1-1金欠カバタとモネの娘(1) 金欠サラリーマンと神仕いの女
君は、お金に恐怖を感じたことはあるか?
では、神に気に入られ恐怖を感じたことは?
僕はその件で“神仕い”という専門職の女性と、閑散としたカフェで向かい合っていた。この手の話をするには、こういう場所が好都合らしい。
「お前は、金欠さ!!」
ずいぶんと無礼な物言いだ。言い返す元気もないほど懐が危うい僕は、文句も言えずカフェに降り立ったハシビロコウのように黙って耐える。
僕は蒲田。平凡な配送業のサラリーマン。実際に金欠。こんな変な人に依頼するんじゃなかった……と後悔していた。どうやって退散しよう。
これが、“あちら側”との始まりだった。自分から踏み込むなんて、思ってもいなかったけど――いや、本当は、ずっと探していたのかもしれない。この深淵を。
待ち合わせのカフェ「百音」は、町外れの住宅地にあった。
辺鄙な場所だが、広い駐車場があり、車好きの僕にはありがたい。
車を降り、門をくぐると、耳が寒さでひりついた。池にはぽつぽつと水生植物。空は重く曇り、空気は冷たい。
「寒っ……」
肩をすくめて店へ急ぐ。美しく整った白い玉砂利と飛び石。まるで「踏み入るな」と庭への侵入を阻んでいるようだ。異国の香りをまとうモダンな町家風の建物。おしゃれな店に場違いな自分を感じ、ドアに手をかけるのを躊躇する。
いやいや、今日は訳あって“神仕い”に会いに来たのだと鼓舞して、ドアを開けた。
涼しげな金属音とコーヒー豆の芳醇な香りが出迎える。だが、ドアチャイムはない。どこか遠くで鳴ったような音――店内には季節外れの風鈴がいくつも吊るされていた。
風鈴?
さっきの音はどのやつだ?空調機器や窓の風も届きそうにないが…変な店だなぁ。
昼下がり、他の客は見当たらない。
彼女を除いては。
「神仕いの蓮見だ。どうぞ、こちらへ」
淡い青紫の瞳を持つ若い女性。その目は海の底から空を見上げたような輝き。背後の有名な画家の睡蓮の絵から抜け出したような雰囲気だった。
「さて、今回は判定屋からの紹介だね」
ちょっと言葉遣いは雑だけど、僕は「よろしくお願いします」と会釈し、案内されたソファに腰を下ろす。
ここに来るきっかけは、数日前のこと。
床に座り、通帳とにらめっこをしていた僕は、現実逃避するように頬を膨らませて「にらめっこしましょ〜、笑っちゃだ~めよ、…あっぷっぷ」と現実を受け止めきれない自分をあやすように口ずさむ。
……が、すぐにしぼんだ。
「……笑えない」
貯金は半年で激減。胸が鉛のように重くなる。眠れない夜、僕は友人“肉まん”に電話をかけた。
「なんだよぅ、こんな時間に?」
彼は高校時代からの友人。最近の経済難の話をすると、案の定、次々とバカみたいなエピソードが口をついて出る。
新人が賠償金を残して逃げた件。 大学院入学金を貸した件。
「待って、待ってよぅ!もう俺、お腹いっぱいだようぅ!」
笑い話にするには酷い話だ。でも、話せたことで少しだけ気が楽になった。
「……お前さ、何か、ついてないよねぇ?」
「うん、マジでツイてない。」
「…いや、そうじゃなくてさ、」
オカルト好きの肉まんが紹介してきたのが、“判定屋”。
年頃の女性の間で流行っているやつだ。なんだったか。
「俺のやつは占いまがいのヤブじゃねぇぞ。妖や呪いの仕業か見てくれるんだ!」
「えぇ……」と呆れつつも、嬉しかった。強引にでも気にかけてくれる存在がいるということが。
働けど働けど暮らしは楽にならず。 SNSを開けば、早期退職して遊んでいる人たちの投稿ばかり。
僕は――何もない。
勉強もスポーツも普通。容姿も普通。だから人生もずっと普通。ん?ずっと彼女がいないのは普通か?…置いておこう。
日々の生活のために、仕事をして疲れて帰って寝る。
たまの休みはドライブへ行ったり、友人と飲んだり、溜まった家事をして終わる。
気づけば給料日が来ていて…その繰り返し。
何も変わらないまま、最期を迎えるのかもしれない。
…このまま、ただ年を重ねていくだけかもしれない。
でも、確かに感じた。
一石を投じる何かが、来た。
店のURLを送られ、気づけばわくわくしながらアクセスしていた。
そうして僕は、神仕いに会いに来たのだ。