79
「ただいま帰りました」
颯が懐かしい家の扉を開き中に入るとダイニングのテーブルでマリンは編み物をしていた。
マリンは颯の姿を確認すると一瞬驚いたように目を見開きそして次にとても嬉しそうに表情を崩す。
「お帰りなさい。すっかり大きくなって…」
身体的にはここを出てからそんなに変わっていないと思う。多分大人っぽくなったとか老けたと言いたいのだろうと颯は勝手に脳内変換して聞き少しこそばゆい思いを抱いていた。
「随分とご無沙汰をしてしまいすみませんでした」
「元気でいたならいいわ。でも全然手紙をくれないんだものちょっと寂しかったわ」
「何度か書こうとは思ったのですが何を書いたらいいのか分からなくて…」
「分かってる。噂はちゃんとグランが教えてくれていたから許してあげる」
悪戯っぽく笑うマリンはまったく変わらないまま今も若々しいと颯は少し照れくさくなる。
しかしそれにしても颯はマリンの所にまで噂が届いていると聞いて少しだけショックだった。そしていったいどんな噂がどんな風に届いているのか少し心配にもなった。ちょっと怖くて詳しくは聞けないけど。
「いい噂だといいのですが…。それよりリックとロッテはどうしたのですか?」
颯がこの家を出たときは双子はまだ三歳になったばかりで家の中はとにかく賑やかだった。
なのに今日は双子の姿が無く家の中は以前より静かになったように感じていた。
「冒険者ギルドよ。今他の冒険者達と魔法を習っているの」
「まだ八歳ですよね? もう冒険者になるのですか?」
「もうじき九歳よ。新しく街の傍にダンジョンができたのですっかり冒険者ブームが起きてるの。誰が一番先に攻略できるかってね。私は反対したのだけどグランはハヤテ君も十歳の時には魔法が使えてたからって英才教育でもする気なのかしら。まぁでも、生活魔法が使えるのは確かに便利だし、魔法が使えたからと言って冒険者になる必要も無いので私も許したのだけどやっぱり心配だわ」
「きっと大丈夫ですよ」
颯はマリンの心配を余所に颯の説明だけで簡単に魔法を使えるようになり、回復魔法まであっさりと習得したグランの子共だきっと才能はあるだろうと考えていた。
それにグランとマリンに育てられた双子なら道を踏み外すことも無いだろうし、冒険者の道を選んだとしてもきっと名の知れた冒険者になるだろうと太鼓判を押した気分で大丈夫だと口にしていた。
「そうそうそんなことより、またすぐに出て行ったりしないのよね? 部屋はそのままにしてあるのだからのんびりして頂戴。それと庭の水田もそのままにしてあるのよ」
「本当ですか」
颯は庭に作ったわずかばかりの水田を思い出し勝手口から急いで庭に出た。
するとそのままどころかしっかりと手入れされちゃんと苗も植えられているのを見て思わず感動してしまう。この街で稲作は定着しなかったがこの世界で初めて颯が作った水田はちゃんと維持されていたのだと。
「管理してくれていたのですね。本当にありがとうございます」
颯のあとを追ってきたマリンに心からの感謝の気持ちを伝える。
「あら、ハヤテ君のためだけじゃ無いわ。私もすっかりご飯の虜よ。たまに無性に食べたくなるの。不思議よね」
「今夜のご飯は僕に任せてください。とっても美味しい海鮮丼をご馳走します」
この家に居た頃はよくマリンの手伝いをしていたが、マリンは颯一人に家事をさせることは無かった。
しかし今日ばかりは颯一人で家族みんなにご馳走を用意したい気分だった。
「あらぁ、何? また新しいご飯料理なの? 楽しみね。それじゃぁ疲れているだろうけどお任せしちゃおうかしら」
「はい、任せてください」
颯は海鮮丼の他に何を作ろうかとあれこれとメニューを組み立てていく。きっと九歳になる双子の食欲も多分一人前になっているだろうし、グランでも知らない料理をあれこれ出して驚かせてやろうと。
久しぶりに実家に帰ってきたような気分でグランやマリンそして双子の喜ぶ姿を想像して、颯はとても心があたたかくなるのを感じていた。




