72 どうにか間に合ったみたいね
クラフティの反応を地図で確認すると、どうやらこのログハウスから15~6キロほどの位置にいる模様。
「ってことは、フライングソードでも10分以上かかるのか。間に合うといいけど」
もう一度クランチャットで釘を刺すという手がないわけじゃないけど、さっきの会話でエルフたちが出てきたと言っていたからなぁ。
手加減している所にクランチャットで割り込んで、万が一のことが起こったりしたら大変だからここは自重。
「とにかく急ぎましょう」
てことで、オランシェットと一緒にフライングソードを飛ばす。
途中森の木が込みすぎていて少し回り道をしなくてはいけないところなんかがあったけど、障害物を自動でよける機能のおかげで減速することなく目的地のすぐ近くまで無事辿り着くことができたのよ。
そう、辿り着くことはできたんだけど……。
「ねぇ、オランシェット。あれって何をしているように見える?」
「そうですねぇ。クラフティとエルフたちが罵り合ってるんじゃないですか?」
まだ離れているから声までは聞こえないけど、どう考えても友好的な話し合いをしているようには見えない光景が。
まぁ、一方的にボコっているようではなかったから、それを見て安心はしたんだけどね。
「まだ荒事になっていないようだから、少しほっとしたわ」
「ただ、我々があそこへいきなり乱入した場合、エルフたちがアイリス様に暴言を吐く可能性があります」
「あら。それくらいで怒ったりしないわよ」
ケンカをしている所に、相手側の人間が現れたら敵だと思うのは当たり前だもの。
多少ケンカ腰で話されたからと言って腹を立てるようなことは無いよって笑ったんだけど、そんな私にオランシェットは静かに首を振る。
「違います。その場合、アイリス様が怒るのではなくクラフティが激怒してエルフに危険が。より正確に言うと、あそこにいるエルフたちの頭と体が永遠に生き別れになると思いますよ」
「うわぁ」
それはものすごくありそうで怖い。
なにせ私があげたログハウスをけなされただけで、激怒してエルフの住処の結界を門ごと切り刻んだそうだもの。
私自身に暴言を吐こうものなら、止める間もなく虐殺が始まることだろう。
「流石にそれはまずいわね。とりあえずここでフライングソードを降りて、気付かれないようにゆっくり近づきましょう」
「私もその方がいいと思います」
いくら言い争っているといっても、話の流れから感情の波が引くタイミングもあるだろう。
そのタイミングで声をかければ、いくらなんでもいきなり暴言を吐かれるなんてことはないはず。
そう考えた私たちは、木の陰に隠れながら少しずつ騒ぎの起こっている場に近づいて行ったんだ。
「どうやら、エルフたちは少々腰が引けてるみたいですね」
「いくら腹が立っているとはいえ、結界ごと門を切り刻むクラフティが相手だもの。流石に怖いのでしょうね」
攻めてきた以上、守らなければならない。そして門が壊された以上、守るためには襲撃者の前に立たなければいけないのよ。
でもそれが絶対に勝てない相手だったとしたら? そこで腰が引けないのは生きることをあきらめている人くらいだろう。
腰が引けているということは、少なくともあのエルフたちは生きたいと思っている証拠。それなら話し合いで解決できるんじゃないかな?
光明が見えて来たなぁと思いながらさらに近づいてみると双方の声が聞こえてくるようになってきたんだけど……
「えっと、アイリス様。なぜでしょう? 私には子供の口ケンカのような会話に聞こえるんですけど」
「大丈夫。私にもそう聞こえているから」
なんと言うかなぁ、ちょっとあきれてしまうほどの低レベルな言い合いなのよ。
エルフが腕力だけの考え無しな番族と罵れば、クラフティは魔力と長生きだけしか取り柄の無い無能種族と返す。
どうやらその流れでクラフティが激昂しかけると途端にエルフが腰砕けになるものだから、それを見て冷静さを取り戻すって言う流れを繰り返してるみたいね。
「あの様子からすると、アイリス様の言葉をちゃんと守っているようですね」
「ええ。だからエルフがまだ無事でいるってところかな」
私の中ではエルフってもうちょっと賢い印象だったんだけど……いや、これはもしかして長命種ゆえの弊害なのかな?
人は失敗した時にそれを戒めとして心に刻み、二度と同じ間違いを繰り返さないよう気を付けることで日々成長する。
でもエルフは人間よりもはるかに長く生きるでしょ。だから成長しなくてもやり直す時間はいくらでもあるのよね。
そのせいで精神的に未成熟のまま生きていけてしまうから多くの物語で書かれている通り、自己顕示欲が強くてすぐ考え無しに他種族にケンカを売る困ったちゃんになってるんじゃないかな?
「子供のまま精神年齢が成長しない種族。もしかしたらそれがエルフの本質なのかも?」
「アイリス様って、案外辛辣ですね」
私が思わず口に出した言葉を聞いて、ちょっとひどいですと笑うオランシェット。
気恥ずかしさからそれにツッコミを入れようとしたんだけど、そこで急にクラフティとエルフたちの間で今までにない強い緊張が生まれたのを感じてそちらに目を向ける。
「まずいですよ。クラフティが剣を抜こうとしています」
「あちゃあ、どうやらエルフ側が何か言ってはならないことを言ってしまったみたいね」
何を言われたのかは解らないけど、クラフティの顔色がさっきまでとはまるで違うもの。
エルフたちもそのことに気が付いたようで、腰が引けるどころか後ずさっているものまでいるし。
でも逃げ出さないのは褒めてあげよう。だって目の前に死そのものがいるのに、何とかそこに踏みとどまっているんだから。
「アイリス様。どうやら悠長に様子をうかがっている場合ではなくなったみたいですよ」
「そうね」
私は小さく頷くと、木の陰から飛び出して声をあげる。
「何をしようとしているのです、クラフティ! 私がなんと言ったのか、忘れてしまったのですか?」
「あっ、アイリス様。申し訳ありません。ですがこいつらが」
「何を言われたのかは知りませんが、弱い者いじめは褒められたことではありませんよ」
さっきまでに迫力はどこへやら、それを聞いて途端にしゅんとしてしまうクラフティ。でもこれでこちらはもう大丈夫だと判断した私は、エルフたちの方へと向き直る。
クラフティを止めるためとはいえ、エルフを弱いもの呼ばわりしちゃったからね。きっと今まで以上に怒っているだろうと思ったんだけど……。
「えっと、これってどういうこと?」
私の視線の先では、さっきまでいきり立っていたエルフたちが全員、なぜか私に向かって土下座の姿勢を取っていたんだ。




