76 エルフ集落の結界は強大な力を持つ魔物の魔石がいるそうな
こころの中で号泣したおかげで、少しだけスッキリ。そしてそれと同時に、ある考えが私の中に芽生えたのよ。
今ここにいる私はこの世界に顕現したけど、本当の私はまだ日本にいる。だから両親や兄弟、それに友達や同僚を悲しませてはいない。
そして何より、もうあの繁盛記に苦しまされることも二度とない。
あれ? もしかして、この世界に顕現してよかったんじゃないのかしらん?
読んでいたマンガやラノベ、それにアニメの続きは気になるけど執着するほどの感情は湧いてこない。
これは多分私がコピーだからで、本来の私が引き続きそれらを楽しんでいるからじゃないかな? だって親兄弟への恋慕もほとんど無いもの。
勘違いとはいえ、せっかくこの世界に顕現させられたのだ。こうなったらアイリスという新しい生を楽しむべきだろう。
「この子たちもいるしね」
私を心配して寄り添ってくれているオランシェットとクラフティ。その二人の顔を見ながら私はそう考えたんだ。
勝手に自己完結して立ち直った私。ってことで、何事も無かったかのような顔で長老とのお話に戻るとするかな。
「えっと、どこまで話したっけ?」
「最後に聞いたのは、現在の魔王はかなり前からその地位についているという話でした」
オランシェットのおかげで、なんとなく今までの流れを思い出した。
「とりあえず、魔族が襲ってくる心配はしなくても良さそうね。ってことは、勘違い魔王信者が問題なくらいか」
「ミルフィーユに調べさせますか?」
う~ん、どうしよう。私自身、外見がかなり変わっているからなぁ。
下手に関わって藪をつついて蛇を出すなんてことになったら面倒だし、ここは放置が一番かな?
「いや、その必要はないわ。魔王復活そのものがあり得ないのなら、大したことができるとは思わないもの」
「解りました」
わざわざ私を顕現させてくらいだもの。自分たちではたいしたことができないと言っているようなものだ。
それに人類の平和を守るなんてのは私の役目ではないだろうから、そこは偉い王様や領主様に任せるとしよう。
そう決意したことで、私から聞きたいことはもうないかなと気が付いたんだ。
「えっと、こちらからはもう質問することはなくなったけど、長老からは何かある?」
「はい。実は先ほど眷属様が破壊された門と結界のことで……」
長老はなんか言いにくそうだけど、やったのは他でもないクラフティだからなぁ。
それについて何かお願いがあるというのであれば、かなえられるものに限ってだけど相談には乗りたいと思う。
「派手に壊したものね。それで、話というのは門を直してほしいということ?」
「いえ、それに関してはこちらでも対処できます。ただ、結界の方が」
長老曰く、この集落を守っていた結界にはかなり大きな魔石が使われていたそうな。
それがクラフティの攻撃の負荷によって割れてしまったから、修復すること自体ができないらしい。
「あの魔石は過去にこの集落の何人もの戦士たちが命がけでなんとか手に入れた物でして」
「なるほど。それを何とかしてほしいってことね。それで、その魔石はどんな魔物からとれたものなの?」
「はい。ブレイヴィシープという、強大な力を持った魔物です」
……ブレイブシープ?
私はゆっくりと頭を倒しながら考える。ブレイヴシープって、あのブレイヴシープよね?
「かの魔物は丈夫な皮と体全体を覆う豊富な毛によって矢も剣も防ぎますし、強い魔物特有の高い魔力耐性を持ちます。なので過去に魔石を手に入れた時は、10数名のエルフたちが力を合わせて何とか狩ったのです」
知ってる。ブレイヴシープの羊毛で作ったシャツは防刃が付くもの。それに耐寒体制まで付くくらい多くの魔力を内包しているのだから、当然魔力耐性も高いだろう。
そんな羊毛で体を覆われているのだから、生半可な攻撃は通用しないと思う。
「しかし、眷属様のお力をもってすれば狩ることもたやすいかと。どうか我々に、ブレイヴシープの魔石を下賜しては頂けないでしょうか」
机に手をついて頭を下げるエルフの長老。
それを見ながら、私はそっとストレージの画面を展開。うん、入ってるね、ブレイヴシープの魔石。
そりゃそうだ。最初にお試し戦闘で倒した3匹、羊毛と肉以外はそのまま手付かずだもの。なくなっていたら、それはそれで大問題だ。
「えっと、これでいいかな?」
なんとなく気まずい空気を纏いながら、ストレージから取り出してテーブルにコトリと置いてみる。
「これは、ブレイヴシープの魔石! それが三つも!」
「これがあれば、結界は直せるのよね?」
「はい。ですが、本当にこれを下賜して頂けるのですか?」
少し不安げな顔の長老。でもさ、そもそも結界の魔石が壊れたのってクラフティが考え無しに吹き飛ばしたからでしょ。
ならばその主人である私がその補填をするのは当たり前かと。
「壊したのはうちの子だからね、やり方が解らないから結界の張り直しはできないけど、魔石くらいは提供するわよ」
「貴重なものを、まことにありがとうございます」
貴重なものという所で頬がピクッてしたけど、そこは何とか取り繕って笑っておく。
でも、次の長老の言葉でその仮面はあっけなく剥がれ落ちることになったんだけど。
「これで50年もすれば元通りの、いや3つの魔石を使うのですからそれ以上に堅固な結界を展開できることでしょう」
「50年っ!? 結界を張るのに、50年もかかるの?」
「はい。集落全体を覆うほどの規模ですから、この魔石を使う魔法陣の構築やそこから発生する力場を固定する中継地の選定などを行わないといけませんから」
結界を張ると言っても、単純に丸いドーム型のものができるってわけじゃないんだって。
住居だけでなく畑などの生活圏すべてを網羅する必要があるから、いくつもの小さな魔法陣を使って結界が張られる個所を指定しなければいけないそうな。
「それって、今まで使っていたものを流用できないの?」
「はい。同種の魔物からとれたとはいえ、魔石にも個性がありますから。それにアイリス様から三つも下賜して頂けたので、せっかくですからより広範囲に強固な結界を張りたいと思っているのです」
なるほど。確かに安全に生活できる範囲を広げることができるというのなら、そうしたくなるのも解るわよね。
ただ一つ懸念が。
「エルフからしたら50年なんてあっという間だろうけど、その間、この集落の警備は大丈夫なの?」
「実を言うと、そこが問題でして」
どうやら魔石を渡して万事解決とはいかないみたい。
あからさまに困ってますという顔の長老を前に、クラフティのやらかしなんだから協力しない訳にもいかないわよねと思う私だった。




