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颯が船着き場に着くと帰って来ていた船はもう既に殆ど交渉を終わらせていて、颯はどの船の漁師にも話すら聞いて貰えなかった。
だいたいの船は交渉する相手が既に決まっているのか新参者扱いをされ迷惑がられるだけで颯はガックリと肩を落とした。
「なんだ兄ちゃん誰にも相手にされなかったみたいだな」
突然後ろから声を掛けられ颯はびっくりして振り返るとそこには、潮焼けで肌が真っ黒ないかにも漁師と言った感じの年配男性が立っていた。筋骨も隆々だ。
やたらと皺が多く皮膚が硬そうに見えるので歳がいっている雰囲気だが実は見た目より若いかも知れない雰囲気もあった。
「えっと…」
「見ない顔の兄ちゃんが苦労してるようだから気になってな。それで魚を仕入れてどうする気だ?」
「海鮮丼を食べたいんです!」
漁師のおやじがどういうつもりで声を掛けてきたのか分からなかったが、颯ははっきりきっぱりとこの街へ来た目的を話す。ここで警戒しても何も始まらない。欺されそうだったら逃げれば良いだろう。
それにもしかしたら本当に親切な人で、新鮮な魚を手に入れられる突破口になるかも知れない。
「海鮮丼?」
「ご飯の上に新鮮な刺身を乗せた物です。僕はそれが食べたくてこの街へ来たんですが、どこの店にもそんな料理は出してないですよね?」
「ご飯ってのもなんだか良く分からんがちなみにその刺身ってのはなんだ?」
「魚を新鮮なうちに捌いてその身を生で食べる料理です」
「魚を生でなんて漁師くらいしか食えんぞ。おまえは随分と変わったことを考えるんだな」
漁師町だというのに漁師しか刺身を食べていないと知り颯は衝撃だった。それじゃぁマグロの山かけどころか海鮮丼なんて夢のまた夢だ。
「僕が育った国では普通にみんな食べてましたよ」
「魚は思った以上に足が速くすぐに傷むのにそれでも生で食べるというのか? 随分と命知らずだな。それとも何かそうできるコツがあるのか?」
颯はガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。
言われてみれば日本は冷凍冷蔵技術が発達していたし、氷を思う存分使えたから全国どこに居ようと刺身が食べられたのだ。
この世界には冷凍技術もないし冷蔵庫も無い。ましてや氷なんて王族や貴族でも無ければ手に入れられない代物だ。
肝心な事を忘れていたとはいえ、颯は目の前で興味深そうに颯の話を聞く男に何と答えようかと考える。
「僕は氷を作る魔法を使えるので魚の鮮度を少しばかり維持できるんです」
「ほぉ、魔法で氷を作れるのか。そりゃ凄い。さぞかし便利だろうな」
颯は思わず言ってしまってからマズかったかと少し後悔していた。
一般の平民にも魔法が広まりつつあるとは言え、やはり誰にも知られない魔法を使えるとなると目立ってしまうのは必至。さらに何か悪巧みを考えるヤツに掴まったら面倒なことになりかねないともっと警戒すべきだった。
「そんなに大量には作れませんよ。それに僕の国ではあまり珍しくも無い魔法でしたがここではそうでもないようですね」
颯は慌てて誤魔化してみるが目の前の男の興味深そうでいてまたどこか楽しんでいる様子は変わらない。
「面白い話を聞かせて貰った礼に漁師達が売り物にならないと判断して捨てる魚ならタダでくれてやる。あとそうだな。海の厄介者を退治してくれたら兄ちゃんとの交渉を優先するように口を利いてやってもいいぞ」
売り物にならない魚がどんな物なのか見てみないことには話にならないが、折角くれるというのならありがたく貰っても良いかと思っていた。
しかしそれよりも興味深い提案の方が気になった。
「厄介者の退治ですか?」
口の利き方からしてこのおやじはこの辺の漁師に顔が利くらしいと颯は判断し、取り敢えず話だけでも聞いてみることにした。
「海藻を食い荒らす厄介者だ。最近あいつらが異常に繁殖していて小魚が寄りつかなくなった。そのせいかいつも捕れる魚も減ってきてる。漁師達に除去の指示を出してはみたが俺の言うことを信じてないのか稼ぐのに必死なのか言うことを聞かなくて俺も困ってたんだ。どうだお互い悪い話じゃ無いだろう?」
「海藻を食い荒らす厄介者ですか…」
颯には思い当たるものがあった。それはウニだ。もし颯の考えが当たっているのならこの世界でウニは海の厄介者として扱われるだけで食されていないという事だ。
ウニの事を思いだし考えていたら颯の頭の中はウニ丼に制覇されてしまい、今さら忘れることができなくなってしまった。
しかしもしその海藻を食い荒らす厄介者がウニでなかった場合のことも覚悟しながら颯は漁師のおやじの話を了承することにした。
「分かりましたやれるだけやってみます。取り敢えず場所の指定をお願いします」
「そうだなここから見える海全域は無理だろうからな。取り敢えず一番影響が大きそうなあそこの入り江を頼む。浅瀬の所だけでも構わない。できるか?」
「あの入り江ですね。まあ頑張ってみます」
颯はこうして何故か次は入り江で海の厄介者退治に乗り出すことになったのだった。




