1-1金欠カバタとモネの娘(5) 神事証明社 無能が見破る才能
「失礼致します。黒曜神事証明社、監査役の黒川です。」
「同じく神事専門弁護士の白川です。」
肉まんが小声で騒ぐ。
「マジかよ…TVで見た!大手じゃんかよぅ!」
蓮見さんが驚く様子はない。
「君らだったか。」と意味不明なことを呟き、名刺を受け取る。
名詞を見た黒川がそっと弟に耳打ちしてきた。
(蒲田様、この方は名門の当主筋です。証明不要かと…。出張料金のみいただいて帰ることも可能ですが、いかがなさいますか。)
「兄さん、信じていいってさ」
弟が振り返る。半ば置き去りだった僕はようやく肩の力を抜く。
だが弟は納得できない様子でカードを取り出した。
「兄さんは強いから、何でも信じちゃう。…だから、譲らないよ。」
有無を言わさず蓮見さんのところでカードを通して見せる。
学生の弟にカードを切らせた――肉まんはこの件をしばらくネタにするだろう。
本格的に不要になった証明社のふたりは「ぜひ見学を」と申し出た。なんと、出張料金も割引してくれるという。
「なんか、なんぁすっげぇな、ふっふぅ!」と肉まんは終始はしゃいでいる。
「じゃあ、行くよ。」
蓮見が睡蓮の咲く池へ僕を案内する。
白い羽織、焚かれる香。―少し頭がしびれるような香り。
彼女が池に浮かぶ飛び石を渡りはじめた瞬間、夏の虫の気配が消えた。
…暗い?世界が彩を失くしたような景色に変わった。
風もないのに、わずかに水面に波紋が現れ、睡蓮が揺れる。
僕の裾が葉に触れたはずが、すり抜けた―?!思わず彼女を見ると、口元に1本指を立て(口を開くな)と示された。
東屋には香と神棚、鏡…もっともらしい道具が並んでいた。
雰囲気に呑まれていると、ふいに彼女は僕の額に札を貼った。
僕は、めまいを覚えて椅子にどかりと崩れ落ちる。
意識がゆらぐ…
「びゃあ、びゃあぁ」というしゃがれた声がする。
ああ、祓うってこんな感じか…
「神を祓うなぞ、とんでもないことさ。」
そんな声が聞こえた気がした――
パンッ!
爆ぜるような音で我に返る。
「終わったよ。金欠、解除さ。」
蓮見とともに池を離れ、弟と肉まんのもとへ戻る。
弟がおろおろとした様子で真っ先に駆け寄る。
「兄さん、大丈夫!?」
「は?蒲田お前、ほんとに?」肉まんは目が点になっている。
証明社の2人は「お見事…。」と深々と頭を下げた。
「…どう、なったんですか。」
まだしびれる頭で訊くと、蓮見はあっけらかんと答えた。
「ん?諦めるまで置いてきたよ。」
そう言って東屋の方を指差す。
「代替の社に入ったら回収する。なに、あれもいっぱしの神だ。酷いことはしないさ。お前に帰ってくることもない。」
「まるで物みたいに…」
肉まんは「何だよぅ、それ…リアルの方が地味って逆に怖いよぅ。」と震えた声で言った。
ちらり、と弟は肉まんに目線だけ向けるが、戻して何も言わない。
証明社の優しそうな女性の方、白川さんが口を挟む。
「実際こんなものですね。視えない人には味気ないでしょうが…」と穏やかに言った。漫画で見るような“パフォーマンス”は殆どないそうだ。
「……ん?待って!視えてなかったの、俺だけえぇ?!」
肉まんの悲痛な叫びが近くの虫たちを散らした。
支払いは予想よりも安かった。安堵しながら、蓮見が証明書を取りに奥へ消える。その間に、黒川が弟へ挨拶に来た。
「蒲田様。決済まで見届けましたので、私共はここで失礼いたします。貴重な機会を提供いただき、ありがとうございました。」
彼らが踵を返した時、弟が引き留める。
「…一つ、気になる点がありまして」
弟は以前言われた「他所じゃ吹っ掛けられる」件が引っかかっていたようだ。
「本当に妥当な対応だったのか」――その確認をしたかったらしい。
「—そうでしたか。それは一般の方には理解しづらいでしょうね。結論から言うと、蓮見様の見解は間違いありません。」
黒川は続ける。「神を封じる呪具も、戦う手段も大きなリスクを伴います。それを弱い神に使う馬鹿は…いません。やったとしても、大変な高額になったことでしょう。」
弟は黙って頷いた。
「お兄様は幸運でいらっしゃる。単身で制する神仕いに導かれたのですから。無能の墓場で働く我々には到底成し得ません。」
なるほど、名門であった故に今回は逆に市場価格より安く済んだのか…
あとで肉まんが、「証明社で働く人って、神事業界で“無能の墓場”って言われてんだよ。自分で祓えないから…。」と教えてくれた。
判定屋の三守さん、疑ってごめんなさい。
(僕、三守さんのこと絶対★5で口コミに書きます…!!!)と誓った。
そのとき、蓮見が戻ってくる。黒川たちは軽く頭を下げて去っていく。
「…なんだい、弟さんも興味が出てきたのかい?」
テーブルに証明書を置きながら、彼女は僕に視線を向けた。
「私の方からも、ひとつ聞きたいんだが――」
夜の獣のような眼差しだった。
「なぜ…あんなものがお前に憑いたんだろうねぇ。」
彼女は一瞬、視線と遠くへやる。
「さあ…」
「あいつから聞いた話だと、お前が見つけてくれた、ということなんだが。」
―馬鹿な。
「ふゅほほっ!こいつにそんな力ねぇよ!」と肉まんは笑い飛ばす。
だが蓮見は、真剣な面持ちのままだ。
「いや――ある。蒲田臣司。お前には、私たちとは別の“力”がある。」