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「それじゃ行くわよハヤテ君」
颯はマリンにいきなり手を取られ慌てた。
「え、えっと、どこへ?」
「やだぁ、聞いてなかったの? ハヤテ君は何も持ってないみたいだから必要な物を揃えないといけないでしょう」
ニコッと笑いかけられ颯は抵抗もできず大人しくソファーから立ち上がる。手を繋いだままだ。
だから颯は意識が繋いだ手に集中し、ドキドキするのを振り払うのに懸命になった。
「フフッ、私ねとっても嬉しいの。息子が生きてたらこんな風にできたんだなって。私とデートじゃつまらないでしょうけど、今日は付き合って貰うわよ」
「つ、つまらないなんてとんでもありません。こちらこそよろしくお願いします」
一瞬表情を暗くするマリンを見て颯はかなり戸惑った。
なんだか聞いちゃいけない話をしていたのも気になるが、やはりマリンには笑っていて欲しい。そのためには颯の態度がぎこちないとマリンが悲しむだけだと気づき、颯は慌てて元気なのをアピールした。
「勿論よ。私に任せておいて」
(やっぱりマリンさんの笑顔はあたたかいなぁ…)
颯は返事をするのも忘れ心をホワホワさせていた。
それにしてもギルドから出るまで、いや、出てからも、やたらと人々に注目されている気がするがきっと気のせいだろうと颯は思う。
ギルド長は颯のことを良くも悪くも目立つと言っていたが、あれはギルド長の隠し子疑惑でちょっと話題になっただけで、注目されているのはギルド長であってけして颯ではない。
それに他の人から見たら颯とマリンが手を繋いで歩くなんてどこにでもある普通の親子の風景でしかなく、そもそもモブの颯が注目されるなんてことある訳がない。
(うん、気のせい気のせい)
颯は今まで一切気にしたこともない他人の目やヒソヒソとする人々を気にしている自分が不思議で、実は少し戸惑っていた。
だからその気持ちを誤魔化すように『気のせい』を頭の中で呪文のように繰り返した。
《気のせいではありません。良ければなんと言っているか教えることもできます》
《よ、余計なことするなよ。俺は別に全然まったく気にしてないからな》
《とても気にしているように思われます》
《…必要だったら俺の方から頼むから、お願い今は無視して》
訳の分からないダメージを受けている颯はいつもは強気で素の対応のナビにも何故か少し低姿勢になってしまう。
颯が受け続けているそのダメージの正体も分からないままマリンに彼方此方連れ回され、始終楽しそうにするマリンにあわせ颯は作り笑いを浮かべ続けた。なので表情筋がかなり鍛えられたようで頬が痛い。
そして下着や服といった着替えに食器や日用品などを揃えて行き、他に何か欲しいものはないかと聞かれたときに正気に戻り慌てた。
「お金払います。それに荷物持ちます」
そう、全部の荷物をマリンに持たせている上にお金も全部払わせていたのだ。
これだけ無条件で良くして貰っている人相手に意識しすぎて礼も尽くせないなど男として、いや、人間として最低の行為だ。
それに颯がどう頑張ったとて、マリンは人妻であり、どこからどう見ても親子にしか見えないのだと認めるしかない。
それなのに何を期待し意識していたのか自分のバカさ加減に呆れ果てる。
「どうしたの急に?」
「急じゃありません。気付くのが遅くなってすみません」
颯はお金を出すのが先か荷物を引き受けるのが先かと慣れないことに右往左往してしまう。
「やっぱり男の子なのね。うふふっ、大丈夫よ」
子供扱いされたことにまだ微妙にダメージを受けながらも荷物を受け取ろうと手を出したままでいるとマリンは諦めたように荷物の一つを颯に渡した。
「それじゃ半分こね。暗くなってきたから今日は急いで帰りましょうか。はい」
マリンは空いた手を当然のように颯に向けて伸ばす。
颯は一瞬だけ考え、マリンは手を繋ごうと言っているのだと理解しそろそろとその手を取った。
そしてもう繋いだ手に意識を集中させることはなく、颯はなんだか心があたたかくなるのを感じていた。




