78 避難しなければいけないのは子供だけじゃないそうな
子供が80人くらいいるんだから、親はその倍近くはいる訳で。
それだけでも結構な人数になると思うのに、その上長老からこんなお願いがあったのよ。
「できれば、あくまでもしできればの話なのですが、自分の身を守ることができない年寄りたちもかくまってはもらえないでしょうか」
目の前のこの人、長老ではあるんだけど別に最高齢という訳じゃないらしい。
長老という立場は、年寄りの中でも里のまとめ役ができる程度に若い? 人がなるそうな。
「流石に寿命があと50年も無い者たちは、里で死にたいと申すでしょう。ですがそれよりも長く生きられる者たちとなると」
「里に残られると、守るために人を割かないといけないってことか」
こうなった原因はクラフティの考え無し行動だからなぁ。流石に断りづらいし、何より移住するだけでその世話自体は一緒に行く若いエルフたちがしてくれるらしい。
それならこちらにたいした負担がある訳じゃないから了承することにしたんだけど、これまた流石に独断で決める訳にはいかないよね。
ってことで、ミルフィーユに再度質問。
「お年寄りもかくまって欲しいらしくて、下手をすると300人以上の大所帯になりそうなんだけど食料は大丈夫?」
「警備隊の鍛錬のおかげで肉は余っておりますし、食糧庫の供給限界にもまだ余裕がありますから当面は大丈夫かと」
うちの城って本来はNPCを15人まで作ることができるの。
そしてそのNPCたちは一人につき100人まで配下を呼び出すことができるそうだから、多少の余裕を見て最大1600人分くらいは城の食糧庫で賄えるそうな。
今現在呼び出した配下は200人を軽く超えているらしいけど、結構な数が外に出ているから今城にいるのは100人ちょっと。
それなら新たに300人くらい加わっても問題は無さそうね。
「了解。じゃあ引き受けるわね」
今度こそもう聞くことも無いだろうからと、ミルフィーユとのクランチャットを終了。
再び長老に向き直って、お年寄りも引き受けることを伝えたんだ。
「おお、引き受けてくださいますか。ありがとうございます」
「それで、いつごろから移動できそう? 子供たちの安全を考えると、なるべく早い方がいいと思うんだけど」
「確かめてまいりますので、少々お待ちください」
そう言うと、いそいそと退室していく長老。
残された私とクラフティ、そしてオランシェットは給仕のエルフから新しいお茶に入れ直してもらって待つことになった。
「思ったより大事になりましたね、アイリス様」
「何を他人事のように言ってるのよ、クラフティ。元々はあなたが考え無しに行動したからじゃないの」
その間、暇なのか漫才? を始める二人。私はそれをぼーっと見ていたんだけど、そのおかげか時はあっという間に過ぎて出かけていた長老が帰ってきた。
「お待たせしました。子供とその母親は、すぐにでも移動できそうです。ただ、父親は家業の引継ぎがあるので数日は無理かと」
「母親は引継ぎしなくていいの?」
「はい。家業と言ってもそのほとんどが狩りか畑仕事なので、父親だけでも引継ぎは可能です」
さすがに50年も畑をほったらかしにしたら、雑草が生えたり土が硬くなったりして使い物にならなくなってしまうでしょ。
だから他の人に管理を頼まないといけないし、狩りを生業にしている人も自分の分担を他の人に振り分けないといけない。
その為に父親は残るそうなんだけど、やることと言えばただの話し合いだから母親はいなくても問題ないそうな。
「それで、お年寄りの方は?」
「そちらは調整と言いますか、説得に少々時間が」
傍から見ればもう昔のようには動けなくて足手まといにしかならなくても、まだまだ若い者には負けん! という人が多い模様。
一応数人はすぐにでも移動できるようなんだけど、お年寄りはまとめ役を決めずにつれ出すと後後私たちに迷惑をかける可能性があるからひとまとめにして送り出したいみたいね。
「そっか。それじゃあ、今日連れて帰るのは子供たちとその母親だけってことね」
「受け入れて頂き、ありがとうございます。それでは移動のための護衛を選別してまいりますので、もう少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
長老はそう言ってもう一度退室しようとしたんだけど、私はそれを引き留めた。
「ああ、護衛はいなくても大丈夫よ。この里から直接移動するから」
「直接、ですか?」
言われた意味が解らないらしく、困惑顔の長老。そんな彼に、私はこう伝えたのよ。
「今説明しても二度手間になるから、とりあえず移動させる子供たちとその母親をこの神殿前の広場に集めてもらえるかな。私たちもそこに移動するから」
「畏まりました」
未だに半信半疑と言った感じだけど、言われた通り行動してくれるみたいね。
首をかしげながら部屋を出て行く長老を見送ると、私たちも先ほど神殿に入る前に待たされた広場へ移動。
テーブルセットがそのままになっていたのでそこに座って30分ほどくつろいでいると、ようやく城へと移動する子供たちとその母親が揃ったのよ。
「これで全部ね?」
「はい。ですが、この大人数を護衛も無しにどうやって移動させるのでしょうか?」
目の前には150名を超える人々。確かにこれだけの人数を移動させようと思ったら、普通は何人かの護衛を付けないといけないよね。
でも私には奥の手というか、ゲーム時代の魔法がある。
「まぁ、見てなさいって」
私はそう言うと、誰もいないところに向かって右手をかざして魔法を発動させる。
「開け地獄のも……じゃなかった。ゲート!」
いつものように必要のない魔法を唱えると、何も無かった空間に突然大きな白い観音開きの門が現れた。
「アイリス様。何ですか、この荘厳な扉は!?」
「私の城につながる門よ。これをくぐっていくから、護衛はいらないってわけ」
帰還魔法ゲート。これは魔法を使うジョブならば習得が早いか遅いかの違いはあれど誰でも覚えることができる魔法なんだ。
これを使うと予め設定した場所か死んだときに復活する場所へとつながる門が出現して、それをくぐればすぐに帰ることができるの。
プレイヤーなら誰でも持ってる魔道具を使った帰還方法は空を飛んで帰るという設定だったから、ダンジョンや建物内のような天井がある場所では使えなかったんだ。
でもこの魔法ならどこでも使えるし、自分だけじゃなく一緒に狩りをしていた人も通れるから時間ぎりぎりまで狩りを続けられてゲーム時代はとても重宝したのよね。
因みにこの世界に来てから特に設定し直していないから、この扉を開くとアイリスの家改めキャッスル・オブ・フェアリーガーデンの外門前へとつながる。
「それじゃあ、門を開くわよ」
私がゲートに触れると白い扉が柔らかな光りを放ちながら静かに開き、見慣れた城の外門へとつながった。
そして、ここにつながるのが解っていたんだろうね。
「お待ちしておりました。アイリス様」
ゲートの向こうに見える外門の前では、待ち構えていたミルフィーユが微笑みを浮かべていたんだ。




