50
ドットの家に連れられて行った颯はとても驚いた。颯から見たらかなりの豪邸だった。
これでも領都にある邸に比べたら質素な物だと言われてもまったく理解に及ばない。領都の本邸はまさかお城かといった感じだ。
部屋数も多分十部屋はあるだろうし、その一部屋一部屋がそれなりに広いと外から見ただけでも想像できる。一番狭い部屋でも多分十畳はあるだろう。
そして何よりトイレが共同ではなく家の中にあるし当然浴室もあった。そう、入ろうと思えば毎日でも風呂に入れるのだ。
それも公衆浴場の垢にまみれたお湯ではなく、綺麗なお湯に一人でゆったりのんびり入れるのだろう。想像しただけで羨ましい。
一通り屋敷内を案内され客間を使ってくれと言われたが、颯は庭にあるこぢんまりとした離れが良いと主張した。
正直こんな広い屋敷での生活は落ち着かないし、使用人なのか人が多いのも気になって仕方ない。それにうっかり颯の秘密を誰かに知られるのも面倒だ。
しかしドットはあれは離れではなく庭師の使う休憩小屋だと反対するので、それじゃぁ滞在を断ると強気に出るとどうにか納得してくれた。庭師には大変申し訳ないが休憩は母屋か作業小屋でして貰うしかないだろう。
それに庭師の休憩小屋は日本で言うと立派な1DKはあり、颯の住んでいたアパートとあまり変わらない広さ。というか寧ろこの休憩小屋の方が広いかも知れない。
その上浴室は無いがトイレと簡単なキッチンみたいなのもちゃんとあって下手な宿屋よりずっといい感じだ。
しかし肝心のベッドが無いからそこは何か考えないとならないだろう。まぁ最悪野宿の時に使っている颯お手製の昼寝用サイズの小さめな布団と毛布があるからそれでどうにかなる。
それにこの先ここにタダで滞在できるなら本当に申し分なく、颯はドットと知り合えて本当にラッキーだったかも知れないと思っていた。
小説だと貴族の三男は家を出され平民になるかどこかの貴族に入り婿するしかないみたいな話が多かったが、ドットはこの街で貴族生活を十分に維持できているようだ。異世界貴族畏るべしといった感じだ。
まさかとは思うがドットの実家はあくどく稼いでいる悪徳貴族では無いと信じたい。
そしてこれで颯はしばらくの間醤油とみりん作りの監督をしながら、領内の冒険をのんびり進められるしドットの許しがあれば庭に田んぼを作り米も栽培する予定だ。
ナビが一緒に食事をとるようになってから消費が増えた分お米の在庫に心許なさを感じていた。できることならここに滞在している間に少しでも増やしたい。
それにしても早くどこかで稲作を始めてくれないかと颯は心から願っていた。自分で作らずとも購入できるならそれに越したことはない。お金なら今のところまったく不自由していないからね。
「ハヤテ君専属の使用人を」
「必要ありません!!」
颯はドットが言いだしたのを最後まで聞かずに即座に断った。
颯は貴族ではないし、専属の使用人なんてそんな気心の知れない他人を側に置かれる訳には行かない。
自由にしていいと言ったはずなのに使用人なんて付けられたらどれだけ気を遣うことになるかドットには分からないのだろう。
ドットは生まれてからずっとそれが慣れた生活なのかも知れないが、颯は生まれも育ちも一般家庭の一平民だ。自分の事は自分でできる。
嘘か本当か知らないが、日本でも昔の殿様はトイレで尻を拭いて貰っていたという話を聞いたことがあるし、ローマ時代にはカーテンのヒダを綺麗に整えるだけの専属の仕事があったとか言うし、まさかドットもそんな生活してるなんて言わないよね?
颯はこの異世界の貴族生活の基本を知らないので、ドットの屋敷に滞在すると決めたことを急に不安に思うのだった。




