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1-1金欠カバタとモネの娘(6)  神様の存在理由が…僕?

 蓮見さんは、わずかに息を吐いて静かに語った。

「そいつは、古い神でね。存在が希薄になって、もう誰にも気づいてもらえず、今にも消えそうだった。…そこを、お前が救ったのさ。」


「は?」


 何の話だろうと首をかしげると、彼女はふふ、と笑った。

「一年以内に──変な石、拾わなかったかい?」

 その言葉で、忘れていた記憶が蘇る。


 ドライブへ行った先の地元のお祭り。きまぐれに寄ったあの日。神輿が通る道を開けるため、道の端に人々がひしめき合っている。神社へ続く道で、道端に飾られた石が誰かの足に当たって転がった。やけにつるりとした白い石。それを、僕が拾って元に戻した──


「あの石…!?」

「あれが、風化しかけたご神体さ。そりゃあ、嬉しかっただろうよ。」

 ぞくりと背筋が冷えた。冗談じゃない。

 あんなことで神に憑かれるなんて、礼にもならない。

「なぜ、兄さんばかりこんな目に……」

 弟が怒気を込めて言う。拳を握り、東屋(あずまや)の陰に目を向けている。


「ふふ、人間の道理なんて通用しないさ。存在の定義からして違うんだ。」

 蓮見さんは、僕らに向き直った。彼女は「よくお聞き」と僕らの注意を向ける。

「神や妖は、人間に認知されなければ存在できないものなんだ。人から完全に隠れるのは、静かな自殺と同じことさ。」


 教師のように語り、さらに問いかけてくる。

「もう一つ、疑問に思わなかったかい? はい、肉まんくん!」

「へっ、俺ぇ!?」

 傍観者を決め込んでいた肉まんは狼狽する。蓮見さんは弟へ視線を移した。

「じゃあ、聡明そうな弟くん。」

 弟は静かに答える。

「……兄さんには、なぜ石が見えたんでしょう。」

「そう、それさ!」と彼女は目を輝かせた。


 なに?どういうことだ?

「いやいやいや!」僕は思わず立ち上がった。

「だって石だよ?実体だよ?!」


 自分の中の常識が崩れていくのを黙って見過ごせなかった。

 現に足で蹴った人間と、手で拾った人間がいるのだ。

「見えるというより、多分気づいたことが問題なんだと思うよ、兄さん。」

 弟よ、君はこっち側だろう。飲み込みが早すぎるぞ。


「こいつ、変なとこ気が付いたりするからな。」

 肉まんまで!さっきまで蓮見に懐疑的だった2人が、今や「そういえば」なんて情報提供している。

 当事者の僕が一番分かっていないのに、「その顔が証拠さ。」と笑われる始末だ。


 ・かすかな気配に気づく

 ・人外に好かれる(推測)

 それが、彼女が見立てた僕の“特性”。


「金運の神でも憑いてたのかねぇ。お金貯まってたろ? 貧乏神以外の残滓もあったしねぇ。」

 全然うれしくない。金はもう、戻ってこない。

 外は日が沈み、夜が帳を降ろし始める。

「そこでだ。蒲田さん、稼げる仕事に興味ないかい?」

 この人、どこまで本気なんだろう。


 タイミングよくウェイターが水を運び、僕に困ったような笑みを向ける。

「紫瑞お嬢様、あまりお引止めなさいませんよう。」

「じい、私にこの面白い獲物をみすみす逃せと?」

 唇だけで笑い、視線は僕を離さない。

 ウェイターさんは軽く頭を下げて去っていく。


 ──お嬢様?

 じい?


 ぽかんとする僕を置いて、2人が口々に聞いてくる。

「どういう事だよぅ?運転手でもさせんのか?」

「この店って、蓮見さんの何なのでしょう?」


「ん〜…、そんなところさ。お前の“特技”を活かせる、素敵な職場だよ。」

 どうにも胡散臭い笑み。

「で、この店は私の管理物さ。そこらじゃあできないお話だろう?自由にカスタマイズできるし…色々とね。」

 最も手近にある風鈴に触れると、ウェイターが飛んできた。

「お嬢様、それは繊細なのであまり触れないでください。狂うと調律が難しいのですよ。」

「また作るさ」 とうるさい、とでも言うように吐き捨てて年長者をあしらう。


「蓮見さん……僕を、どうしたいんですか」

 すでに逃げ場のない鳥籠にいるようだ。

 蓮見はにっと笑って言った。

「来てくれるなら、今より良い待遇を約束しようじゃないか。保険も福利厚生もね。悪いようにはしないさ。」

 ──悪いようにはしない。信用できない定番ワード。

 僕は少し黙って、まぶたの裏で迷う僕に別れを告げ、再び見開く。

「ありがたい申し出ですが…お断りします。」

 僕にしては、後ろ手でドアを閉めるように毅然と断った。弟が安堵の息をつく。まるで保護者だ。それでも蓮見は笑顔を崩さない。

「雇用条件は送っておくよ。気が変わったら、いつでもおいで」

 なんだ、もっと距離を置く人だと思っていたのに。


 不思議な体験と知識を得た僕らは、礼を言って店を出た。

 空には月。帰宅途中の学生が自転車で夜道を走っていく。

「っふう! 面白かったなーー! また行こうぜ蒲田!」

「ごめんだね!」

 苦笑しながら、ステップする肉まんの後ろを歩く。

 …そうだな、非日常体験というのか。ちょっと楽しかった気も。

 ただ、どっと疲れた。

 肩も足も、もう軽い。でも嫌な疲れじゃない。


「兄ちゃんのことでいろいろ、悪かったな。

 本当に助かったよ。ありがとう。送るよ。」

 証明社まで手配し、当人の僕より用意周到な弟に兄貴面してみたが―

「兄さん、俺はもうそんな子供じゃないよ。」

 皮肉のない、優しい笑顔。

 僕は弟と両親に顔を出し、その夜は実家で過ごした。


 —店内。

 4人分のグラスを下げ閉店準備をしながら、ウェイターが聞く。

「……来るとお思いですか。」

「ああ、彼は惹かれている。口ではああだが。じいも分かるだろう…あいつにはもう、こちらの道しか残ってないのさ―—」

 中に差し込む月光が、余裕のある笑みを冷たく照らす。


 庭園では、給湯器の隙間の巣から出てきた野ネズミが、池へ向かって走る。池の側に蛇が身をひそめ、木の上から梟が虎視眈々と狙っているとも知らず―—


 あとがきにおまけあり!各話の終わりにおまけを付けようと思います。

 ◆呪具紹介:カフェ「百音」の風鈴

 この店の風鈴は“来訪者判別センサー”。

 神ならA、悪意ある者はB、神事関係者はC…等該当するものが反応する。

 門には人払いの結界も張られており、営業日を間違えるとウェイター(通称じい)が涙を流す…。

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