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どこの公衆浴場に行っても老若男女揃って口にするのがダンジョンの噂か女神の使者の噂ばかりで、ギルドのエリート様方ざまぁだった。ユージーンの部下達はどれだけ嫌われているのやら。
なので颯は公衆浴場完全制覇はしばらくの間休むことにして、気の向くままに商店や露店を覗いて歩いた。
時には冷やかし半分、時にはフードファイトのごとく食べ歩きにと、なかなかに楽しい時間を過ごした。
それにさすがに王都だけあって珍しい食材や香辛料なども多数あり、颯の購買意欲はとどまることを知らなかった。
持ちきれる程度に購入しては人目のないところで異空間収納入れるのもすっかり手慣れたものだ。
そうして豊富な果物各種を手に入れた颯は、これからドライフルーツを作りパウンドケーキを作るかパンに練り込もうと考えていた。クルミなどの木の実もかなり手に入ったし。
やはり自分で採取して歩くのも楽しかったが、こうして値段も見ずに大人買いするのも経済を回しているようでちょっと気分が良いと颯は思っていた。
そうしてある露店でとても珍しいものを見つける。
「コレってチーズじゃないですか!?」
「兄ちゃんよく知ってるね。どうだい一つ買ってかないか?」
「買います! ここにあるの全部ください」
颯は思わず叫ぶように言っていた。
「全部って、おいおい本当に大丈夫か。かなりの金額になるぞ」
「構いません。ずっとチーズが欲しいと思っていたんです」
「よっぽど稼いでるんだな。まだ若いのにたいしたものだ」
「ハハハ…」
チーズやバターの作り方はなんとなく聞いたことがあるが、今まで自分で試す気にはならなかった。
この世界でも動物の乳はかなり簡単に手に入り料理にも結構使われてはいるが、何しろその鮮度があやふやなので到底挑戦する気にはなれなかった。
かといって颯は自分で家畜を飼うなんてのは考えてもいなかったので、ここで出会えたのはまさに運命のような気がしていた。
チーズやバターが手に入ったら料理の幅がぐんと広がる。まずはチーズトーストにピザにグラタンにチーズオムレツにチーズフォンデュもやってみたい。
「バターはないんですか?」
颯はチーズを受け取りながら露店主に尋ねてみる。
「バターか。あれは売り物にするのは大変なんだ。なにしろ溶けちまったらお終いだからな」
「ってことは作ってはいるんですか?」
「作るのも大変だからあまり多くは作ってないが、俺の地方じゃ自分ところで食べる分くらいは作るヤツも居るな」
「地方ってどこですか? 僕行きます。是非購入させてください」
「ハハハ、そんなに欲しいのか?」
「はい、欲しいです!」
颯は思わず露店主に縋るようにして頼んでいた。
バターは正義だ。温かいご飯の上にのせて醤油を掛けても良いし、バターと胡椒とニンニクがあればどんな料理も美味しくなるのは絶対だ。
「仕方ねえな。少々高くなっても良いなら俺が作ってやるよ。チーズが早く完売したお礼もあるしな」
「いくらかかっても構いません。是非お願いします」
颯は値段の交渉なんてする気もなく、バターが手に入るのならこの際いくら出しても構わないと思っていた。
「それじゃまた明日ここに来てくれ。それまでには作っておくよ」
颯は露店主と約束をして次の日に楽しみに露店を覗き少々ガッカリした。その量がかなり少なかったからだ。
「これでもかなり頑張ったんだぞ」
露店主の言うことは本当だろうが、颯はもっとバターが欲しいと交渉しその後三日間バターのおかわり購入をした。
露店主に無理をさせているのは承知していたが、それでももっと欲しかったのだ。
「もう勘弁してくれよ。俺もそろそろ村に帰りたいし、肝心の牛の乳も山羊の乳ももう手に入らないよ」
颯は露店主の申し出に仕方なく今回は諦めることにした。とはいえ村の場所はしっかり教えて貰った。
「あとで絶対に村まで購入に行きます」
「そしたら村総出でバターを作ってやるよ。こんなに稼がせて貰ったし、俺にとっても悪い話じゃない」
「絶対ですよ。絶対に忘れないでくださいね」
颯はユージーンとの約束通り王都近郊のダンジョンをすべて正常化させたら絶対に露店主の村を訪れるのだと堅く決意する。
その前に異空間収納に料理のストックもしておきたいし、色んな種類の小麦粉を手に入れたのでパン作りにも少しばかり力を入れたいと、颯は素早く今後の予定を立てていくのだった。




