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《颯様、よろしいでしょうか》
「なんだよ?」
ダンジョンに入ってしばらくすると遠慮がちにナビが颯に声を掛けてくる。
《魔石を持った方がよろしいのではないですか》
ナビに言われて颯は初めて気付く。いつものステルスモード探索の要領で自分が今何も持っていないと。武器はおろか見せかけのリュックすら背負っていない。
今の颯は誰がどう見ても一緒にパーティーを組む相手もいないバカで命知らずのダンジョン初心者が、仕方なく一人でダンジョンに入ってみましたみたいにしか見えないだろう。それもろくに魔物を倒せずにダンジョン入り口付近をウロウロしていますみたいな。
奪う魔石を持っていない冒険者を誰が襲うというのか。颯は自分が餌にもなっていないことにナビによって気付かされた。
「…迂闊だった」
颯は武器になりそうなナイフを異空間収納から取り出してみるが、なんともやる気の無い素人冒険者に少しばかり格上げされただけだった。
ナイフは以前グランから野宿するにも護身用とても便利だと言われてプレゼントされた物で颯にとってはお守りみたいな物だ。
町に戻り武器や防具を新しく揃えることも考えたがそれよりも開き直ることにした。
颯は魔法使いなのだ。ここからは派手な魔法を避け初心者でも使えそうな魔法で魔物を倒していこうと。
手にしていたナイフを異空間収納へとしまい、代わりに然程大きくない肩掛けバッグを取り出して肩に掛け、焚き火をかき混ぜるのに便利に使っていた変な木の棒を手に持った。一応杖の代わりだ。
なんでか知らないけれどとても手に馴染む妙な捩れ方をしたその木の棒を颯はとても気に入り大事にしている。色と言い形と言い簡単に燃えないところと言い、とても使い勝手が良いのもお気に入りポイントだ。
「これで俺も立派な魔法使いに見えるだろう?」
「立派かどうかは分かりませんが魔法使いにしか見えませんね」
ナビはどこか冷めた言い方をした。武器も持たない冒険者が魔法を使えないとなるとどうやって戦うのかとでも言いたげだ。
颯はそんなナビの反応を無視してさっそく魔物を倒して歩く。いつもなら他の冒険者を避けるところだが、今日の颯は他の冒険者の目を気にしない。
「ファイヤーアロー」
出力を抑えて放ったつもりの炎の槍は簡単に魔物を貫き一槍で魔物を消滅させる。明らかにオーバーキル気味だ。けして冒険初心者が使うような魔法には見えない。
しかし颯はそれ以上弱い魔法を使えないので気にしないことにする。まさか生活魔法で戦う訳には行かないだろう。
そして颯は確実に一匹でいる魔物を探しては討伐していく。これは襲い来る冒険者に颯が多数相手でも戦えると悟らせないためだった。
颯の考えでは多分冒険者を襲い魔石を奪う冒険者はソロではない。そういう悪事を働くヤツらは大抵徒党を組んでいる。というか、誰かと組まないと何もできないヤツらだ。
颯がたとえ魔法が使えようと襲えると思わせられなければ今回の作戦は失敗に終わるだろう。
そうなったらいつもの盗賊退治のようにステルスモードで解決させるしかない。
しかし今回ばかりは颯は自分で賊退治を堂々としたかった。何しろダンジョン内では地面を掘って盗賊を埋めるなんて事はできないからね。
盗賊冒険者がダンジョンから出てくるのを待っていつものように討伐することも考えたけれど、それでは証拠を押さえたことにはならない。あくまでも現場を押さえ言い訳させないことが重要だ。
どうせ一匹ずつ倒すなら解体魔法を使いたいところだが、あれは多分見ている人には何をしているか理解しがたい。突然魔物が姿を消したようなにしか見えないので、気味悪がれるのは得策ではないと颯は考えていた。
そしてファイヤーアローばかりを使い続けるのも飽きた頃に漸くそれは起こった。
「おい兄ちゃん、俺たちの獲物を随分と横取りしてくれたようじゃねえか。魔石だけで勘弁してやるから置いて行きな」
荒くれ者というほど悪人には見えない冒険者三人が、締まりの無いニヤけ顔を晒しながら颯に声を掛けてきた。どう見ても雑魚ですって感じの男達だ。
「何を言ってるのですか?」
「話が理解できなかったか。俺らが倒そうと思ってた魔物を横取りした兄ちゃんに責任を取って貰うんだよ。兄ちゃんのせいで俺らの稼ぎが減っただろう」
「……」
『俺らが倒そうと思っていた魔物』ってどんな屁理屈だよと颯は呆れて言葉もなかった。
だいたい颯が魔物を倒している間いったいどこに居てそう主張するのか是非聞いてみたいが、悪事を働くヤツの考えなど大抵は理解できないものだ。
「大人しく魔石を渡しな。兄ちゃんも怪我をしたくないだろう」
「嫌ですけど」
「なに! 逆らう気か!?」
颯の反応に盗賊冒険者は驚いたようだったが、問答無用で暴力を仕掛けてこないところをみるとまさか颯が反抗するとは思ってもいなかったか、それとも人を襲うのに慣れていないか実は自分が弱いと理解しているからだろう。
どちらにしても颯のやることは一つだ。
「魔石が欲しいなら自分達で魔物を倒せば良いじゃないですか。魔石のドロップ率は僕が感じたところでは六割くらいです。そう悪くはありませんよ」
「うるせえ。大人しく出さねぇなら俺らにも考えがあるぞ」
颯の反論に初めは目を白黒させていた盗賊冒険者達もいよいよ強硬手段に出ると決めたのか身構え始めた。
「まあまあそんな熱くならずに冷静になりましょう。何でしたら僕が良い狩り場に案内しますよ」
(案内するだけだけどな)
「ふざけた態度でいると本当に痛い目に…」
盗賊冒険者はそれ以上言葉を発することはできなかった。なぜなら颯が既に一反木綿グルグル巻きで拘束したからだ。
勿論グルグル巻きにしているのは上半身だけで立った状態を維持させたまま強制的に歩かざる終えない状況にしている。
「では行きましょうか」
颯は多分この盗賊冒険者が足を踏み入れたことがないだろう階層まで一行を案内することにした。
颯の経験上冒険者の攻略が少ない階層は魔物の数もかなり多く、まさに稼ぐのにはもってこいの場所だ。
なので自分達が言っていたように是非思う存分魔物を倒し魔石を好きなだけ手に入れて貰いたいものだ。
そうして颯は何層まであるか分からないこのダンジョンを冒険者の気配がなくなるまで潜り盗賊冒険者を解放する。
「この階層には他に冒険者はいませんから遠慮しないで好きなだけ魔物を倒してください」
颯はそう盗賊冒険者に声を掛け一反木綿グルグル巻きを解除する。
「ヤロウふざけんなよ!!」
他の二人は既に颯に恐れ戦いているのかそれとも状況を正しく把握できているのか、震えながら大人しくしているのに、一人だけいまだに元気な男がいた。
「元気がありそうで良かったです。それじゃぁ僕も魔物討伐に戻らせて貰いますね」
颯は今にもつかみかからんばかりの冒険者にニコリと笑うとさらに続ける。
「上の魔物より少しだけ手強いかも知れませんが人が倒した魔物の魔石を奪ってばかりじゃ強くなれませんよ。それに自分で魔物を倒し魔石を手に入れた方がずっと気分が良いです。あなた方も冒険者を名乗るのなら是非そうしてください。それでももしこのまま盗賊を続けると言うのなら次は僕が絶対に警備兵に突き出しします。覚えておいてください」
「……」
颯は顔を赤くし口をパクパクとさせる冒険者に少しばかりの威圧を放つ。
この盗賊冒険者は颯に直接暴力を仕掛けてこなかったので第六階層の刑だ。魔物もまだそれほど強くはない。多分死ぬ気で戦わなくちゃならないだろうけれど死ぬことはないと信じたい。
ただ盗賊冒険者は彼らだけではないと考えていたので、颯は今日中に他の盗賊冒険者達も同じ目に遭わせなくてはと急ぎ上層階に戻るのだった。




