『煙の向こう側』【4】帰れるか大輔
この章では、大輔が異世界と現実を行き来し、種子を持ち帰る大きな一歩を踏み出します。人々の未来を切り開くための「帰還」であり、決して逃避ではないことが伝われば幸いです。
大輔とアニーは、草の燃え盛る炎をじっと見つめていた。
ゆらゆらと揺れる炎は、まるで手招きをしているかのようだ。熱気と煙が風に流れ、夕暮れの空へ溶け込んでいく。
「アニー、少し離れて見ていてくれ」
大輔は低くそう告げ、手に持ったバケツから少しずつカンゾを炎へ投じた。じゅっと音を立てて草と混ざり、濃い白い煙が天へ伸びる。
アニーは後ろに退いた。大輔は目を細め、漂う香りを確かめる。それは懐かしさと、胸をざわつかせる不思議さを含んでいた。
「……もう少しだ」
さらにカンゾを加えると、景色がゆらぎ始めた。白い霧が一面に立ち込め、めまいとともに身体が浮くような感覚に包まれる。
――次の瞬間、霧が晴れた。
大輔はひとり、実家の畑の畦道に立っていた。二つ目に燃やした雑草が黒く焦げ、煙をくすぶらせている。
「……帰ってきたのか」
彼は慌てて棒で燃え跡をならし、痕跡を隠した。誰かに見られれば不思議に思われるだろう。道具を納屋へ片づけると、母の声がかかった。
「大輔、雑草は二つ燃やしたのね」
「うん。……母さん、出かけてもいいかな?」
「ええ。帰ってからまた燃やしてね」
大輔はリュックを背負い、車で種子販売店へ向かった。大豆や小豆、トウモロコシの小袋を十枚、育苗トレイを買い揃える。さらに二キロ入りの小麦と米、蕎麦の種子、植え付け用のサツマイモとジャガイモも購入した。
帰宅するとすぐに三つ目の雑草を燃やした。燃え上がる炎にカンゾをくべ、白い煙を胸いっぱいに吸い込む。再び霧が広がり、視界が揺らぎ、身体が遠くへ引き寄せられるような感覚に呑み込まれていく。
霧が晴れると、彼は再び薬草畑の片隅に立っていた。燃え尽きた雑草の跡から、まだ煙が漂っている。
「……帰れた」
安堵の吐息をついた瞬間、アニーが駆け寄ってきた。
「帰れましたね!」
彼女は大輔の手を取り、強く握った。二人は互いの存在を確かめ合うように、その喜びを分かち合った。
翌日、植物大臣に報告した。
「大臣、植物の種子を入手しました」
「それは朗報だ。ただ、数が少ない。大切に栽培し、増やすのだ」
「そのためには温室が必要です。厳重な管理も」
「補佐官に任せよう」
やがて王の謁見が伝えられた。椅子に座した王は満足げに言った。
「種子が用意できたと聞き、嬉しく思う。石川大輔に『植物博士』の役職を与える」
アニーは歓喜に震えた。こうして計画は本格的に動き始めた。
完成した温室には監視装置も備えられ、作業員とともに小麦一キロを育苗トレイに播いた。続いて他の種も蒔き、イモ類も植え付けた。春の季節は作物に最適で、芽生えはすぐに姿を見せた。
植物大臣が視察に訪れ、目を細めて言う。
「博士、発芽を見ると嬉しい。王に伝えよう」
「大臣、お願いがあります」大輔は切り出した。
「浮遊車を開発した人に会いたいのです」
「良いが、何を依頼する?」
「馬力を上げ、空を飛べるようにしたいのです。農作業に活用できます」
大臣は深く頷いた。
「分かった。紹介しよう」
大輔の挑戦は、さらに新たな段階へと進もうとしていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。大輔が「植物博士」として歩み始め、物語はいよいよ次の段階へ入ります。現実世界と異世界をつなぐ挑戦は、食糧問題だけでなく人の信頼や夢をも育てていきます。次話では「浮遊車」の開発に焦点が当たり、物語はさらに広がりを見せます。どうぞ楽しみにしていただければ幸いです。