76 魔王も普通の王様のように政務をこなさないといけないらしい
この頃、どう考えてもスローライフっぽくなってきたので題名を変更しました。
人族に魔王が倒されることなどありえないと笑うエルフの長老を前に、少々混乱中の私。
「でも過去に倒されたという記録があるそうよ」
「いえ、それは多分はぐれ魔族が迷い込んで暴れた時の話が間違って伝わったのでしょう。確か人族が神に祈り、異界から人族を教え導くことができる賢者を呼び寄せたと聞いております」
私を顕現させたあの魔法陣。どうやら魔王を倒すための勇者ではなく、助っ人的な人を呼ぶためのものだった模様。
でも、賢者かぁ。ってことは、私が顕現させられたのは賢者のジョブだったから?
本当にそうかは解らないけど、その可能性は意外と高い気がする。
「そもそも魔王は政務が忙しいので、わざわざ人族のもとになど行きませんよ。支配したところで、たいした役にも立ちませんし」
「政務って、人の国の王様みたいな仕事もしてるの?」
「はい。魔族は人族と同じように国を作る種族ですから」
そう言えばラノベに出てくる魔王も、結構書類仕事とかしている描写があるよなぁ。
確かに、政務が忙しかったらわざわざ何の得にもならない人との戦争なんかしない気がする。戦争すれば、それだけ自分の仕事が増えるもの。
「でも、意外ね。魔王って力で周りを屈服させてなるものだと思ってたわ」
「それもある意味間違ってはおりませんよ。ただ、その力がただの戦闘力ではなく統率する力であるというだけです」
話の流れから私が魔族というものをあまり知らないと見たのか、長老はその説明をしてくれた。
「魔族には我々エルフにおけるハイエルフのような上位種がおります。それが魔人と呼ばれる者たちであり、魔王はその中でも特殊な能力を持つ者がつく地位なのです」
「特殊な能力?」
「はい。それが先ほども申しました、統率する力です」
長老の話によると、魔王というのは配下の魔人たちから力を集めて自らの力に変えることができる能力を持っている魔人だけがなれるらしい。
だからそういう意味で言えば、魔王は魔人の中で最強と言えるのかもしれないそうな。
「ただ、実際の魔王はその能力を持った中から事務能力が高いものが選ばれるそうです。なにせ自分勝手な魔族や魔人を束ねて国を運営しなければならないので」
なるほど、その辺りは人間の王様と同じって訳か。王様だってその国の中で最強ではないけど、権力構造の中では一番上位だもの。
いくら強くても脳筋で政務が滞ると国としては困るから、事務能力が重視されるのは解る気がするなぁ。
「でも、魔族の国のことをなぜそんなに良く知っているんですか? 魔界って別次元とかにあるんでしょ?」
「いえ。魔族の国はそんなおかしな所にあるのではなく、この大陸を横断する龍峰山脈の向こう側にありますよ」
なんと! 魔族はゲームやラノベでおなじみの魔界ではなく、普通に私たちがいる大陸に存在するそうな。
でもさ、それだと簡単に来れちゃうだろうから、魔王的な存在がぽんぽん生まれそうなものだけど。
その疑問をぶつけてみると、長老からはこんな答えが返ってきた。
「龍峰山脈は各属性のエンシェントドラゴンたちが分けるようにして縄張りとしております。ですから、魔族もおいそれと超えることができないのですよ」
「なるほど。強い力を持つ種族だからこそ、ドラゴンたちからすれば何をしに来たのかと警戒されてしまうのね」
これが人族だったら、エンシェントどころかその下位である属性竜でさえ太刀打ちできない。
だから山脈に近づいたとしても警戒されることはないだろうけど、魔族や魔人だとそうはいかないものね。
あっ、でもそうか。だから樹木シロップを取る山小屋を立てたら、エンシェントドラゴンがわざわざ見に来たのね。
妙なところで話がつながったけど、長老の話からすると納得できる。
どう考えても魔族や魔人より強いガレット・デロワがいたのだから、エンシェントドラゴンたちからしたら何事かと思うものね。
もし侵略目的の拠点だったりしたら、それ相応の準備をして迎え撃たないといけないだろうし。
「エンシェントドラゴンはともかく、属性竜やカラーと呼ばれる下位龍たちにとって魔人は脅威ですから。怪しい動きをすればエンシェントドラゴンが飛んできます。ですから魔王どころか、魔人が龍峰山脈を超えるのは大変だと思いますよ」
「なるほど、それじゃあ確かに魔王が人の領域に来るなんてありえないか」
それこそ私たちの持っている転移ポートのようなものがあれば別だろうけど、そんなものが存在していたらこの大陸はすでに魔族に支配されてると思う。
だからこそ、魔王がこちら側に来たことが無いというのは事実なのだろう。
「魔人どころか魔族ですら、われらエルフが手を焼くほどの魔力と強靭な体を持っておりますからな。人族が魔王と思ったとしても無理はないかと」
「そんなに強いのね」
「はい。個体差はあるものの、大体の強さで申しますとエンシェントドラゴンが最上位として、魔人、ハイエルフとエルダードワーフ、属性竜、カラー種、魔族、エルフとドワーフ、その他の種族の順と言ったところですかな」
当然人族の中には魔族より強い人がいたりすることもあるけど、全体的に見ればこの順番でまず間違いないそうな。
魔王は魔人の中で一番という位置づけなんだから、この順番を見ると人の手で滅ぼされることなんて長老の言う通りまずありえないだろう。
いや、待てよ。
「さっき神様が人族に交じって生活しているって言っていたよね? その神様が魔王を倒したって言うのはあり得ないかな?」
「いえ。そもそも現魔王はわしが子供の頃に就任してからずっとその座についており、代替わりしたという話も伝わってきておりませんからな。人族に伝わる話に出てくる魔王を倒したとされる者が、たとえ神やエンシェントドラゴンが姿を変えた存在であったとしても有り得ないのです」
それじゃあ、本当に魔王が人の世界に来たことなんてないってことなんかぁ。
と、ここまでの話から私はある一つの、できれば信じたくない結論にたどり着く。
「えっと……じゃあ、この世を混乱に陥れたら魔王が復活するというのは? そういう特殊能力はあるんだよね?」
「魔族や魔人は強靭な体と強い魔力を持っておりますが、あくまで我々と同じ生物。そんなことでホイホイ生き返るなんてことはありませんよ」
「そんな……」
この真実に、思わず膝から崩れ落ちる私。
なんてこったぁ! じゃあ私は、フードの勘違いお爺ちゃんたちの思い込みでこの世界に顕現させられたってこと?
へたり込む姿を見てオランシェットとクラフティが駆け寄る中、私は心の中で号泣するのだった。




