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颯が最下層のボスフロアでサイコルプスのドロップ品をコンプリートさせてダンジョンを出たのは入ってから優に三週間を超えていた。驚きである。
今までは五階層から十階層前後のダンジョンが多かったので大抵は籠もっても一週間前後長くて十日といったところだった。
「あれだけ深いダンジョンなんだからさぁ、やっぱり転移の魔方陣くらいあっても良いと思うんだよな」
魔法が発達していない世界とは聞いていたけれど、フォルトゥナは日本の小説を参照しているのなら当然知っていてもいい知識のはずなのにと颯は不満を抱いていた。
二十一階層を歩いて帰って来るのは思った以上に大変だったのだ。主に精神的面で。
行きはどんな魔物が居るのかどんなアイテムが手に入るのかと楽しみな気持ちもあるから苦でもないが、帰りは既にやることを終わらせているので目新しい目的がなければただの苦行だ。
他の冒険者達なら手に入れた魔石やアイテムの換金を楽しみにできるのだろうが、颯にとっては別段それはなんの楽しみにもならなかった。
寧ろ魔石が大量すぎて一度には買い取って貰えないだろうという思いと、誰かから奪った物だと疑われたらどうしようという思いが重なり憂鬱な気分になってしまう。
「俺は異空間収納に色々とストックがあるからできるけど、他の冒険者じゃまずこのダンジョン踏破は無理だろうな」
颯のぼやきは止まらない。ナビの返しを聞く気もなくぼやき続ける。
「考えても見ろよ一月近く分の食料と水を持ってのダンジョン攻略が普通の人間にできると思うか? まず無理だね。だからその分の荷物を持つか運ぶ人員が必要になるだろう。そうなるとどんどんパーティーの人数が増えていって大変だ。ああそうか、そうしたらダンジョン内で食材や水を売る商売が成り立つな。って、それだって俺のように異空間収納あれば便利だがそうじゃないと少しばかりの量をかなりの高額で取引されることになるよな。もしくは折角収まった魔石の奪い合いが今度は食料の奪い合いに変わることになるんじゃないか」
ダンジョン最深層からの帰り颯は一応気にしていたが、魔石の奪い合いはまったく見受けられなかった。
しかしその代わりなのか第七階層まで冒険者が進出していたのには少しだけ感動していた。颯がダンジョン踏破を終わらせている間に下を目指し潜り始めた冒険者が現れていたことに。
それはすなわちあの盗賊冒険者達が魔石を奪うのを止めて先に進むことを選んだのだと思えたからだった。
証拠が無いと放置されていたままだったならきっと誰も浮かばれなかっただろう。改心した彼らがこれからどんな罰を受けるのかは分からないが、是非問題は綺麗に解決して欲しいと願っていた。
実際には第七階層に居た冒険者達があの盗賊冒険者達かどうかは確認してはいない。何しろ帰りはステルスモードだったのもあるが、ぶっちゃけ既に顔も忘れてしまっている。
しかしそれでも颯のした事はけして無駄ではなかったと思うと憂鬱な気分も少しは晴れた。
「フォルトゥナ様に颯様の考えを要約しお伝えしておきます」
「いや、そういうつもりで言ったかもしれないけどさぁ…」
ナビがいやに機械的に颯のぼやきに返事をしたので颯は思わず口籠もってしまう。
「そう言えば以前の要望をフォルトゥナ様が聞き入れてくださいました」
「以前の要望?」
「もっとファンタジーなモンスターと戦闘したいと仰った件です」
「あぁあれか」
忘れていた訳ではないが希望が通るとは期待しないでいた。期待していて願いが叶わなかった時のガッカリ感はハンパない。それにフォルトゥナだしという思いもどこかにあった。
「はい、それです」
「いや、ナビと漫才をする気はないぞ。それよりもう少し詳しく聞かせてくれよ」
「詳しくと言われましても、これからダンジョン化されるダンジョンからまずは始めてみるとの事でした」
「それじゃ俺が出会えるのはいつになるか分からないじゃないか」
これからダンジョン化されるダンジョンがどこに現れるのか、そしてそのダンジョンに颯が行けるのはいつになるのか予測もできない。
颯はやっぱりフォルトゥナのやることだとガッカリする。
「そう言われましても」
「そうだよな。ナビを責めてるつもりはないんだ。ごめん。ただな、これからダンジョン化されるダンジョンなんて事言わず、今まだ踏破されていないダンジョンの冒険者が足を踏み入れていない階層を変える事はできないのかなと思ってな」
冒険者達が既に進出している階層の魔物をいきなり変えるのは問題だろうが、まだ未到達の階層なら問題ないんじゃないかと颯は考えていた。そうなれば颯のダンジョン攻略にももっと楽しみが増える。
「分かりました。すべてお伝えしておきます」
「俺が直接話ができれば早いのにな」
あの地球のダンジョン最下層の変な部屋ではフォルトゥナと直接会って話もできたのに、この異世界ではそれも難しいらしいのがもどかしい。
しかしそれでもナビを介して要望を伝えることができるだけマシなのだろうと颯は溜息を吐いて諦める。
「それもお伝えしますか?」
「俺が直接フォルトゥナと話したいって言ったこと?」
「はい」
「別にいいよ。本気で話したい訳じゃないし。想像したらなんだか面倒くさそうだ」
「と、仰っていたとお伝えしておきます」
「バカやめろ。それだけは絶対にやめてください。お願いします」
冗談めかすナビではあったが、そんなことを本当に話されたらとても面倒なことになりそうだと颯は慌ててナビを止めるのだった。




