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結晶詐欺伝  作者: 雲散無常
第一章:Stone In Chaos
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1-6


 遥か昔、神同士の戦いがあった。

 後の世に邪神と聖神と呼ばれることになる二柱決戦は、辛くも聖神の勝利となるも邪神そのものを打ち倒すことは叶わなかった。

 消滅させるには力が足りなかったと言われている。

 聖神自らがその身で邪神を地中深くに封じ込めることで、どうにか戦を終わらせた形だ。

 そして今現在も、聖神はニーゼ山の山頂にて大結晶となって封印の役目を果たしている。結晶という強固な蓋で邪神を上から抑え込んでいるイメージだ。

 残された人類である結晶者クリスタはその大恩に報いるべく、来るべき時に備えて己を鍛えて日々精進している。

 なぜならば、封印はいつか解けて邪神は必ずまたこの世に災厄をもたらすという予言があるからだった。

 その際には聖神ではなく、その力を受け継いだ結晶者が力を合わせて邪神を打ち倒すものと定められている。

 結晶者はそのためだけに生まれて死ぬ運命。自身の代に封印が解かれることがなくても、我が子にその意思と力を託してひたすらに結晶力クパァを研鑽する宿命なのは、ゆえに必然であり義務であり、崇高な使命なのである。

 より強く、より気高く、無石者ヌシータを導く存在であれ。

 常に三つの頂を目指し、何よりも結晶力を磨け。

 決して邪物バウトを許さず、これを打ち滅ぼせ、云云かんぬんー―。




 この世界の歴史を紐解いてみると、概ね以上のような概要に落ち着く。

 結晶法クリスタという名の由来が良く分かった。その根源である聖神とやらが大結晶という存在となっているからのようだ。

 しかし、幾つもの疑問が沸き起こる。

 そもそも、神が本来どういった形態だったのかは記述されていないし、封印に際してなぜ結晶というカタチを取ったのかも不明だ。神話というものに正確性を求めてもしかたがないが、そこがすべての出発点であるのならもっと詳細が欲しくなるのも仕方がないだろう。

 結晶者の今の存在意義や在り方というものが、予言というものに基づいていることもナナシ的には不満だった。

 まるでこの世界全体が何かの宗教に根差した信徒たちの思惑で動いているように見えて、どうにも不審感が拭えない。その予言というのもまた怪しい。某予言書とやらに記載されているらしいが、人類にとってあまりに重要なために三英雄のみが閲覧可能だという時点で、隠蔽の匂いが強い。陰謀論者でなくとも胡散臭く思えてしまう。

 三英雄というのは聖神のもとで手足となって特に献身的に働いた結晶者を指しており、今はその直系の子孫である三英傑の一族が件の預言書を管理しているようで、一般人が直接確かめる術はないとのことだ。

 絶対に何か裏事情がある気がするのに、結晶者たちが完全に信じ切っているのは謎過ぎるな……

 歴史的には、神同士の戦争があったのは2000年近く前らしい。現在は大陸歴1834年とのことで、その予言書がまともに読める状態で保存されているのかも怪しいと思いつつも、割と何でもアリな結晶法が存在する以上、恐ろしく良質な紙で出来ている可能性も否定できない。

 この世界そのものが、元の世界の文化や技術とはまったく違った発展を遂げていることは間違いないので、1800年の歴史の歩みはナナシの知っているそれと比較してもあまり意味はなさそうだ。 結局のところ、ありのままに受け取って考えるしかないわけか。

 怪しいとは思いつつも、邪神の復活という物騒な災厄に関しては実際にその兆候は出ていた。邪物というのがそれだ。魔物と言う方が耳馴染みがあるが、魔法がない世界ではその呼び方はしないというのも納得はいく。

 要するに異形のもので、邪神の眷属だということだ。この世界での自然の摂理に反したものたち。

 各地でそうしたあり得ない生物が出現していることが邪神復活の証左であり、予言書によって呪いの海から復活は始まる、というような内容の通りに、何百年前には邪影バウマと呼ばれる邪神の分身体が大量に押し寄せてきたこともあるらしい。

 結晶者たちはその備えもしており、沿岸沿いに防衛拠点を作って警戒している。当時の襲来も見事に迎撃して勝利を収め、その防衛要塞がそのまま国となって今日も引き継続き警戒態勢をしていることからも、それらは本当にあったことだと裏付けられている。ちなみにその国は三英傑の子孫が今も統治しているようだ。

 色々と思うところはあれど、捏造された歴史だと片づけられないのもまた事実だった。

 結晶者たちの奥深くにある本能的な使命。ユアリィでさえその使命感はそれなりに持っているので、教育などによる洗脳の類でもなさそうだった。

 生まれたときから何かの運命に縛られているようで、ナナシ的には好きにはなれない。一方で、無茶苦茶な結晶者のルールというものがどこから来ているのかはぼんやりと掴めた気がする。神話の類が前提にあり、その証拠が色濃く残っている世界であるのなら、そうなるべくしてなった歴史というわけだ。

 まったく、ちょっと斜め読みしただけなのに情報量が多すぎる……

 『大陸の歴史と結晶者の使命』というその本を閉じて、ナナシは一つ伸びをした。

 ここは訓練所内の図書室兼自習室だ。

 個室が幾つも用意されており、訓練生なら誰でも利用可能できる。昨日、シャロリーンに色々と案内されているときに目を付けていた場所だった。

 何より必要なのはまず知識だった。本来なら段階的に、あるいはじっくりと腰を据えて学びたいところだが、状況がそれを許さない。

 結晶者が何者かもわからないまま、その結晶者の巣の中に放り込まれたようなものだ。そこはある種の蟲毒の壺であり、無防備でいれば他者の養分となってしまう。自衛手段を最優先で身に着ける必要があるのは自明の理だ。

 結晶者ひいては結晶法。この二つが同じ呼び名である『クリスタ』であることは、使役できる者が限定されているからに他ならない。ちなみに、この世界に人間と言う種族は存在せず、無石者ヌシータがそれに当たるのだが、ナナシの自動翻訳的に人類という枠で変換されていることから、種族的にはやはり同類と見るべきだろう。

 ただし、結晶者たちはそうは思っていない。完全に無石者、つまりは結晶石を持たないものを劣等種族として区別しており、両者の隔たりは大きい。

 すべては結晶法という超能力が原因だろう。

 そういうわけで次の参照文献『五分で分かる結晶法の基礎』を手に取る。どこか胡散臭いタイトルだが、お試しで見るのには丁度いいだろう。

 早速ページを開こうとしたところで、個室のドアがノックされるや否やポニーテールの少女が入ってきた。

 「少し失礼します」

 「あ……?」

 許可を与える暇なく、二席しかない椅子に座ったアーシャが淡々と言う。

 「自習中でしたか?しかし、それならば講義を受けてはいかがでしょうか?教官の教えは十全と言えずとも、為になることもままあります」

 薦めているのかそうではないのか、微妙な文句だった。

 「というか、いきなり入ってくるなよ」

 「きちんとノックは致しましたが?最低限の礼儀は果たしました」

 「いや、そこで許可はまだ出してないだろが」

 「え、まさか断るつもりだったのですか?」

 「いや、そういうつもりもないけどよ……」

 「ならば何も問題ありませんね。無駄な時間をかけさせないでください」

 何だろう、こいつすげー疲れるかも……

 ナナシは更に言い返す気も失せた。アーシャの言う通り、無駄な問答になりそうだ。

 「……で、何の用だ?」

 「勿論、昨日の続きです。シャロリーン様のハニートラップにまんまと引っかかっていたどこかの痴れ者のせいで、色々と予定が狂わされたのでその軌道修正です」

 あれはハニートラップでは断じてないし、痴れ者扱いされるいわれもない。

 なぜかアーシャの自分に対する目が厳しくなっている気がして、ナナシは不思議でならなかった。何か怒らせるようなことをした記憶もない。

 分からないことは素直に聞くに限る。

 「なぁ、なんか不機嫌なのは何でだ?俺とお前は協力できると思っているんだが、何か気に入らないことがあるなら言ってくれ。改善できるところは善処する」

 「不機嫌?何を言っているのか分かりませんが、少なくともこうして協力しています。何かご不満が?」

 本気で首を傾げているのを見て、ナナシは何となく察した。

 アーシャは人付き合いが苦手か経験が少ないタイプだと。他人への配慮がないというより、その影響力を考えていない、分かっていないという感じだろうか。今後のことを考えると教育した方が良さそうだが、今はこちらが我慢して合わせていくことにする。

 本人が言う通り、協力する意思があるならばそれでいい。

 「オーケー。今は先に進もう。昨日の続きってのは、この訓練所のルールについてってことでいいな?」

 「そうです。質問が途中のまま有耶無耶になってしまったので再開しましょう」

 確かに昨日はシャロリーンに割って入られた後、アーシャは途中で付き合い切れないといった様子で去ってしまった。気まずい別れ方だったことを思えば、今こうしてまた会いに来たことは評価すべきだろう。

 「ああ、そうだったな。じゃあ、まず聞きたかったのは『訓練所内の中央歩行時』ってやつだ。決闘関連に付随したものだったと思うが、これはどういうことだ?」

 「そのままの意味です。この訓練所内において道の中央を歩くという行為は、いつでも襲撃を受け付けるという意思表明として受け取られます。つまり、結晶法による被攻撃対象となることを受諾している状況です」

 「ん?つまりそれは、いつでもかかってこいやーって挑発してるってことか?敢えてそれをする意味は?」

 「子供が考えそうな頭の悪い表現はさておき、宣言なく先制攻撃、奇襲を受けた際には結晶者は当然の如く反撃する権利を有します。積極的に敵性勢力を排除する際には有効な一つの手段というわけです」

 返り討ちを想定しているということか。そうなると、今度は襲撃するメリットの方が気になる。いや、そのまま奇襲と言う形で有利にことを進められる可能性か。だが、その一点だけでは何か足りない気がする。

 「もう少し詳しく。決闘とやらについてまだよく知らないもんがありそうだ。そもそもその定義は?あと、条件とか、制約とかがあるってことか?」

 「訓練所特有の追加条件はそれほど多くありません。結晶石レベルが高から低への申請禁止と同時期の再度挑戦権の制限が主でしょうか」

 「ああ、数撃ちゃ当たるで決闘を仕掛けまくられたら面倒くさいことこの上ないからか。それで、非公式にでも受けられるための措置と。けど、その場合に返り討ちにしたら最悪ぶっ殺してもいいんだろ?反撃したらそこで終わるんじゃないか?」

 「ケースバイケースですが、明らかに上位者が下の者を蹂躙するのはたとえ正当防衛であっても好ましくはありません。特に、所属派閥がある場合はその風評は強く影響しますので慎重にならざるを得ません。だから基本的に決闘で吸収となることはそれほど多くはありませんね」

 ここでいう吸収というのは、完全に結晶石を取り上げることを意味する。結晶石そのものを手の甲から奪いとって飲み込む行為だ。適性のある結晶石を取り込むと、その結晶者はより強くなる特性がある。ゆえに決闘というシステムも存在するわけだ。

 そして、結晶石を失った結晶者はその場で物質的に消失する。つまりは死だ。跡形もなく消えるという意味で本当の消滅だ。無情で非情な最期について、結晶者は本当に受け入れているのだろうか。、 ともあれ、訓練所では吸収は一応非推奨ということか。訓練生を育てる場所であるからその生徒を減らすことに否定的なのは当然ではある。決闘で命まで奪わない方法としては没取と支配があり、前者はわずかに結晶石を残すことで死には至らせないもので、後者はある種の絶対的な契約を結晶石に刻むことで完全に管理下に置くものだった。どれもがろくでもない勝敗の付け方だと思わなくもないが、この世界のルールだ。受け入れるしかなかった。

 「そうなると、支配になることが多いってことか」

 「そうなります。曲がりなりにも訓練所なので、没取で無石者にするわけにもいきませんから。中には面白がって無罪放免で何度でも挑戦を受ける悪趣味な方もいますが……実に野蛮で汚らわしい姿勢かと」

 思わず付け足したような言葉から見るに、アーシャは正道を好む傾向があるらしい。野蛮と言うなら、他人から結晶石をどうにかする時点で同じ穴の狢な気がするが、突っ込むことは控えておく。

 「なるほど。じゃあ、次。実技演習ってのが必修だって話だが、具体的にいつ、何をどうやるものなんだ?」

 「月初めにその月のおおよその予定が組まれます。貴方様のために一枚持ってきました、どうぞ」

 わざわざ取ってきてくれたのだろう。さりげなく机に置かれた紙を見ると、どこか懐かしいような時間割の表があった。しっかりとスケジュールは組まれているようだ。ここでの一月というのはどうやら30日を示し、一週間は10日単位であるということも分かった。

 「内容としては体験すれば分かりますとしか言えませんが、予習しておきたいということなのでしょうから簡単に口頭で説明すると、基礎体力作りからマンツーマンでの組み手、結晶力向上のための精神鍛錬、結晶法を使用した実戦と様々です。時にはコース合同での特殊演習などもあります」

 「いきなり知らんヤツとやりあうことになるのか。それだと実力差が……ああ、そのための結晶石レベルか」

 「はい。格差があると鍛錬になりませんので」

 結晶石レベルは、訓練生カードに刻まれている。結晶用紙だとか結晶札と呼ばれている特殊な紙に、結晶力を流すと任意に文字が書き換えられる謎技術だ。簡易的な電子メモタブレットの極小版みたいなものだが、結晶力があれば誰でも使えるわけではなく、専門の結晶者がわざわざ書き換え作業をしなければならないという便利なのか不便なのか分からない代物だ。

 「実技演習の出席みたいなものは点呼か何かで取っているのか?」

 サボれるかどうかの確認ではなく、病欠などの場合にごまかせるのか知りたかった。予期せぬ事態は常に起こる。備えあれば患いなしだ。間接的な連絡手段が未だに手紙の世界なので、緊急時の速度がまったく期待できない。

 「参加帳に記入義務があります。理由なく不参加の場合は聴聞会で処罰対象になりますね」

 「聴聞会?大げさだな。たった一回でもか?当日の急な体調不良での病欠とかはどうなる?」

 「一度でもアウトです。訓練生の必修ですので。緊急の病欠は一応考慮はされますが、基本的に処罰対象に変わりはありません。体調管理不足という怠慢になりますので」

 「厳しすぎるだろ……」

 ブラックすぎる労働環境にしか思えない。

 「結晶者が病に負けるようでは使い物になりません」

 「ちょっとまて。それでも誰だって風邪とか流行り病とかにはかかっちまうもんだろ?」

 「いいえ。結晶者がかかる可能性がある病気は、結晶力絡みのみです。不足か過剰か、回復低下といったものくらいです」

 ここでも人間の感覚は通用しないようだ。すべて結晶力に集約されるわけか。この辺りは慣れていくしかない。

 渡された予定表を見て、次の実技演習が明日であることを確認する。

 「……場所は第一から第三演習場ってあるが、振り分けはどうなっている?」

 「それについては特に指定はありません。空いている場所が好ましいでしょう。基本的にどこでも可能ですが、監督官である当日の担当教官で決める方も多いですね。無駄話の多い悪趣味な髭をぶらさげた御仁など外れもいますので」

 最後のはアーシャの個人的な見解だろうか。わりと毒を吐く性格のようだった。

 「そうか。とりあえず、昨日の時点で気になったのはそのくらいだ」

 ユアリィからも何かあればと聞いてみようと思っていたのだが、絶賛仮眠というか昼寝というか、夢の中にいるので無視している。色々事情はあったしお互い様な所があるにせよ、身体を間借りしている身として、各自の人格の自由時間はできるだけ尊重したい。必要があれば叩き起こせることは知っているので問題はないだろう。

 「そうですか。では、こちらから幾つか質問がありますがよろしいでしょうか?」

 眼鏡の奥でアーシャの翡翠色の瞳が光った。

 こちらを値踏みするような鋭い視線を感じる。彼女は他人に付き従うだけの人間ではない。きちんと己の頭で考え、判断し、合理的に行動するタイプだと分かっていた。ナナシは自分に通じる部分が多いと感じていた。だからこそ警戒する。ここでの下手な返答は、今後の関係を悪化させる可能性が高い。

 「俺たちは協力者だ。できる限りは答える」

 「では、一つ。貴方様の結晶法は何になるのでしょうか?」

 「ああ、それか。疑問に疑問で返すようで悪いが、その答えの前に結晶法について互いの認識を共有する必要があると思う」

 「と、言いますと?」

 「前提条件が違うと答えも変わるってことだ。まずそこを認識しないと、正しい解釈ができない」

 俺は手元にある本に目を落とす。

 『五分で分かる結晶法の基礎』

 ナナシにとって、何よりも重要な知識の一端がここにある。

 「……選書のセンスが壊滅的ですね」

 残念ながら、参考文献選びに失敗したようだった。

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