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颯はトルストのオフィスに出向き散らかり具合を確認しながら法律の勉強もしようかと出かけてきていた。
あれからリングファイルをどうにか形にしたので以前よりさらに整理整頓が進み、すっかり明るくくつろげる空間となったオフィスはとても居心地が良い。
「部屋が明るくなったのは良いが目が痛いな」
トルストのこんなものの言い方にも随分と慣れた。わざわざ口にしたのは彼なりに感謝しているからなのだろうと。
「トルストさん、それでは感謝の気持ちは伝わりませんよ。すみませんねハヤテさん。ありがとうと言っていると思ってください」
「大丈夫分かってますから」
「そう言ってくれるのはハヤテさんくらいです。僕の苦労を分かってくれますか?」
マルクは元々トルストの家の使用人だったらしく、このオフィスに勤め始めた当初はトルストに少々遠慮していたところもあったが、最近ではすっかり慣れたのか打ち解け具合がハンパない。
トルストの方はと言えばまったく気にしていないのか初めから何も変わっていない。それは颯に対してもだった。颯はトルストのそんなところが気に入っていた。
トルストもマルクも家のことを話すことはなかったし颯も聞くことがなかったので詳しくは知らないが、マルクを使用人と言うからにはどこぞの貴族関係か富裕層なのだろうと勝手に推測していた。
そして颯はマルクの淹れてくれたお茶を飲みながら今日はこのオフィスでまったりとするつもりだった。
王都は人が多いがなぜか心が寒い時がある。そんな時にはこのオフィスに来ればどこか安心するというか癒やされる気がしていた。
「何かあったのか?」
珍しくトルストが颯を気遣う言葉を投げかけてくる。トルストの初めての気遣いに颯は心から驚いた。
だからかなのか分からないが颯は心の中にあったものを素直に口にしていた。
「偉い人と話をするのは疲れるなと思ってたんです」
どうしてもポーションを手に入れてくれと言うユージーンの頼みを聞き、再度リザードマンダンジョンに行った際、ダンジョン内でうっかりユージーンの部下に出くわしたらまたまた変な絡まれ方をした。
冒険者達は颯との実力の差を感じるのか変に絡んでくることもなくなったのに、彼らは先頭を行くのは自分達以外あり得ないとでも思っているのか颯をまず認めようとしない。どんなに実力の違いを見せつけてもだ。
相手がユージーンの部下で貴族の子息だと思うと変なこともできないと最近はまたステルスモードで接触を回避しているが、面白くないという思いが心に蓄積され鬱憤が晴れない。
それこそ下層に降りられるのは誰のお陰だと言いたくなってしまうほどだ。まぁリザードマンにだいぶ苦戦をしているようだが。
それにユージーンともあまり顔を合わせたくなくて、わざわざ魔石をリュックに詰めて冒険者ギルド本部の受付に持ち込んでいるのに毎回部屋に通され、その度にポーションを要求されるのにもいい加減ゲンナリしている。颯が家を借りてまで王都でしたかった生活はコレだったのかと後悔するくらいに。
正常化させなくてはならないダンジョンはこの王都近郊にもまだあると言うのに、ユージーンはまるでポーションに取り憑かれてしまったようだった。
「偉いヤツなんて居るのか? 偉いヤツの基準が分からんな」
颯はトルストの言葉に頭をガツンと殴られた気がした。颯が面白くないと感じている相手はけして偉い人ではなくただの偉そうなヤツだったのだと。
ユージーンが貴族になっていたことで、ドットの時には気にせずに付き合えたのになぜかユージーンには身構えてしまっていた。相手は冒険者ギルドのお偉いさんで貴族なのだと。
冒険者ギルド本部なんて日本で言うところの大会社と付き合いができたせいだろうか。もしかしたら自分をちっぽけに感じていたのかもしれないと颯は気付かされた。
もしくはグランにユージーンの力になってくれと言われたことが颯の心に焼き付き、なんだかんだとユージーンの言いなりになっていたのかもしれない。
颯はまたもや自分の目的を見失っていたのだと気付き、他人なんて関係ない自分が楽しいと感じることを楽しまないでどうするのだと気持ちが一気に軽くなる。
嫌だったら逃げれば良いしできなければ断れば良い。簡単なことだった。
ユージーンもその部下達も颯には何の関係もない。偉くなってしまったユージーンも頭の悪いその部下もいちいち気にして相手にするのは時間の無駄だった。
王都は広くまだまだ散策しきれていない。そしてまだ美味しいものとの出会いも新しい発見も何もできていないのに、こんな所でクヨクヨウジウジと悩んでいる暇など無かったのだ。
「トルストさん、ありがとうございます。なんだか吹っ切れました」
「仕事の邪魔だけはしてくれるな」
「ハハハ…」
トルストの物言いはまるでもう来るなとでも言っているようにも聞こえるが、そうじゃないのは分かっているので颯は気にせず笑って流す。
「トルストさん、それではハヤテさんを迷惑がっているように聞こえますよ。まったくコレだから…」
「大丈夫です。それよりお茶美味しかったです。ありがとうございました」
颯はマルクの溜息を聞こえないフリをして、お茶のお礼を言うと気分を新たに王都散策に出かけ直すのだった。




