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「あらぁ、グランったらまた何を叱られてるの」
屈強な大男と細身の神経質男が体を小さくして、ギルドの受付で肝っ玉母さんといった雰囲気のお姉さんに叱られていると、まるで場違いな女性がギルド長達を助けるように現れた。
颯は一瞬で目を奪われた。
美人と騒がれるほど美しくもなく巨乳でもなくスタイルが良い訳でもないが、なんというか雰囲気が温かいのだ。
まるでそこにポカポカとした日だまりがあるような。そんな人柄が顔にも体にも溢れている。
ごく普通。すべてが平均的で特筆すべき特長もないのにそこだけ空気が違う感じ。まさに颯のドストライク的理想と言っても過言ではない女性だった。
颯ははっきりと自己主張はしないのに我を通そうとする女性を特に苦手にしていた。
後はやたらと胸を強調させ大きいのを自慢気にする頭の弱い女には虫唾が走るし、あざとさを売りにする女性も颯を利用しようとする女も好きにはなれない。
そういう女性が好きな人もいるだろうが、やっぱり女性も平凡で普通が一番だ。
颯だけがその女性の良さを分かっていればいい。そして同時に颯を理解してくれれば世界はいつだって平穏で幸せなのだ。
今まで颯が女性との交際経験がないのは颯の眼鏡にかなう女性が居なかったからに過ぎないと颯は思っている。
地球では終ぞ理想の女性に出会う事はできなかったが、まさか異世界に来て出会う事になろうとは思ってもいなかった。
年齢的には颯の実年齢よりちょっとばかり上といった感じだが、年齢などただの経験年数の違いでしかなく、颯にとってはまったく問題ない。どれだけ思い合えるかが重要なのだ。
とはいっても、颯から声を掛けることもできずにただただその姿を目で追っていた。
「あら、マリンちゃん。どうしたの。ギルドに顔を出すなんて珍しいわね」
「朝食が足りなかったみたいだからちょっと遅くなったけど届けに来たの。セーラさんの分もユージーンさんの分も作ったから良ければ皆さんで食べてくれると嬉しいわ」
「あらあら私の分もあるの? それは嬉しいわ。仕方ないわねぇ、じゃぁ今日はこのくらいにしておきましょう」
ギルド長とユージーンは漸くお姉さんから解放されたことに安心したのか溜息を吐いていた。
「あらっ、もしかしてあなたがグランが言っていた子かしら?」
颯もギルド長達がギルド受付のお姉さんから解放されたことにホッとして気を緩めていると、突然颯の天使が颯に向かって来るのを認識し途端に緊張し体を硬くした。
天使は颯の目の前まで来るとその場で屈み颯と視線を同じ高さにする。
「うふっ、とっても良い子そうじゃい。私はグランの奥さんをしているマリンよ。これからよろしくね」
(笑顔まで天使のようだ…。じゃねぇーーー! 奥さんだと!! 既婚者かよ。それもあのギルド長の……)
ガーーーン! という擬音が頭の中に響き渡るのを感じていた。
そして颯は速攻で終わった初恋のショックに言葉もなく項垂れた。
「なんだなんだ。俺のカミさんの美しさにやられたか。ハヤテも可愛いところがあるじゃねぇか。ほら、折角だみんなで飯を食うぞ。来い」
颯は引きずられるようにしてギルド長の執務室連れて行かれたがそこでのことはまったく記憶にない。
みんなは失恋のショックからいったいどうやって立ち直っているのか、こんな事なら地球でもっと人の話を聞くなり調べるなりしておけば良かったとそればかり考えていた。
初めて好きになった人が他の人の奥さんだった。それだけでもショックなのに、颯はこれからギルド長の家に下宿することになっているので彼女とも同居することになるのだ。
(手の届かない失った初恋と毎日顔を合わせるなんてどんな拷問だよ)
かといって颯がこの街で平穏に暮らすには他に選択肢が無い。
そもそも宿屋に長期滞在なんて訳ありで金を持っていると宣伝しているようなもので襲われる可能性が多いらしい。
一般の家を持たない冒険者はどこかの軒先や放置された小屋で野宿。地球では浮浪者と言われかねない生活が普通なんだとか。
ましてや成人していない颯を一人で泊めてくれる宿も家もないとギルド長は言う。せいぜいが搾取覚悟で住み込みの仕事を探すしかないらしい。
それにスラム街は絶対におすすめしないとギルド長は言う。アングラな世界に一度足を踏み入れると抜け出すのは簡単ではないらしい。
そんな説明をされればギルド長がどれほど人が良いか、また颯を気に入ってくれているのかが分かる。
本当にギルド長に出会えたのは幸運だった。
それにもう既にギルド長にお世話になると決めたのに、今さら浮浪者のような生活をする気にはなれないし、折角自由を約束されているのを蹴って知らない人の家で住み込みで働くなんて覚悟もできない。
(はぁ…。これからどうすりゃいいんだ……)
颯の落ち込んだ気持ちは浮上する様子を見せず、同じ考えだけがグルグルと頭の中を回るのだった。




