第八話 魔法の手紙と、微笑みの余韻
——ジークハルト視点
列車の車輪が静かに音を立てている。
アストラ王国の駅から、フェルディナントへ向かう途中の中継地点。
冬の名残を残す曇天の空の下、ひとときの停車に、俺は駅の待合室で湯気の立つ紅茶を啜っていた。
そして、懐から取り出す。
白銀の封蝋。
丁寧な筆跡で書かれた名前。
それは——彼女、イザベルからの手紙。
「……“読んだら消える”魔法の手紙か。相変わらず厄介で愛しい人だな」
苦笑混じりに呟いて、そっと封を切る。
ぱちり、と魔力が解かれ、香のような気配が立ちのぼる。
薄く薔薇のような香り——けれどそれより、もっと凛とした空気がある。
彼女の気配だ。
【ジークハルト殿下へ】
まず最初に、礼を申し上げます。
貴国に戻るという貴殿の決断が、ただの逃避ではなく、真正面からの対話のためであることを、私は理解しております。
……もっとも、貴殿の言葉の節々からは、相変わらず軽薄さと本気が交錯していて、読んでいてこちらの思考を乱されます。
おそらく、そこも貴殿の“狙い”なのでしょうけれど。
———
俺は思わず噴き出しかけた。
(あいつ……本当に、そういうところが鋭いんだよな)
———
手紙は続く。
【……私は、王族の婚姻に、愛など不要だと思っておりました】
政のため、民のため、王家の安定のため。
そう教えられ、そう在るべきだと信じてきたのです。
それでも、あの夜——
貴殿が“私を守るために剣を抜いた”その姿を見て、私は少しだけ、動揺しました。
あれほど“不要”と切り捨てていたはずの感情が、胸に残っていたのです。
それが“好意”であるかどうかは、今はまだ断言しません。
けれど、もし仮に——
貴殿が、私のことを“王妃”ではなく、“一人の女”として見ているというのなら。
私はその言葉を、もう少し信じてみようと思いました。
———
「…………」
紅茶の湯気が消えていた。
かわりに、胸の中に熱が灯っていた。
彼女の言葉はいつも冷静で、緻密で、余白がない。
けれど、その手紙の中にだけは、ほんの少しだけ隙があった。
いや、あれは隙じゃない。
意図的に“与えてくれた”揺らぎだ。
手紙の最後には、たった一言——
【……今度は、貴殿の言葉ではなく、行動で見せていただきましょう】
「ふっ……手厳しいな、イザベル」
俺は指先でそっと便箋をなぞる。
その瞬間、ふっと紙が光を放ち、白い灰のようにさらさらと消えていった。
彼女らしい、冷たくて、でもどこか優しい魔法。
「……行動で、か。ああ、任せてくれよ」
立ち上がる。
駅のスピーカーが、まもなく列車が出発する旨を告げていた。
窓の外に目を向ければ、遠くに白い雲が流れていく。
「笑わせてやるさ、氷の女王をな」
口元に浮かぶのは、誰にも見せない、本気の笑みだった。
——そして俺は、再び彼女のもとへと向かう。
次は、“答え”を掴むために。