71 現実世界に来るとNPCにも個性が生まれるらしい
「それで、ミルフィーユ。何があったの? アイリス様がいるってことはぺスパ関係?」
私がいるから、オランシェットはぺスパの家で何かあったと思ったみたい。
でも、流石にぺスパで何かが起こったからと言ってわざわざNPCの誰かを呼ぶなんてことは無いんだよね。
だって街に呼ぶには、あまりに過剰戦力だもの。
もし戦力がいるような事態になったとしても、警備兵を2~3人呼べば多分事足りると思う。
そしてそのことは、当然ミルフィーユも把握しているわけで。
「ぺスパではアイリス様のおそばにシャルロットが控えているのですから、わざわざあなたを呼ぶことはありませんよ」
「そっかぁ。じゃあ、なに? またどこかへ精霊を偵察に送るの?」
ぺスパ案件じゃないのなら、精霊召喚士がらみと考えるのが普通よね。
だから偵察任務なのかと聞いたんだけど、当然ミルフィーユは首を振る。
「いえ。確かに精霊召喚士としてのあなたを呼んだのですが、やってもらうのは偵察ではなくアイリス様の護衛です」
「えっ、護衛? ガレット・デロワやクラフティじゃなく、私が?」
この返答は想像していなかったからなのか、自分を指さしながら少し間抜けな顔をするオランシェット。
まぁ今現在の仕事内容からすると、警備部を任されているその二人じゃなく自分がなぜ呼ばれたのかと不思議に思うのも解るわよね。
だから今までに経緯を話したところ、やっと納得してくれたみたい。
「なるほど。戦いに行くんじゃなくて止めに行くから私なのかぁ」
「ガレット・デロワの場合、もし戦闘になったら撤退のための足止めではなく殲滅になってしまうでしょう。しかしそれはアイリス様の望むことではありませんから」
穏便に済ますための人選と聞いて、それなら任せてよと笑うオランシェット。
と、そこで今まで横で静かにしていたエクレアがこんなことを言いだしたのよ。
「ミルフィーユ、私も行っていい?」
「なぜです? あなたが行ってもやることはないでしょう」
「だって、オランシェットが出かけちゃうなら、私がやることなくなっちゃうもん」
ああ、そうか。エクレアが操るゴーレムが木を倒し、残った根っこや掘り返された土をならす作業をオランシェットが呼んだ精霊が担う。
その流れで仕事をしているのだから、オランシェットがいなくなったら暇になるのは当たり前だよね。
だけど、エクレアを連れて行くのはなぁ。
「なるほど。しかし、あなたが付いて行くのは認められません」
「えー、なんで?」
「あなたが行くと、その場の雰囲気を無茶苦茶にするからです」
エクレアって見た目を幼く作ったせいか、性格も子供っぽいんだよね。
だからまじめな話をしているとつまらないのか、場をかき回そうとする傾向があるの。
今回はエルフとの折衝が私の役目でしょ。そんな所にエクレアを連れて行ったら、邪魔されるのは火を見るより明らか。
それが解っているのだから、ミルフィーユが許可を出すはずがないよね。
「そんなの、おーぼーだぁ! ふーふー!」
不満たらたらでもんくを言うエクレア。それに対してミルフィーユは慣れた感じで代替え案を出した。
「代わりと言っては何ですが、今日の作業は終わりにして図書館に行くことを許可します」
「えっ、いいの?」
「一人では、森の整地作業をできないでしょうから」
「やったぁ!」
本を読むのが好きなのかな? さっきまであんなに不満たらたらだったのに、一転して太陽のような笑顔になるエクレア。
「アイリス様。ミルフィーユがいいって言ったから、図書館に行ってもいい?」
「ええ、いいわよ」
「ありがとう! それじゃあ、行ってくるね」
そう言うと城の入口を開け、私たちに大きく手を振ってからエクレアは走っていってしまった。
何とも微笑ましい光景だなぁ。そんなことを考えていると、見送ったミルフィーユが私の方に向き直る。
「それでは邪魔者も去ったことですし、出発なされてはいかがですか?」
「邪魔ものって」
苦笑しながらも、今どうなっているのか心配だからここは急いだ方がいいのは確かだ。
「ええ、そうね。それじゃあオランシェット、行くわよ」
「はい」
なぜか敬礼をするオランシェットの姿に再度苦笑しながら、私たちは転移ポートを起動して花畑の家へと転移した。
するとそこには一人の警備兵が。どうやら城に連絡した後、誰かが対処するために来ると思って待っていてくれたみたい。
でもまさか私が来るとは思っていなかったみたいで、少し、いやかなり驚いているわね。
「アイリス様が自らお出でになられるとは」
「あはははっ。流石にクラフティを止めるとなるとね」
乾いた笑いを返しながら状況を聞いてみたところ、どうやらエルフたちの元へはクラフティが1人で向かったみたい。
曰く、他の者では魔法で飛んで逃げるエルフに追いつけなかったそうな。
「我々はフライングソードを持っておりませんから、高速で逃げるエルフたちを追うことができなかったのです」
なるほど。飛んで逃げるエルフを走って追いかけるのは、流石のクラフティでも無理だったか。
そう言うと、警備兵の子は首を横に振った。
「そうではありません。走って追うとハチが蜜を集めるための花畑を荒らすことになるのでフライングボードを使われたようです」
「私たち、本気で走ったらフライングボードより早いからねぇ」
オランシェットの言葉に、思わず絶句する私。
でもそうか。よくよく考えると私たちは思考加速して、通常では考えられないほどの速さで動けるもの。
全力を出せば、高々時速50キロ程度しか出ないフライングソードなんかより早く走れるのは当たり前か。
「ひとまず状況は解ったわ。場所もある程度解っているし、私とオランシェットで向かうからあなたたちはここの警備をお願いね」
「了解しました」
さすがに無いとは思うけど、エルフたちの襲撃がまたあるといけないもの。
念のため警備員たちをログハウスに残して、私たちはフライングソードを使ってクラフティを追うことにする。
「短気を起こしてたりしないわよね?」
こころに一抹の不安を抱えながら。




