本物の聖女の居場所を、誰も知らない
今日も、平和あらんことを!
幼き聖女は、そう心の中で呟くのだった。
「カーラ。お父さんの畑に、お昼ご飯を届けてくれる?」
お母さんの声に、元気よく返事をする。
「はーい!帰りに、オババ様のところに寄ってもいい?」
「また、森の魔女のところ…?」
オババ様の話をすると、途端にお母さんの顔が曇る。
村のみんなも、そう。
どうしてなのかな。
「あのね、カーラ。森の魔女とはあんまり親しくしないでと、いつも言っているのでしょう?」
「どうして?」
「あの魔女は、昔王都から追放された人だから、村のみんなで関わらないようにしているのよ」
「『ツイホウ』ってなあに?」
「悪いことして追い出されたのよ」
「でもオババ様、悪い人じゃないよ?」
わたしは首を傾げるけど、お母さんは眉間に皺を寄せるだけだ。
オババ様はいっつもわたしに優しいし、この村では教わらない文字の読み書きだって教えてくれる。
マナー?とかも教えてくれるし、たくさんの面白い話だっていっぱい知っている。
ただの物知りのおばあちゃんだ。
森の奥に1人で暮らしているけど、意地悪されたことなんてないもの。
それなのに、村のみんなもお母さんもお父さんも、みんな嫌な顔をする。
「何かあってからでは、遅いのよ」
「じゃあ、お母さんはオババ様にいじめられたことあるの?」
「…それは、ないけど」
「オババ様は、わたしがケンに殴られそうになった時に、庇ってくれたんだよ?だから、悪い人じゃないよ!」
わたしはお父さんのお昼ご飯の入ったカゴを持って、家を飛び出した。
「とにかく、オババ様のところへ行ってくるから〜!」
お父さんにご飯を届けたあと、わたしは森へと入っていった。
入り口でいつも青い鳥に会ったから話しかける。
「オババ様のおうちに行きたいんだけど、今いるかな?」
「ピーピー」
そう鳴いてから、オババ様の家まで一直線に飛んでいく。
行っていいんだ!
わたしは走って、その鳥を追っていく。
ダメな時は、わたしの周りをくるくる回って、森の外に追い出されちゃうもん。
今日は、行ってもいい日みたい。
「オババ様〜!こんにちは!」
「おやまあ、また来たのかい。カーラ」
「ねえねえ、今日は文字の練習したい!」
「ああ、いいよ。カーラは飲み込みが早いからねぇ」
オババ様が頭を撫でてくれると、すごくあったかい。
不思議と元気になる気がするんだよね。
この前だって、転んで擦りむいた膝のケガの治りが早かったし!
オババ様の家の中にある本棚に、古い本を見つけた。
「ねえ、オババ様。この本、なあに?」
指を差すと、オババ様は困った顔で笑った。
お母さんが嫌な顔をする時とはまた違って、なんだか胸の辺りがざわざわする。
「ごめんなさい…」
「おや、どうしてカーラが謝るんだい?」
「なんか、オババ様の嬉しくないことなのかなって、思って」
「ふふふ、やっぱりカーラは聡い子だねぇ」
『聡い』はわからなかったけど、オババ様がいつものように頭を撫でてくれて、ホッとした。
オババ様は本を抜き取って、表紙をサラッと触った。
「これはねぇ、昔王都にいた時に使っていたものなんだよ」
「『オウト』っていうところに住んでたの?」
「…ああ、そうさ」
「ここから遠い?」
「うんと遠い場所だね」
「オババ様が『ツイホウ』されたっていうのも、『オウト』?」
「おや、誰かから訊いたかい?」
「お母さんがさっき言ってた」
わたしがそのまんまを話すと、オババ様はいつもの椅子に腰をかけた。
わたしも椅子のすぐそばに座り込んだ。
オババ様の膝の上に手を伸ばすと、いつものように笑ってくれた。
「カーラはどこまで聞いたかな」
「悪いことをして追い出された?って言ってた。でも、オババ様が悪いことするわけないのに、変だよねえ?」
「おや、どうしてそう思うんだい?」
「だって、本当の悪い人は捕まって罪を償うって、オババ様が教えてくれたじゃない!」
「…ふふっ、そうだね、よく覚えていたねぇ」
オババ様は目を細めて、少しだけ遠くを見た。
そのあと、瞳が七色にキラキラと光ったのが見えた。
オババ様の目は、たまにこんなふうにキラキラする。
近くで見ているわたしだけが知っていることだ。
「カーラには、そろそろ話しておかないとかもしれないねぇ」
そう言って、オババ様はわたしと目を合わせた。
「今から内緒の話をするけど、カーラは秘密にしてくれるかい?」
「うん、いいよ!秘密って、どこまで秘密?」
「全部秘密さ」
「村の人にも?」
「お母さんにもお父さんにもだよ。できるかい?」
「がんばる!」
わたしが拳を作ってみせると、オババ様はカラカラ笑った。
表紙をもう一度触ると、その手で口元に人差し指を当てた。
「私はね、魔女じゃないんだ」
その告白は、すとんと落ちてくるようで、わたしは自然と頷いた。
「魔女じゃなくてね、昔、王都の神殿で聖女をしていたんだよ」
「『セイジョ』って、前にオババ様が読んでくれた絵本の中の人?」
「ああ、そうさ。でも、聖女は本当にいるんだよ」
「じゃあっ、絵本みたいに植物を元気にしたり、人を元気にしたりするの!?」
わたしが体を乗り出すと、オババ様はコクリと頷いた。
すごい!すごいすごい!
オババ様は魔女じゃなくて、『セイジョサマ』だったんだ!
絵本の中でも、動物と仲良しだったし、オババ様もあの青い鳥と仲良しだもんね!
でも、絵本では、最後には綺麗な王子様と結婚していた。
「あれえ、王子様との結婚は?」
「ああ、それは絵本の中だけさ。聖女は神の花嫁だからね。誰とも結婚しないのさ」
「ええ〜!?じゃあ、オババ様は『セイジョサマ』の仕事が終わったから、この森に来たの?」
「いいや、追い出されたのは本当なんだよ」
オババ様の横顔が寂しそうに見えて、わたしは手を握った。
その手があったかくて、オババ様は少し驚いていたけれど、握り返してくれた。
「もう随分前の話だけど。私は平民だったから、お貴族様の言うことを聞くしかなくてね」
「お貴族様って、偉い人だよね?村長より、偉い?」
「ああ、ずっと偉いさ。そのお家の娘さんを聖女にしたかったから、私はいらなくなってしまったんだ」
「ふーん。よくわかんないけど、でも、『セイジョサマ』って神様が選ぶんじゃないの?絵本の中だと、神様が選んでたよ?」
「本当にカーラは物覚えがいいねぇ。そうさ、神様が選ぶのさ。だから、偽物の聖女様を神殿は本物の聖女にすることにしたのさ」
「えっ!偽物にしたら、神様怒っちゃうよ!?」
わたしがびっくりして大声をあげると、オババ様はさらにカラカラと笑った。
「ああ、やっぱりカーラもそう思うかい?」
「そりゃあそうだよ!だって神様は、『この子なら国をよくしてくれると思って選ぶ』って絵本の中に書いてあったよ!?違う人になったら、選ぶ意味ないじゃん!」
あれ、こんなことオババ様にも習っていないのに、わたしなんでわかるんだろう?
「神様は、聖女に甘いからねえ。聖女が怒っていないならと見逃されたのさ」
「それは、えーっとオババ様が『セイジョサマ』だから、オババ様は怒らなかったってこと?」
「ああ、怒らなかったよ」
「どうして?」
「うーん、神殿にいなくても聖女の仕事はできるからねぇ。平和が一番さ」
「そうなの?」
「ああ、それに立場じゃなくて、役目を全うしたいだけだったから、そこは気にしていなかったのさ」
「立場?役目?うえーん、急に難しいよ〜、わかんなーい!」
「あはは、そうだね」
オババ様は両手を握ってくれた。
やっぱり、瞳が七色に光っていた。
「この本は、神殿の聖女だった時に使っていた本なのさ」
「わたしでも読める?」
「…ああ、カーラしか読めないだろうねぇ」
「村の人、文字読めないもんね」
「…ああ、そうだね。読んでみるかい?」
「いいの!?」
わたしがそう聞くと、オババ様は手を離してから、本をそっと手渡してくれた。
ドキドキしながら1ページ目を捲ると、一行しか文章がなかった。
『今日も、平和あらんことを!』と書いてある。
「平和あらんことを、ってどういう意味?」
首を傾げると、一瞬オババ様の目が見開いたけど、すぐにいつもの優しい顔に戻った。
「すべての人に争いや悩みなどなく、穏やかに、平和に過ごせますように、という意味さ」
「すごい!本当に、本物の『セイジョサマ』だねっ!」
わたしは絵本の中の聖女様と、オババ様がようやく重なって、はしゃいだ。
絵本の聖女様も、いつも誰かのために平和をお願いしていた。
オババ様って、『セイジョサマ』だったんだ!
「これは、聖女のお祈りの言葉なんだ。だから、みんなには内緒なんだよ」
「わかった!」
「カーラも祈りの言葉を言いたくなったら、胸の中で唱えるといいよ」
「勝手に言ったら、神様怒っちゃわない?」
「ふふふ、そんなことに気がつくなんて、カーラはすごいねぇ」
オババ様は、またわたしの頭を撫でた。
「形ばかりだと、怒られるより呆れられてしまうかなぁ」
「呆れられるって、なあに?」
「うーん、文句も出ないってことかなぁ」
「よくわかんない…」
「ふふっ、でも大丈夫さ。なんせ聖女の私がいいって言ったからね、神様も怒ったりしないよ」
オババ様は笑ってそう言うと、わたしの手の中にある本を眺めた。
「この本は、いつかカーラにあげるから、今のうちにたくさん読んでおいで」
「わたしにくれるの?」
「ああ、その時にまた説明するよ」
「ふーん。わかんないけど、わかった!」
オババ様は、「まだ難しいから、もう少し大きくなったら教えてあげる」と言うことがたまにある。
歴史の話とか、言葉遣いの話とか。
だから、今回もそうなんだと思う。
また今度と言って、教えてくれなかったとこはないから、いつか絶対教えてくれるみたいだ。
じゃあ、わたしもその時まではいいや。
「それで、オババ様はどうしてこの森に来ることにしたの?」
「聖女は、次の聖女の居場所がわかるのさ。だから、その子に会いに来たんだ」
「えっ、『セイジョサマ』って、いっぱい不思議な力を持ってるんだね!?」
「そうだねぇ」
「なんか、『セイジョサマ』って魔女みたいだね」
「あはははっ、たしかに似たようなものかもしれないねぇ!」
オババ様は愉快そうに、声を出して笑った。
わたしは、それを見て嬉しくなる。
やっぱり、オババ様は悪い人じゃないじゃん。
オババ様が心の中で言っていいって言ったから、『セイジョサマ』の真似をしてわたしもそっと口に出さずに呟いてみた。
今日も、平和あらんことを!
そうすると、風がふんわりと流れて、外の森のさわさわとした音が聞こえた。
なぜかオババ様にも「今、言ったね?」とニコニコされた。
なんで、わかったんだろう。
やっぱり、オババ様ってすごい!
「ねえ、オババ様もっといろんなことを教えて!」
そうして、今日も好奇心旺盛に教わるのだった。
カーラの瞳も七色に光っていたことは、森に住む聖女しか知らない。
了
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