きみを愛することはない
窓から差し込む優しい月光とはこうも神秘的で、残酷な美しさを表すのだろうか。
詩的な表現力は持ち合わせていないので、目の前に佇む美貌を褒めたたえることなど出来はしない。
しかし褒めたたえることなど出来はしない脳はある意味正しく状況を把握していたのだろう。
「きみを愛することはない」
堂々と褒める言葉を失わせるには十分だと思われる言動。
流れていく妄言なのか、他人の言葉なのか、サッパリわからない。
異国の言葉でもあるまいが、聞きなれない言葉、現実との解離に頭痛がしてきそうだ。
愛の詩と言えば聞こえが良いが、見知らぬ誰かを褒めたたえるために、こちらの容姿を豚のようだとか虫の卵のようなそばかすだとか、語彙のない物乞いのように思えてならない。
知らない誰かとの出会いとか語られても一向に覚える気はないのだから、そこまで講釈を垂れながさなくても良いのに。
顔が良いとここまで、傲慢になれるのだな。
よく愛想よく笑えだのといえるものだな。
隣にたってほしくないと、歩んでほしくない。
そのうち息をするなというぐらいの命令すらしてきそうだな。
まぁ身分がそうさせたのだろう。
良いご身分であるがゆえの、凝り固まった思考。
吐き気が込み上げてこないのは、幸いだ。
耳垢にしかならない、言葉はそろそろ終わりを告げてほしいものだ。
黙り続け、俯いていたら終わりは来たようだ。
「わかったら早めに出ていくんだな きみを愛することなどないのだから」
部屋のドアがまるで怒っているかのように閉まり、紳士らしくもなくようやく屋敷の主は、去っていた。
耳栓でももって来れば良かった。
眠りにつく際には、必要かもしれない。
朝になったら、屋敷を出る。
パキパキと肩と背中を鳴らしながら、ご要望通りに去っていく。
こちらは未練はないし、仕事で来ていたようなものだから。
袖すり合うも多生の縁と、故郷では良く言ったものだが、良縁とは限らない。
しかしながら、数百年たってもまだ成仏すらせずに、屋敷に残っているとは。
幽霊屋敷としてツアーを組まれることになるとは、思うまい。
手を合わせることはない、娯楽として消費されて、摩耗して、飽きられるまで、言い続けると良いよ。
だれも いない屋敷に
きみを愛することなどないのだから
幽霊になってまで言うことかねとは思うけど。
きっとそこがあなたの幸せの絶頂だったのでしょう。
だから 物乞いのように愛を語れば良いよ。