65 焼きたてのパンって、とってもいい香りがするよね
「ただいまぁ」
「あっ、あいちゃん、かえってきた!」
「きたぁ!」
メイヴィスちゃんの家につくと、リーファちゃんとメイヴィスちゃんが玄関でお出迎え。
よちよち歩く二人に速さを合わせながら一緒にヒルダさんが寝ている部屋へ行くと、ミラベルさんがまだ残っていてちょっとびっくりしたんだ。
色々やってたから、結構な時間がかかったんだけどなぁ。
「ミラベルさん、まだいたんだね」
「それはそうよ。アイリスさんが何やらおいしいものを持って来てくれるって言っていたんだから」
そう言うミラベルさんの視線は、私も持っているバスケット型かごバッグをずっとロックオンしてるんだよね。
そう言えば知り合ってから色々なものを食べさせたからなぁ。私が持って来るものは間違いなくおいしいとインプットされてるのかも?
「それで、さっき言っていたパンていうのはそのかごに入ってるの?」
「うん。今出すよ」
私はそう言うと、かかっていた布をめくったんだ。すると部屋中に焼き立てのパンのいい香りが広がったの。
これにはミラベルさんだけじゃなく、リーファちゃんやメイヴィスちゃんもびっくり。
「すっごく、いいにおい」
「おいしそっ!」
まだ出してもいないのに、みんなのパンへの期待値が大きく上がってしまった。
う~ん、これで食べてみたらそうでもないなんてことになったらがっかりされちゃうかも?
そんなことを考えてもみたけど、今更やっぱり出すのはやめるなんて言えないよね。
ということで、かごの中から20センチほどの丸い全粒粉パンを一個取り出したの。
「これがパン? なんか堅そうな見た目だけど、とてもいい香りがするわね」
「周りは焼けているから少し硬いけど、中はふわふわなんだよ」
私はそう言うと近くのテーブルに移動してまな板を置き、その上にパンと普通の包丁を置いた。流石にパン切り包丁なんて持ってないからね。
そして1センチくらいの幅に切り分けると、端は硬い部分が多いから避けて次の切れ端をミラベルさんに渡したんだ。
「さっきも言った通り端は少し硬いけど、食べられないほどじゃないよ。でも、メインはやっぱり真ん中の柔らかい所かな」
「そうなの? じゃあ、頂くわね」
ミラベルさんはそう言うと、手に持ったパンをパクリ。
「おかあさん、おいちい?」
「ぱん、おいちい?」
リーファちゃんとメイヴィスちゃんに見つめられながら、しっかりと噛んで味わうミラベルさん。
しばらくして飲み込むと、手元のパンをまじまじと見て、これ、おいしいわねって。
「なんか不思議な食感。周りは確かに少し硬いけどよく焼けているから香ばしくって、真ん中の柔らかい所は少しもっちりとしてる。アイリスさん。これって、小麦でできてるのよね?」
「うん、そうだよ」
「それなのにいつも水に溶いて焼いてるのとは、味も食感もまるで違ってるのよ。いや、もちっとしているのは同じなのよ。でもそれだけじゃなくてふわっとしているっていうか」
ミラベルさんは初めて食べるパンの味がうまく表現できなくってちょっと困った顔してるのよ。
でもリーファちゃんたちはそんなこと、どうでもいいみたい。
「あいちゃん。わたちも! わたちもぱんたべう!」
「わたちも!」
二人して私の服の裾を引っ張ると、パンを頂戴の大合唱。でも小さな子が食べるには耳の部分がちょっと硬いだろうから、真ん中をくりぬいて二人にはそこを渡したんだ。
すると途端にかぶりつくリーファちゃんとメイヴィスちゃん。
「おいちい!」
「ふぁあふわぁ!」
よかった。二人とも口にあったみたいね。
クレープなんかと違って少しパサパサしてるから、もしかしたらおいしくないって言われちゃうかと思って少し心配してたんだよね。
でもそれは杞憂だったみたい。二人とも、とっても嬉しそうにパンを食べてるんだもん。
私はそんな二人を見ながら、残ったパンの耳をかじったんだ。実を言うと私、この硬い所が好きなのよね。
だからパンを買って来ても、最初に切った端のところはトースターでよく焼いて、カリッカリにして食べてたんだ。
そんなことを思いだしながらパンの耳をかじっていると、ミラベルさんがこんなことを言いだしたのよ。
「でもこれ、この硬い所があるから小麦粉焼きのようにお肉やお野菜を撒いて食べることができないわね」
そうなんだよなぁ。小麦粉は水に溶いたものを焼いて食べるって聞いて、きっとそんな食べ方をしているんじゃないかと私も思ってたのよ。
でもそういう意見がきっと出てくると思ったから、あらかじめその対策も用意したんだ。
ってことで、私はかごバックから秘密兵器を取り出すことにする。とは言っても、それほど変わったものは無いんだけどね。
「パンの場合は巻くんじゃなくて挟むんですよ」
私はそう言うとかごバックの中から薄切りのハムや葉物野菜、それにいろんな調味料が入った小さな真鍮製の蓋付きビンをいくつか取り出してテーブルの上に置いた。
そしてその中のひとつ、マヨネーズが入ったビンの蓋を開けるとそれをパンに塗り、ハムと葉野菜を挟んでミラベルさんに渡したんだ。
「食べてみてください。おいしいですよ」
「なるほど。こうすれば確かにお肉やお野菜も一緒に食べられるわね」
そう言って一口食べたミラベルさんなんだけど、なぜか驚いたような表情でパンを見つけてるのよ。
だからどうしたの? と聞いてみたところ、こんな答えが。
「なによ、このソース。初めて食べるけど、こんなおいしいソースは初めてよ」
その一言で、私は失敗に気が付いた。
そうだ、マヨネーズってラノベでは定番のチート調味料じゃない。それを何の前振りも無くお披露目しちゃったよ……。
あまりの大失敗に一瞬頭を抱えたくなったのだけど、
「まぁ、いいか。考えてみたらそれほどすごいものでもないし」
元々異世界でも簡単に作れるのにすごくおいしいからラノベで重宝されてるだけだもん。
それに今出したパンに使ってるドライイースト自体が、ラノベ名物天然酵母よりもはるかにチート食材なんだから今更よね。
ってことで頭を切り替えることに。
「それはマヨネーズって言って、卵とお酢、それに油やいくつかの調味料で作ったソースだよ。作るのにはコツと道具が必要だけど、材料自体はありふれたものなのよね」
「へぇ、そうなの」
私の返答に、ミラベルさんは感心しながらもう一口パクリ。
「ん~、この酸味がたまらないわ」
笑顔でそんなこと言うものだから、リーファちゃんとメイヴィスちゃんが私も私もの大合唱だ。
でもね、二人にはまた違ったものを用意しているのよね。
「リーファちゃんたちにはあれとは別に、甘いものを用意してるんだよ」
「あまいの?」
「うん。ちょっと待っててね」
私はさっきと同じようにパンの耳を取り除くと、別のガラス瓶のふたを開ける。
そしてそこに入っている、まだ少し形が残っている赤いドロッとしたソースをパンにたっぷり塗ってリーファちゃんとメイヴィスちゃんに渡したんだ。
「はい。イチゴって言う果物のジャムだよ。とっても美味しいんだから」
「あいあと!」
二人は私にお礼を言いながらイチゴジャムたっぷりのパンを受け取ると、大きなお口を開けてパクリ。
すると目を思いっきり大きく開いてびっくりした後、そのまま一気に全部食べちゃったんだ。
「なくなっちゃった……」
「あーちゃ、もうない?」
ふたりともとっても悲しそうなお顔でもっと欲しいっていうものだから、私がそれに逆らえるはずもない。
「もう一枚あげるけど、今度はゆっくり食べるんだよ。のどに詰まっちゃったら大変だからね」
「あい!」
私がもう一度イチゴジャムを縫ったパンをあげると、二人は凄くうれしそうに食べているんだ。
でも、さっきのなにも縫ってないものも含めると、これで3枚目なのよね。
「さすがに、これでお腹いっぱいだろうなぁ。もう一つ、隠し玉があるんだけど」
私はテーブルの上のまだ明けていないビンとかごバックに目を向けると独り言ちる。
まぁ、あれはデリアさんに食べてもらえばいいかな。ビタミンが足りていないようだからちょうどいいしね。




