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「大人一人お願いします」
颯は公衆浴場の出入り口を入りいつものように受付に声を掛ける。別に大人だとわざわざ言わなくても料金は大人も子供も変わらずに一人いくらなのだが、日本での癖でつい今でも口から出てしまう。
「500ゼニーだよ、貴重品はどうする」
この世界の公衆浴場には鍵が掛かるロッカーのような気の利いた物は無く、荷物は籠に脱いだ衣服と一緒に入れて床に放置だ。
逆に言うとその一籠分の荷物までなら持ち込みOKだが、籠に入りきれない荷物や無くして困る貴重品は受け付けに預けることになっている。
人が多いと籠を重ねることもあるし、貴重品がなくなったと騒ぎになるのを避けるためでもあるのだろう。
颯は面倒なので担いでいた見せかけの大きなリュックは異空間収納に入れ、代わりに着替えと体を洗って拭く布を入れた小さめな鞄を手にしていた。
「大丈夫です」
荷物を預けるとなると別料金なので颯は先に握りしめていた500ゼニーだけを受付に置いて中へ入る。
野宿にもすっかり慣れて街を見かけても宿に泊ることはあまりないが、公衆浴場だけはやはり我慢ができずに寄ってしまう。
初め颯は公衆浴場と言うからテルマエロマエのような大浴場を想像していたがあれは温泉だからできたことで、温泉の無い街の公衆浴場は大きめな家庭用風呂と大きさの変わらない樽だ。大人三人が入るとぎゅうぎゅうになる。
そしていくつか並べられている樽は何人もが出たり入ったりしているので、垢が浮いていたりお湯がぬるかったりするのでよく選ばないとあまり気持ちの良い思いはできない。
しかしこの世界の人々は布で器用に垢を掬っているので他人の垢を気にはしないようだ。
お湯がぬるくなると公衆浴場の従業員が熱湯を足して温度調節をしてくれる。颯はなるべくそれを見計らって入るためにも混雑する時間は敢えて避けている。一番風呂狙いの所謂昼風呂というヤツだ。
この時間は殆ど老人しか居ない。みんな働きに出ているのだから当然だろう。
「お兄さんはこの辺ではあまり見かけない人じゃが、旅でもしているのかな?」
ただ問題があるとすれば何処へ行ってもこうして気軽に声を掛けられることだ。人は歳をとると世間話をしないと死んでしまう病気にでもかかってしまうのだろうか。そして大抵の老人は情報通だ。
「はい、ここより北の山脈沿いの街から来ました」
街の名前を言っても大抵は分かって貰えないしどうせ聞き流されるので颯は大雑把に場所を説明した。
そして颯が返事を返したことで老人は颯が話し相手になると判断したのか機嫌良く世間話を始める。
しかし颯もこの行為にもかなり慣れていたので適当に相槌を打ちながら同時に情報収集に努める。相手次第だったりするが、大抵はどこの料理が美味しいとか何が美味しいとかこの街の名物の情報が多い。
老人達は颯が旅人だと知ると街の情報を気分よく話してくれるし、なんなら自慢話を始めてしまうので知らぬ間に長風呂になっていたりする。
そしてほどよく汗を掻いたところでお湯から出て体を洗っていく。この世界にも石鹸はあるが泡立ちはとても悪い。それに頭も体も石鹸で洗うので洗いすぎると髪はキシキシ言いゴワゴワになってしまう。だからゆっくりと時間をかけてお湯に浸かりたっぷりと汗を流すのが汚れを良く落とすためのコツだ。
「お先失礼します」
「はいよ」
話し相手になってくれた老人に軽く挨拶をすると老人は軽く手を上げ返事を返してくれる。
この後は老人が教えてくれた店でおすすめの料理を食べたら野宿できそうな場所を探す予定だ。
颯は余程天気が悪くない限り今では野宿が定番になっている。すっかり慣れたものだ。
街の中に野宿できそうな広場があり野宿している人が多いと近くにダンジョンがある事が多く、逆に街中にそういう場所がないと街は寂れていて野宿しようと思えばどこでもできる感じ。
しかし颯はどちらの場合でも街中ではあまり野宿はしない。周りが騒がしいと落ち着かないし、何故か街の外の方が安眠できる。不思議だ。
そしてこの街は近場にダンジョンがあるのか野宿ができる広場があり、多分場所取りでもしているのか小石で囲ったスペースがいくつもできていた。颯はなんとなく日本でのお花見の場所取り光景を思い出してクスッと笑ってしまう。どこの世界でも場所取りは大変なのだと。
「なぁナビ、この後ご飯食べたらダンジョン近くに野宿できそうな場所を探すか」
颯はダンジョンに籠もることを決めた。何しろダンジョンの深さ広さが分かってないので日帰りできるか分からない。
その上一日一回しかリポップしないダンジョンボスのドロップ品をコンプリートするには何日も挑まなくてはならず、日帰りできるなら当然ダンジョン近場に野宿できる場所が必要だし、そうでなくても明日早朝から挑むにはダンジョンに少しでも近い方が良いだろう。
「了承しました。選定してみます」
「頼んだよ」
ナビの有能さにはいつも本当に助けられている。これが生物なら一緒にご飯でも食べてもっと感謝の気持ちを伝えられるのだが、ナビにご飯は必要無いし興味も無いようなので颯は度々申し訳ないような気分になる。
いずれはナビが喜ぶことを見つけ必ず感謝の気持ちを伝えようとは思っているがなかなかチャンスがないので仕方ないと諦めてばかりだった。
「それといつもありがとう。とても助かってる。もうナビ無しで俺はこの世界で旅はできない。これからもよろしくな相棒」
「颯様の身の安全を確保し手助けするのが私の役目です」
相変わらず機械的な反応ではあるがなんとなく言い方がだいぶ柔らかくなっている気がする。
そして颯はそんなナビにこれからも感謝の気持ちだけはちゃんと伝えていこうと思うのだった。




