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「行ってきます」
「分かってると思うがあまりやり過ぎるなよ」
「部屋はそのままにしておくから、いつでも帰って来ていいんだからね」
「はい、ありがとうございます」
ギルド長のやり過ぎるなの意味があまり良く分からないのでそこはスルーして礼だけを言う。
双子はまだ寝ているので引き留められ宥める行程がないのにホッとする気持ちと会えないまま旅立つことになり残念な気持ちと寂しさと複雑な心境だった。
しかしこれが最後という訳ではない。颯もこのまま別れる気はないので挨拶は簡単に済ますつもりだった。
しかしギルド長とマリンはまるで今生の別れかのようにさっきから何度も心配してくれる。だから颯もなかなか旅立てずにいた。
「それじゃぁ今度こそ本当に行きますね」
「ああ、元気でな。たまには連絡して来いよ」
「本当に体には気をつけてね。それと悪い人には絶対に近づいちゃダメよ」
「分かってますって。キリがないからもう行きますよ」
颯は振り返ることなく歩き慣れた道を駆けるようにして街の外へと向かった。
「どこへ向かっているのですか?」
街を出るとナビが聞いてくる。
「取り敢えず海の方向に行ってみようと思ってる」
「海ですか?」
海と言ってもこの大陸はどっちの方角に行ってもいずれは海にたどり着ける。比較的近いか遠いかの違いだが、移動のしやすさを考慮する必要もあるのでナビは颯の回答に疑問を持ったのだろう。
でも颯はそんなナビの疑問には答えられなかった。なぜなら颯自身もまだはっきりと決めてはいなかったからだ。
「久しぶりに海鮮が食べたい。そのために醤油を作ったんだ。後はわさびを見つけられたら最高だな」
颯は小麦で醤油造りに挑戦したが、どうも颯の思っていた味とは違いかなりガッカリした。
しかし探してみたら大豆が簡単に手に入ったことでこの五年本気で醤油と味噌作りに挑戦していた。
味噌は祖母を手伝って造ったことが何度もあった。しかし醤油は自分で作ったことはないが作り方は菌、特に酵母に興味を持ったときに調べたので知っていた。
ただ魔法で熟成を早めるなんてことができなかったので何度か失敗してはやり直し試行錯誤したため、颯が納得できる物を作るのには年月が掛かってしまった。
しかしそのお陰もあり濃い口醤油にたまり醤油に刺身醤油といった感じの味の違う醤油が手に入っていて、それに合う料理との出会いを楽しみにさせていた。
それから米も勿論手に入れてある。この世界は稲作が主流ではないので雑草と同じ扱いになっていたが、素材として見つけたときには颯は本当に喜んだ。日本で食べていた米とは少し形も味も違うがそれでも颯は満足できた。
これも庭に作った少しばかりの水田で育てては異空間収納にストックしてある。あの時は稲作を学べるゲームをしておいて良かったと本気で思った。
しかし一度に作れる量が量なのであまり頻繁に食べることができないのが残念だった。
それともっと残念だったのは稲作も米もあの街に浸透することはなかったことだ。
浸透してくれていれば購入することもできただろうに、やはり街中での稲作には無理があるらしい。
しかし颯が無性にご飯が食べたくなるとギルド長もマリンも一緒に食べては美味しいと喜んでくれていたので、きっとそのうち誰かがどこかで始めてくれると信じている。
それを期待しながら庭の水田をマリンが維持してくれたら嬉しいと思いそのままにして来たがどうなるかは分からない。
現在颯はもう既に寿司とは言わないまでも海鮮丼だけは絶対に食べたいと切望していた。
だから一刻も早く海へと行きたいのはやまやまなのだが、乗合馬車なんて便利なものはないし馬に乗れない颯は歩くしかない。
それにたとえ馬に乗れたとしても気の向くままに素材採取に励みたい颯には寧ろ馬は邪魔になる。
水の綺麗な川沿いを探したらわさびが見つかるかも知れないので山中を行くつもりの颯は早くも街道を逸れて山林へと入っていく。
「ここからは採取モードだ。よろしくなナビ」
「お任せください」
颯はマップウインドウを開くとそこには色の違う点滅表示が現れる。
ナビが進化したのか颯の探知スキルが進化したのかは分からないが、未発見というかアイテムリストや魔物図鑑に載っていないものは別の色で表示されるようになっていた。
多分もっと進化したら颯が探している物をピンポイントで探知できるようになるのじゃないかと思っている。
颯は早速未発見表示のある場所へと急ぐ。しかし問題なのはそれが魔物か獣か素材かその場に行ってみないと分からないというところだ。
それに時折人間も獣や魔物と同じ色で表示される。危険人物認定されてのことなのだろうがこれが便利なのか不便なのか正直颯は判断に困っていた。
今まで人の気配を避けて採取活動をしていたし、そうそう獣を積極的に狩ろうなどと考えてもいなかったので颯から近づくことはまず無い。
要するに今さら余程の理由でもなければ危険表示には自ら近づかないのだが、明らかに人に近づいているらしい危険表示を見つけた。それも一人に対して三つの表示。
相手が獣だろうが人間だろうがどう考えても不利な状況に颯はピンチのようなら助けるしかないだろうと咄嗟に駆け出していた。




