の中だけさ。聖女は神の花嫁だからね。誰とも結婚しないのさ」

「ええ〜!?じゃあ、オババ様は『セイジョサマ』の仕事が終わったから、この森に来たの?」

「いいや、追い出されたのは本当なんだよ」

オババ様の横顔が寂しそうに見えて、わたしは手を握った。

その手があったかくて、オババ様は少し驚いていたけれど、握り返してくれた。


「もう随分前の話だけど。私は平民だったから、お貴族様の言うことを聞くしかなくてね」

「お貴族様って、偉い人だよね?村長より、偉い?」

「ああ、ずっと偉いさ。そのお家の娘さんを聖女にしたかったから、私はいらなくなってしまったんだ」

「ふーん。よくわかんないけど、でも、『セイジョサマ』って神様が選ぶんじゃないの?絵本の中だと、神様が選んでたよ?」

「本当にカーラは物覚えがいいねぇ。そうさ、神様が選ぶのさ。だから、偽物の聖女様を神殿は本物の聖女にすることにしたのさ」

「えっ!偽物にしたら、神様怒っちゃうよ!?」

わたしがびっくりして大声をあげると、オババ様はさらにカラカラと笑った。


「ああ、やっぱりカーラもそう思うかい?」

「そりゃあそうだよ!だって神様は、『この子なら国をよくしてくれると思って選ぶ』って絵本の中に書いてあったよ!?違う人になったら、選ぶ意味ないじゃん!」


あれ、こんなことオババ様にも習っていないのに、わたしなんでわかるんだろう?


「神様は、聖女に甘いからねえ。聖女が怒っていないならと見逃されたのさ」

「それは、えーっとオババ様が『セイジョサマ』だから、オババ様は怒らなかったってこと?」

「ああ、怒らなかったよ」

「どうして?」

「うーん、神殿にいなくても聖女の仕事はできるからねぇ。平和が一番さ」

「そうなの?」

「ああ、それに立場じゃなくて、役目を全うしたいだけだったから、そこは気にしていなかったのさ」

「立場?役目?うえーん、急に難しいよ〜、わかんなーい!」

「あはは、そうだね」

オババ様は両手を握ってくれた。

やっぱり、瞳が七色に光っていた。


「この本は、神殿の聖女だった時に使っていた本なのさ」

「わたしでも読める?」

「…ああ、カーラしか読めないだろうねぇ」

「村の人、文字読めないもんね」

「…ああ、そうだね。読んでみるかい?」

「いいの!?」

わたしがそう聞くと、オババ様は手を離してから、本をそっと手渡してくれた。


ドキドキしながら1ページ目を捲ると、一行しか文章がなかった。

『今日も、平和あらんことを!』と書いてある。


「平和あらんことを、ってどういう意味?」

首を傾げると、一瞬オババ様の目が見開いたけど、すぐにいつもの優しい顔に戻った。


「すべての人に争いや悩みなどなく、穏やかに、平和に過ごせますように、という意味さ」

「すごい!本当に、本物の『セイジョサマ』だねっ!」

わたしは絵本の中の聖女様と、オババ様がようやく重なって、はしゃいだ。


絵本の聖女様も、いつも誰かのために平和をお願いしていた。


オババ様って、『セイジョサマ』だったんだ!


「これは、聖女のお祈りの言葉なんだ。だから、みんなには内緒なんだよ」

「わかった!」

「カーラも祈りの言葉を言いたくなったら、胸の中で唱えるといいよ」

「勝手に言ったら、神様怒っちゃわない?」

「ふふふ、そんなことに気がつくなんて、カーラはすごいねぇ」

オババ様は、またわたしの頭を撫でた。


「形ばかりだと、怒られるより呆れられてしまうかなぁ」

「呆れられるって、なあに?」

「うーん、文句も出ないってことかなぁ」

「よくわかんない…」

「ふふっ、でも大丈夫さ。なんせ聖女の私がいいって言ったからね、神様も怒ったりしないよ」

オババ様は笑ってそう言うと、わたしの手の中にある本を眺めた。


「この本は、いつかカーラにあげるから、今のうちにたくさん読んでおいで」

「わたしにくれるの?」

「ああ、その時にまた説明するよ」

「ふーん。わかんないけど、わかった!」


オババ様は、「まだ難しいから、もう少し大きくなったら教えてあげる」と言うことがたまにある。

歴史の話とか、言葉遣いの話とか。

だから、今回もそうなんだと思う。

また今度と言って、教えてくれなかったとこはないから、いつか絶対教えてくれるみたいだ。

じゃあ、わたしもその時まではいいや。


「それで、オババ様はどうしてこの森に来ることにしたの?」

「聖女は、次の聖女の居場所がわかるのさ。だから、その子に会いに来たんだ」

「えっ、『セイジョサマ』って、いっぱい不思議な力を持ってるんだね!?」

「そうだねぇ」

「なんか、『セイジョサマ』って魔女みたいだね」

「あはははっ、たしかに似たようなものかもしれないねぇ!」

オババ様は愉快そうに、声を出して笑った。


わたしは、それを見て嬉しくなる。


やっぱり、オババ様は悪い人じゃないじゃん。


オババ様が心の中で言っていいって言ったから、『セイジョサマ』の真似をしてわたしもそっと口に出さずに呟いてみた。


今日も、平和あらんことを!


そうすると、風がふんわりと流れて、外の森のさわさわとした音が聞こえた。

なぜかオババ様にも「今、言ったね?」とニコニコされた。


なんで、わかったんだろう。

やっぱり、オババ様ってすごい!


「ねえ、オババ様もっといろんなことを教えて!」


そうして、今日も好奇心旺盛に教わるのだった。


カーラの瞳も七色に光っていたことは、森に住む聖女しか知らない。






お読みくださりありがとうございます!!

毎日投稿137日目。

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― 新着の感想 ―
やだ……カーラの一生が本人も知らない内に決まっちゃった…… これだから神は
カーラちゃん、幼稚園から小学校低学年のイメージで読んでました これから神の花嫁としてひとりで何十年も生きるのかと思うと、ダークファンタジーぽい物悲しさも感じるお話で面白かったです
クソ共がお咎めなしなのがモヤるが、クソ達から離れられて幸せだったのかもね。
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