67 パン屋さんは無理かぁ
「オーブンが必要なら、私たちが作るのは無理よ」
私の言いつけを守ってフルーツサンドをゆっくり、よく噛みながら食べているちびっ子たちを見ながらミラベルさんとおしゃべり。
そこでパンの作り方の話になったんだけど、生地作りまではともかく、最後の焼きの工程にオーブンが必要と聞いてさっきの言葉が出てきたんだ。
「ミラベルさんちにも、オーブンは無いの?」
「ないわよ。あれって作るのにも、維持するのにもかなりのお金がかかるもの」
欧米の家には必ずあるってイメージだったから、この世界の家にもあると思ったんだけどなぁ。
でも、よくよく考えたらクレープ系を主食にしている時点で想像できたことか。
「そっか、残念。デリアさんが元気になったら、ここでパン屋さんでもやってもらおうと思ったのに」
旦那さんが病気で亡くなって畑仕事ができなくなったから貧乏になったんでしょ。
それなら私がパン作りを教えて、そのお店を開いたらいいんじゃないかと軽く考えていたのよね。
資本がないって? そんなの、私が出せばいいじゃない。
私がオーナーでデリアさんとメイヴィスちゃんがお店をやれば、たとえ売れなくても問題ないし。
でも、オーブンが無いとなると流石になぁ。後付けで作ろうと思うと換気がちょっと心配だし。
「ならアイリスちゃんがやればいいじゃない。オーブン、持ってるんでしょ?」
「私は錬金術の仕事があるから、流石にお店を開くほどのパンを焼く時間はないよ」
嘘である。自動作成すれば、店頭に並べるパンなんていくらでも作れるんだよ。
でも自動作成だと、焼いている時のあのいい香りが出ないもん。意外とあれがいい客寄せになるんだから、それは致命的なのよね。
何より、ずっとパンを焼き続けるなんてそんな作業はあまりしたくないし。
「そうか、残念。パンって結構おいしかったから、アイリスちゃんがパン屋をやってくれたら買いに行こうと思ってたのになぁ」
「ああ、ミラベルさんちで食べるくらいなら焼けるよ。どうせうちで食べる分は焼かないとダメなんだし」
「それは助かるわ。リーファも気に入ったみたいだし、多分フローラも食べたがるだろうから」
ああ、そう言えばフローラちゃんの分のフルーツサンドも用意しないと。
後でリーファちゃんから話を聞いて、姉妹ゲンカになったりしたら大変だもの。
そんな話をしていると、フルーツサンドを食べ終わったリーファちゃんとメイヴィスちゃんが私たちのところへ。
「おみずほちい」
「ああ、そうか。いくらジャムやクリームが塗ってあるって言っても、パンをあれだけ食べればのども乾くってものよね」
水も牛乳も飲まずにパンを食べたのだから、きっと口の中の水分は全部持っていかれてしまっただろう。
ってことで私はかごバックに手を突っ込むと、そこに入っていたかのようにストレージからオレンジジュースを取り出した。
「あっ、じゅーちゅ! りー、それがいい!」
この世界では果実水って言うらしいけど、私が言っていたジュースと言う呼び方の方が簡単だからなのかリーファちゃんはそう呼ぶようにしたみたいね。
後、自分のことリーっていうのもかわいい。さっきはわたちとかあたちって言っていたけど、家ではそう言ってるのかなぁ?
そんなことを考えてニコニコしながら、カップにオレンジジュースを注いでリーファちゃんとメイヴィスちゃんに渡したのよ。
すると両手で大事そうに持ちながら、こくこくと飲むちびっ子二人。うん、そんな姿もかわいいわぁ。
「アイリスちゃん、またそんな高いものを。いつも悪いわねぇ」
そんな私に、ミラベルさんはカップを差し出しながらそう言ってきた。
はいはい、解ってますよ。てなわけでミラベルさんのカップにオレンジジュースを注ぎ、もう一つ用意したカップにも注いでデリアさんの元へ。
「この病気には果物の汁も薬になるから、これも飲んでくださいね」
「ありがとうございます」
そう言って一口飲み、驚いたように目を見開くデリアさん。
ああ、これを出すとみんな同じような反応をするなぁと思っていると、誰かが私の裾をクイクイって引っ張った。
そちらを見てみると、そこに居たのはメイヴィスちゃんとリーファちゃん。
「あいちゃ。もっと」
「あーちゃ、あたちもっ!」
カップを私に向けて持ち上げながら、お変わりの催促だ。
でもこの二人、ジャムパンとフルーツサンドを食べているのよねぇ。これ以上、甘い飲み物を与えてよいものだろうか?
解らない時は責任者に聞くのが一番よね。
「ミラベルさん。あげても大丈夫?」
私が聞くと、リーファちゃんとメイヴィスちゃんも一緒にミラベルさんの方をじっと見る。
その視線に耐えられなかったんだろうなぁ。
「う~ん。あまり飲みすぎるとお腹を壊すかもしれないから、あと一杯だけね」
「やったぁ!」
カップを両手で持って頭の上に掲げながら、うれしそうにぴょんぴょんと飛び跳ねるリーファちゃんとメイヴィスちゃん。
その二人のカップにオレンジジュースを継いでやり、それを飲み終わるのを待って今日はお開きということに。
「あっ、そうだ。ミラベルさん、あとでフルーツサンドを持って行くので、フローラちゃんにも食べさせてあげてくださいね。帰ってリーファちゃんが話しちゃったらケンカになるかもしれないから」
「そうね。助かるわ」
その時に自分の分と旦那さんであるタリスさんの分もお願いねと頼んでくる、ちゃっかりとしたミラベルさん。
まぁ果物も生クリームもストレージにはたっぷり残ってるし、さっき自動作成した全粒粉のパンもまだ残ってるから別にいいんだけどね。




