第四話 暗殺者
フェルディナント王宮、深夜の回廊。
夜風が静かに吹き抜ける中、イザベルは書庫からの帰り道を一人で歩いていた。
宵の間、政務に追われ、すっかり遅くなってしまったのだ。
──そして、その“隙”は狙われていた。
「……っ!」
突如、背後から人影が滑り出る。黒装束の男たち。布で顔を覆い、刃を手にしている。
その数、四人。暗殺者だ。
(……面倒な連中ね)
イザベルはそう思いつつも、魔力の回復がまだ不十分な自分の状態を冷静に把握していた。
杖には手をかけたが、完全には間に合わない──そう思った、まさにその時。
「っ、イザベル!」
夜を裂くような叫びとともに、ジークハルトが駆け込んできた。
「動くな!」
彼の剣が冴え、襲撃者の刃をはじく。
戦い慣れた動き。
姿勢が低く、間合いを詰めて一人、また一人と制圧していく。
「……あなた、どうしてここに」
「なんか嫌な予感がしてさ。ほら、俺って勘はいい方なんだよね」
「ふざけてる場合じゃ……」
「いや、けっこうマジなんだけど?」
軽口の中にも、刃を向ける目は鋭い。
ジークハルトは、イザベルの前に立ち、残る刺客と対峙する。
「俺のことは心配しなくていい。こっちは慣れてるからさ」
「……!」
それでも、彼の右腕に赤が滲むのを、イザベルは見逃さなかった。
やがて近衛が駆けつけ、襲撃は終息した。
夜の静寂が戻った回廊に、疲れた吐息が落ちる。
「……あなた、怪我……」
「ん? ああ、かすり傷。つっても、後でしっかり手当てしないと怒られるんだよねー」
「誰に?」
「ほら、誰とは言わないけどさ。冷たくて、綺麗で、えらい摂政王妃様とか?」
「……馬鹿な男」
イザベルは、そう呟きながらも、彼の腕に手を伸ばしていた。
「なんで、あなたがここまで……政略のために、命張る意味なんてないわ」
「そう思うなら、なんで手ぇ出してんの?」
「……っ」
「俺はさ、利口じゃないし、回りくどいのも苦手。けどさ、あんたが傷つくのは、見てらんないんだよ」
その声は、いつもの軽口じゃなかった。
静かで、真っ直ぐで、あたたかい。
「あんたが俺を避けたっていいよ。けどさ、本当に俺のことが要らないってんなら、ここから今すぐ追い出してみてよ」
「……っ」
言えなかった。
追い出す理由なんて、山ほどあるはずなのに。
それでも、口が開かなかった。
──だからこそ、イザベル自身が、一番驚いていた。
ジークハルトは、ふっと息をつき、微笑んだ。
「……その沈黙、俺にとっちゃ最高の返事なんだけど?」
夜風がふたりの間を通り抜ける。
その距離は、ほんのわずかに、けれど確かに縮まっていた。