1-2カナリアの噂話 (2)御蔵居さまの歌
ヨモツ鬼灯の不気味な噂……
不覚にも直に聞いてしまった蒲田は、あちらの世界へどんどん引き込まれていく……
じいからの電話がその幕開けを告げる。
そして来たる貴重な連休。あの神仕えと山道を二人並んで歩いていた。
あのカフェの店主の電話にうっかり出てしまったことで、僕は明日、蓮見さんと御蔵居山トンネルへ行くことになったんだ!!
「きっとガセネタですよ蓮見さん。家出した娘さんのことが心配で、いくら僅かな可能性にすがりたくても、しゃべる実が流す噂なんてバカバカしいですよ」
「さぁてね」と彼女は気のない返事をする。
ダメか……!!
カバタは、今回の一件は流行に乗っかった悪質ないたずらではないのかと何度も話したが、相手にしてもらえていない。
行方不明者の母から依頼された神仕いの彼女がいるのは分かる。
では、なぜ僕がなぜいるのか?
…実は肉まんのせいなのである。
彼は、会う度に僕が蓮見さんからの申し出を断った件でこう言っていた。
「もったいないよぅ!絶対、今の仕事よりおもしろいって!」
そりゃあ、面白かろう。
自分には火の粉が降りかからないばかりか、土産話までもらえるのだから。
そして、僕に来てほしい蓮見さんとの利害が一致し、百音から帰ったあとに密かに連絡を取り合っていたのだという…。
『依頼人の方より、すべて我々に任せるよりは一般の方の目がある方が安心だと。蒲田様の同行を強く希望されているのです』
僕は依頼人の母娘とは赤の他人だが、実は娘の友達の友達が肉まんなのだという。
もう、なんかめちゃくちゃだ。
一応、証明社も勧めたが、「グルの可能性があるから。人間関係でつながっている人の方が安心」と一蹴されたらしい。
確かに、そういう悪徳業者も存在するらしく時々ニュースになる。
そんなに信用ならないなら、神仕いにも依頼しなければいいのに…。
でも、警察も動いてくれないらしい。
『うちの庭で鬼灯が行方不明の娘のことを話したから、御蔵居山の村を捜索してほしい』なんて、確かに取り合わないだろう。
…僕から断れば肉まんがうるさいな。
そこで、僕はどこぞの星から来た姫よろしく、いくつか条件をつきつけた。
・有休5日分程度の額を僕に支払うこと
・物品購入費や有事の際の治療費は依頼人が持つこと
・望んだ成果が得られなくても訴えず、これらを全うすること
現場は街でなく、結界壁外の山だというので色々と道具が必要だ。
さぁ、これで諦めがつくだろう!…と思ったら、だめだったのだ。
肩を落としてとぼとぼ歩く。
今そこにある恐怖から逃げたい!早く帰って休みたい!帰れないならせめて、現状を理解してから正しくビビりたい。急だったし、無理を言って有休使ってるんだぞ!あああ!
カバタは全部声に出してしまいたいのを堪えていた。
蓮見はいつも濁し、躱す。
まぁ、僕はど素人のアルバイトだし、それはそうか。
そうカバタは脳内補完して、どんどん先へ進む彼女の後をついていく。
しかし、歩いているだけでは肩と足の疲れを味わうばかりだ。
退屈した彼は尋ねてみた。
「何もわからないまま付いていくのは僕、危なくないですか。
その、身の振り方とか。なんか教えてくださいよ」
そう言いながら彼女の真横に並び、顏を合わせてにっと笑ってみせた。
彼女はふうむ、と一呼吸おいて
「一応、災いを避けるためにも詳しく知らない方がいいんだけど、ねぇ」
やんわり牽制を入れてきたが、それでも話を続けてくれた。
「御蔵居山トンネルの曰くについて、君はどこまで知っているかね?」
とまず聞いてきた。
「そも、トンネルまでまだ来てもいないじゃあ、ないか。
何を根拠に悪質ないたずらであると?」
——御蔵居山トンネルは、100年以上使われていない古いトンネルだ。
昔、長者が貧しい労働者たちを劣悪な環境下で雇って掘らせたといわれている。
病や、その山に先住の妖に襲われて亡くなった者が後を絶たなかった。
「……当時亡くなった人たちの怨霊が、トンネルの続きを掘らせるために奥に引きずりこむという噂ですよね。」
最近、昨日みたいに帰宅が遅くなった日にちらと深夜のニュースで見た。
内容は、確かこうだ。
TV音声♪
『ムカシ、ムカシの おくらい様 ひとつ のぞいて供物まつ』
キャスター「今の歌は心願成就で有名なパワースポット“御蔵居山トンネル”に伝わる歌の一節ですが、最近ネットで大変な噂となり盛り上がっています!!ここ数か月、ここで強烈な体験をして命からがら帰還した人の実体験が話題になっています——」
『ムカシ、ムカシの おくらい様 ふたつ くぐって嫁めとる
ムカシ、ムカシの おくらい様 みっつ 馳走に舌鼓
ムカシ、ムカシの おくらい様 よっつ 難を祓えたもう』
キャスター「なんでも、おくらい様の隠し財産の噂が流れて訪れる人が続出しているそうです。しかも、その噂の出所が植物の実!その実が喋ったというのだから驚きです!!
何かの呪いの類か、いたずらでしょうか?!」
お昼のニュースには流れてこなかったし、番組的には本当に尺を稼ぐための小ネタだったのだろう。
「そうさね。それから?」シスイは特に顔色を変えない。
「そのトンネルをどうにかして抜けた先の村に、その娘さんが捕らえられている…という話ですよね。
わらしべ歌の、おくらい様の村に…」
ここから僕の中ではつながってこないので、目線で救難信号を送る。
シスイ先生はふふ、誇ったように小さく笑った。
「今は、その違和感だけで十分さ。
知らないことが身を守ることもあるからね。
そもそも、単なる噂で終わるかは現に定かじゃあ、ない。
疑問も、恐怖も…君は、それでいいのだよ」
蓮見はとぼとぼとついてくるカバタの方に振り向きにっこりと笑みを浮かべる。
「…」微妙な、間。
なんだか一線引かれた感じがしてもやもやした。
一般人は知らなくていいし、怖がっているくらいがちょうどよいのだという事か。
シスイはぶっきらぼうだが、冷たい人ではないと先の件で知っている。
「さぁて、君が身を守る材料として少しだけ、教えてあげよう」
また縦一列に並んで歩き始める。
「おくらい様っていうのは、“大喰らい”。
供物は米や酒じゃあ満足しない。大きな“尾頭付き”が大好きな神さ!」
子供を脅かすみたいに大きなリアクション。
こんな顔もするのか、と呆気にとられ、わずかに目を見開いた。
「そ、そうなんですか」
この反応が期待外れだったのか、一瞬目線を右上にやって彼女は付け加えた。
指でつんつんと頭を小突きながら
「魚じゃない。お頭だよ。」