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颯が異世界へ来て早くも五年の年月が経っていた。
颯の目の前だろうと遠慮せずにイチャついていたギルド長とマリンの間にはすっかり諦めていた子供、それも男の子と女の子の双子が誕生し、家の中はかなり賑やかになっている。
マリンの妊娠中の颯の手伝いはマリンだけでなくギルド長にもかなり喜ばれ、また双子出産後もとても役に立てたと思う。多分マリン一人だったらとてつもなく大変だったろう。
颯の家族ごっこも育児に参加したこともありかなり板に付き、今では双子の兄としての貴重な経験も積ませて貰っていた。
それにギルドの仕事と称して時々は泊まりがけの外出をして、この領地内の殆どのダンジョンを攻略しアイテムリストと魔物図鑑もかなり埋まってきていた。
生活の劇的改革などする暇はなかったが、颯は新しいハーブの使い方や香辛料をマリンに伝授し料理の味はかなり改善されている。
それと他にはこの街の主婦達に編み物を広めていた。
妊娠中のマリンを心配するギルド長に頼まれたのもあったのだが、マリンを家で大人しくさせるために颯が教えたのがきっかけでご近所の奥様方にも教えるようになり、そのご近所さんが友達に教えてと段々と広がっていった。
刺繍は貴族の嗜みで手が出ない主婦達も、実用的な物が自分の手で作れるとあって熱中する人が多かったのもあり、今や一つのブームと呼んでもいいかも知れなかった。
勿論棒針もかぎ針も最初は颯の手作りで、毛糸の材料となる羊毛がなかなか手に入らなかったので、綿をよって糸状にした物や植物の繊維で作られた糸を染色した物で代用した。
染色は一度しか経験がなかったので見よう見まねだったが思った以上に上手くいったのもブームの手助けとなり、今では編み物用の道具や糸を作る仕事が成り立っているし、編み物は主婦のちょっとした内職にもなっているようだ。
颯が少年の頃に熱中したレース編みと編み物の技術がまさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
きちんと設計図を作って編んでいくのではなく、頭の中で設計を考えながら編み、それが形になっていくのが面白くてかなり夢中になっていた時期がある。
マフラーから始めて帽子に靴下にミトンにベストにセータとかなりの物を作った。
レース編みも同じ模様の四角く編んだ物をパッチワークのように繋げてこたつカバーやベッドカバーなど大物を作ったこともあるし、立体的な花を編んでバッグの飾りや髪飾りに応用したこともあった。
自慢じゃないが颯は棒編みもかぎ編みもその腕前は既にプロ級だと思っている。
そう言えば初めて作ったニット帽は腹巻きのように編んで片方の口をすぼめただけの物だったが、余った毛糸で作ったので色使いがとても斬新で派手な物になってしまったのを思い出した。
自分で作っておきながら着けるのを躊躇っていたら兄がその奇抜さを気に入り貰ってくれた。かなりなお気に入りだったのか何処へ行くのにも着けてくれていたのは今思い返してみれば兄の愛情だったと思う。
そう言えば妹も颯のレース編みで作ったバッグをかなり気に入って使ってくれていた。
不思議なもので当時の颯では気づけなかったが、異世界に来てギルド長とマリンと親子ごっこをしてみたら、自分は家族に間違いなく愛されていたと実感できた。
多分家族に問題があったのではなく、颯が家族に対し諦めの気持ちを抱き興味を薄くしていたのだと今なら素直にそう思えた。たとえ家族だろうともっと分かり合い関わり合う努力が必要だったのだと。
そしてそんな颯が今大きな決断をして、ギルド長とマリンを前に座り一緒にお茶を飲んでいた。
双子は既に就寝し、いつもならイチャつく二人の邪魔をしないように颯も部屋に戻っている時間だ。
「旅に出ようかと思います」
十五歳になり成人した颯はもう子供扱いされることはない。一人でも宿に泊ろうと思えば泊まれるし、危険だと反対されることもなく一人で活動できる年になっていた。
他の人に知られてはいけない秘密を抱えたままだが、一般市民にまで結構魔法が浸透してきている今、颯が魔法を使えることをそれほど危険視する必要もなく、また目立つことはないだろう。
今まではギルド長やマリンに守られた日常だったが、これからはもっと自由にこの異世界を思う存分歩き、心ゆくまでアイテムリストと魔物図鑑を埋めていきたい。
この五年を振り返ってみればあっという間だった。
行動を制限されていたとはいえ貴重な体験を随分とさせて貰い、ギルド長とマリンには本当に感謝しかない。そして旅立つならば双子が三歳になった今が丁度いいタイミングだと思っている。
だからたとえ反対されてもこればかりは実行する覚悟でいた。
「いつ言い出すかと覚悟はしていたが、寂しくなるな」
「どうしても今じゃなきゃダメなの?」
「はい。本当にお世話になりました」
颯の覚悟を感じ取ったのかギルド長もマリンも反対することはなく、マリンは薄らと涙さえ浮かべている。
「それでいつ旅立つつもりでいるんだ?」
「明日天気が良ければすぐにでも行くつもりです」
「目的地は決めているの?」
「別にはっきりとは決めていませんが、次はこことは違った景色が見たいです」
ダンジョンをいくつも攻略している颯は当面困ることのない現金は持っているし、異空間収納に旅に役立つ道具と食材や料理はかなりの量をストックしてある。
それに十歳の頃に無理して買った見せかけ用の大きなリュックも今の颯にはピッタリのサイズになっている。
だから旅立とうと思えば今すぐにでも出発できるのだが、やはり冒険の第一歩は晴天の朝が良い。
「取り敢えず一度は王都のユージーンを訪ねるといい。きっとヤツも役に立ってくれるはずだ」
「分かりました。近くへ行ったら是非寄らせて貰います」
こうして颯は異世界へ来て漸く自分の足で行く冒険の本当の第一歩を踏み出すことになったのだった。




