74 仕事しろ! ファンタジー
いろいろと頭が痛い状況だけど、とりあえず今一番我慢できないことを指摘する。
「神かどうかはともかく、とりあえずそれはやめて」
「それと申しますと?」
「土下座よ土下座。いつまでもその姿勢でいられると、話が進まないじゃないの」
スライディング土下座の長老だけじゃなく、他のエルフたちも相変わらず土下座状態なのよね。
私はかしずかれることに慣れてないし、されることに快感を覚えるタイプでもないからこの状況は正直言って辛い。
ってことで、強制的に全員STANDO UP! とりあえず立って話してもらうことにした。
「はぁ、これでやっと話しやすくなったわね」
渋々ながら立ち上がったエルフたちを見て、満足そうにうなずく私。
そうそう、話というものはお互いの目と目を見てするものよね。
「それじゃあ、話の続きをしましょうか」
「いえ、流石に神とその眷属を立たせたままにして置くことはできません。場を整えますので、そちらへご案内します」
長老はそう言うと、さっき呼びに行ったエルフに何やら耳打ち。するとすぐに走り出したってことは、私たちが行く場所を整えに行ったのかな。
「場を整えるのにも時間がかかりますゆえ、ゆるりと参りましょうか」
そんなことを考えていると、長老がそう言って頭を下げてきた。
そうね。私が来たのは突然だし、エルフはいつ客が来てもいいように常に準備をしているような種族には見えないもの。
急いで行ったら絶対に間に合わないだろうから、長老の歩調に合わせてゆっくりと歩きながら壊れた門をくぐる。
そしてしばらく進むと、そこには幻想的な風景が……広がっていなかった。
「えっと、ここってエルフの集落よね。なんか普通」
ラノベに出てくるエルフの集落って、普通はツリーハウスだったり木の上に橋をかけるようにして住居があるよね。
でも私の前に広がっているのはエルフの集落らしくすべて木でできているとはいえ、外見上は人の街とほとんど変わらなかったのよ。
これには正直、少しびっくりした。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「はい、何でしょうか? 私に答えられる内容だと良いのですが」
「エルフって木の上に家を作って生活してるんじゃないの?」
私の質問に、長老は一瞬何を言われたのか解らなかったみたい。それでもしばらく考え、きちんと理解したうえでこう返してきたのよね。
「ここは本来高い塀と頑丈な扉、それに結界で守られております。ですからそのようなところに家を作らなくても安全に生活ができるのです」
多分私に対して失礼が無いように考えながら話しているのだろう。一度言葉を切って、しばし考えてからこう答えたの。
「わざわざ高所に家を作ると、そこに入るのにも苦労しますし、何より幼子が間違って落下でもしたら危険です。ですから、そのような場所に家を作ることはありません」
「ああ、そうか。うん、その通りだね」
現実的に考えたら、ツリーハウスよりも普通の家の方が住みやすいのなんて当たり前だもの。
だから普通に家が地上に作ってあるのは当たり前なんだけど……できたらファンタジーに仕事をして欲しかった。
少々意気消沈しながら、デザインは洗練はされているものの住みやすそうな普通の家々を横目に歩く私たち。
すると前方に、一つだけ石造りの荘厳な建物が見えてきたんだ。
「あれは、神殿?」
「はい。前回、神が降臨なされた時に作られたものでございます」
石でできているのもそうだけど、あれだけがちょっと他とは建築コンセプトが違っているのよね。
だから神殿なのかとつい口から出てしまったんだけど、どうやら本当に神殿だった模様。
「私たちって、あそこに向かってるの?」
「はい。あそこには過去この地に降臨された神から下賜された聖遺物がございます。それを祭る間ならば、あなた様をお迎えするのにふさわしいかと思いまして」
その間に私がふさわしいかどうかはちょっと微妙だけど、神扱いされているのだからおとなしく行くべきだろう。
何より、聖遺物ってのにも興味があるし。
そんな訳で神殿に向かって歩いていたんだけど、その手前にある広場のような場所で一人のエルフの女性が私たちを待っていたの。
あら? その横にテーブルとイスが置いてあるってことは、もしかして。
「少々お待ちいただけますかな?」
長老も私と同じように考えたのか、私たちと離れてその女性の元へ。そこで一言二言話した後、すぐに引き返してきた。
「申し訳ありません、準備に手間取っているようでして。様子を見てまいりますので、皆様はここでお待ちいただけませんか?」
やっぱりか。とても準備が間に合わないからと、ここをセッティングして待たせようと考えたんだね。
「ええ、いいわよ」
「ありがとう存じます」
急がなくてもいいからねと長老を送り出し、私たちはテーブルセットの元へ。
するとエルフの女性がお茶を入れて、私たちの前にカップを置いてくれた。
「ありがとう」
「御用がございましたら、遠慮なく御声をかけてください」
そう言って下がったエルフの女性を横目に、私たちはお茶を飲みながらクランチャットで話を始める。
特に聞かれてはまずいことがある訳じゃないけど、一応ね。
「なんか、とんでもないことになったわね」
「クラフティが申し訳ありません」
「あら、発端は確かに私だけど、今の状況はオランシェットがアイリス様を神様認定したからじゃない」
外見上こそ優雅にお茶を飲んでいるけど、そこは女三人集まったのだからクランチャットの内容は当然かしましい。
誰が悪いのかという話からこれから向かう神殿の話へ。そしてさらにそこに置かれているという聖遺物へと話題は進んで行く。
「聖遺物ってどんなのかなぁ? やっぱり大剣とか?」
「ここはクラフティのような戦士が集う場ではなく、エルフの里よ。武器だとしてもレイピアとかでしょう。アイリス様はどう思われます?」
「そうねぇ。エルフは自分たちの魔力に誇りを持っていそうだから、武器だとしたらやっぱり杖かワンドなんじゃない?」
いや、この地を守護するための盾や鎧なんてこともあり得るわね。
そんなたわいもない話をしていると時間なんてあっという間に過ぎて行くわけで。
「お待たせいたしました。どうぞこちらへ」
戻ってきた長老に連れられ、神殿の中へ。そしていよいよ、聖遺物とやらが置いてある部屋へと通されることになったんだ。
はてさて、どんなものが置いてあるのやら。
ここまで引っ張られたのだからと、すごく期待して部屋の中に入ったんだけど……。
「えっと、聖遺物って、もしかしてあれ?」
「はい。あれがこの地に降臨なされた豊穣神から下賜して頂いた聖遺物でございます」
そう言われて私たちは、祭壇に飾られたそれを見る。
そこにあったのは豊穣を主る神様が残すにふさわしいもの、金色に輝く鋤と鍬だった。




