75
『ナビ、今日は異空間収納の補充を重点的にやっていくぞ』
本筋の目的としては新たな美味しいものとの出会いだが、漁師街を出てから補充らしい補充をしていなかったので異空間収納の中はだいぶ心許ないものとなっている。主に食材とか調味料とか料理とか。
折角これほどの数の商店や露店があるのだから思う存分買い物をして、ダンジョンに泊まり込む際や野宿の時のための料理を作り置きするのも良いだろう。家も借りたし時間もたっぷりある。
『公衆浴場へ行くとは言い出さないのですね』
『そっか、先に情報収集しても良いかもな』
最近はドットに貰った浴槽があるのでそれで満足していたのもあるが、颯はなぜか王都の人の多さから考えて公衆浴場も人で溢れかえっているイメージを抱きなんとなく足が遠のいていた。
しかし考えてみれば颯は街の情報をいつも公衆浴場で得ていた。美味しいもの情報や街の名物とか街での注意事項とか噂とかそれはもう色々。
公衆浴場での噂話は日本で言うところのネットニュースだ。嘘か本当かは分からないものもあるが娯楽的要素も多くとても助かる情報もあるので、人の話に耳をそばだてるだけでも面白かったりする。
颯はマップウインドウを開き公衆浴場を探すとやはりその数の多さに驚いた。日本で言うところのご町内に一つはある感じだろうか。
颯は日本の銭湯やスパのようにその一つ一つに違った特徴があるのだろうかと少しウキウキしてしまう。この中からお気に入りの公衆浴場を探すのも悪くないと。
考えてみれば王都の公衆浴場だ。何か地方とは違った特徴や豪華な作りの所もあるかもしれないし。
『目指すは公衆浴場完全制覇だな』
颯の目的はナビの一言で完全に変わっていた。すっかり銭湯ラリーでも始める気分だ。
「なあ知ってるか。ダンジョンに見たこともない魔物が出るようになったんだと」
始めに入った公衆浴場は石造りの浴槽が本当に日本の銭湯のようで、浴槽の広さも銭湯なみにあり、冒険者らしい男達がすでに何人か浸かっていた。
「聞いた聞いた。あのギルドのエリート様達がかなりやられて逃げ帰ってるらしいじゃねぇか。いい気味だぜ」
「散々俺らを馬鹿にしていたエリート様が笑わせるぜ」
颯はユージーンの部下達のことだろう噂話につい聞き耳を立てる。それにしてもやはりみんなからかなり嫌われているみたいだ。まぁあの様子ではそれも当然だ。颯も正直好きにはなれない。
「ソルトの話じゃ何でも女神の使者様が現れてダンジョンを正常化させると言ってかららしいぞ」
「何がだ?」
「見たことのない魔物が出るようになったのがだよ。それもエリート様が独占していた場所かららしいから、もしかしたらエリート様方への嫌がらせか天罰じゃねえかって話だ」
「ざまあみろってんだ。ダンジョンを独占するから罰が当たるんだ」
冒険者達も入れなかった階層だというのに独占していると言われるのもなんだか可哀想だと、ユージーンの部下達に少しだけ同情してしまう。
しかしそれはそれとして颯は噂にだいぶ尾鰭が付き憶測がスゴいことになっているのについ苦笑いを浮かべるしかなかった。第一颯はいつの間に女神の使者になったのやら。
「それでな、その使者様になんだか凄い装備を貰ったってヤツが居てな、エリート様達が手こずってる魔物を瞬殺してるんだと」
「本当かぁ?」
「本当だよ! ブラックウルフなんて一太刀で倒してるのを何人も見てるらしいぞ」
ブラックウルフとは第三階層辺りから集団で現れる魔物だ。手慣れた冒険者でも手こずる事があると言われている。
「そんな凄い武器よく奪われないな」
「ヤツの逃げ足が速いのもあるが、奪ったら次は自分が使者様から天罰を与えられるんじゃねえかって恐れてるみたいだ」
あの引ったくり少年はどうやら冒険者の道を進んだらしいと知り颯はなんとなくホッとした。それにしてもあのゴブリンの剣がそんなに性能が良いとは思ってもいなかった。
もっとも考えてみればダンジョンマスターからのドロップ品なのだから性能が悪いはずがなかった。
(売らなかったんだな…)
ゴブリンの剣もゴブリンの鎧もナビの異空間収納で肥やしになり、颯にイメージだけで疎まれているよりは少年に使われて本望だろう。これからも是非あの少年と一緒に活躍し続けて欲しいと颯はそっと願った。
そして颯は同じダンジョンに何度も潜るなんてことはグランの街に居た頃以来あまりしたことが無い。
今回はユージーンの頼みでつい何度もサラマンダーダンジョンに潜ってしまったが、あの少年が活躍を始めたのならもう別のダンジョンに行こうと颯は心を決める。
あの少年は颯の顔など忘れているかもしれないがうっかり再会しても気まずいだけだし、何より他のダンジョンにどんなモンスターが湧くのかそろそろ確かめに行きたい。
《良かったですね》
《何がだよ》
《颯様の善意が無駄にならなくてですよ》
《善意でしたつもりはないよ》
《分かっております》
颯はナビのしたり顔に顔を顰めながら、それでも何気に知りたかった情報を得られたことに満足するのだった。




