59 異世界に来てまで馬車馬のように働かさせるのはいや
私は知らなかったんだけど、NPCたちが呼びだせる配下の数は主の家の大きさで決まるらしい。
うちの場合で言うとLサイズの上に課金で大きな城を手に入れたものだから、設定上の最大数であるNPC1人当たり100人まで呼びだすことができるそうな。
因みにだけど、誰の配下なのかが解りやすいようにNPCごとに呼び出す配下の髪の色の傾向を変えているとのこと。
ミルフィーユなら薄めの茶髪系でガレット・デロワなら金髪系って感じに、誰がどこの所属なのかが一目で解るようにしてあるんだってさ。
おお、それならデロワの配下が各地に広がることで、私の髪色も目立たなくなるかも? そんなことを考えていたところで、私はあることに気が付いた。
「ん、待って。ってことは、何? ここでは600人も呼び出せるってこと?」
「いいえ。新たにシャルロットが加わりましたから、現在は700人が上限となっております」
実際のところはそれほどの人数が必要ないからと、城の中に100名前後、外では200人前後が働いているそうな。
「そんなに!? 外に出てる子たちの食事はどうしてるのよ?」
「はい。基本は現地調達ですが、帰ってこられる地域を担当しているものは朝夕の食事をこの城でとっております」
それを聞いてちょっとびっくりしたんだけど、よくよく聞いてみると納得。NPCたちが呼びだす配下って、ゲームキャラクターの仕様そっくりの性能なのよ。
すなわち、移動中はずっと走っていても疲れるどころか息切れひとつしないそうな。その上、早さはマラソンランナー並。
なんと50キロくらいなら3時間を切るほどのペースで踏破できるらしい。
「さすがに遠方に派遣している者たちは現地に拠点を構えておりますが、1時間前後で帰還できる者たちは皆この城で生活しております」
「大体半径12~3キロ位か。そう考えるととんでもない距離を移動できるのね」
私が住んでいた名古屋で考えると、小牧や一宮まで走って日帰りしてるのか。確かどちらも車で片道40分くらいかかっていたと思うんだけど。
「ただ、彼らもわたくしやアイリス様のようにフライングソードが使えれば、もっと広範囲まで網羅できるのですが……」
そう言って頬に手を当てながら残念そうな顔をするミルフィーユ。
イヤイヤ、700人も呼び出せる配下がそこまでの能力を持っていたら流石にチートが過ぎるから。
それに私のフライングソード、ステータス画面で変更できるタイプの中には6人乗り(自分も含む)のものまであるもの。
ミルフィーユたちが使えるフライングソードの仕様は私と同じだから、それだけで考えてもこの世界基準で言ったらとんでもない輸送力なのよね。
閑話休題
「また、いろいろなところに拠点を構えてそこに転移ポートを設置。路銀や装備、人員などに不都合が出た時はすぐに城から送れるようになっております」
「至れり尽くせりね」
「ただ、頂いた転移ポートは使い切ってしまったので、補充をお願いしたいのですが」
「ああそれなら、自販機の使用許可も与えるから自由に使って」
わざわざ買い与えるより、自由にしてもらった方が助かる。なにせ私の貯金箱の中身、この城の子たちが狩った魔物の素材を自販機で売ってるから少しずつ増えているのよね。
売ってもらってるのに買うのはダメと言うのはやはり変だし、何よりミルフィーユなら無駄遣いはしないと信じられるもの。せっかくの機会だから、購入権限も解禁してしまおう。
「よろしいのですか?」
「うん、よろしいですよ」
そう言って笑う。
「それと、必要なら家とかも買っていいよ。向かった先にちょうどいい物件があるとは限らないし」
「恐れ入ります」
ミルフィーユが言うには、この許可を与えたことでうちの子たちの行動範囲がかなり広がるそうな。
そしてその家に設置した転移ポートを使って城に帰ってきた子たちが報告してくれるようになるから、必要とする情報をほぼリアルタイムで集めることができるようになるらしい。
どこの巨大スパイ組織よと思わず突っこみたくなる規模の話に、私は天を仰ぐ。
「ミルフィーユ。もしかして世界征服とか狙ってる?」
「アイリス様がお望みなら」
「やだ、めんどい」
世界の支配者なんて、ブラック企業並みに働かないといけなさそうじゃない。
支配欲とか権力欲とかがあるならともかく、私としてはできたらのほほ~んと生活していくのが一番と思っているのだからまさしくごめんこうむりたい。
それに関してはミルフィーユも心得たもので、
「はい、言ってみただけです」
そう笑顔で返されてしまった。
「ですが、もし気が変わられた時はすぐにおっしゃってください。現在把握している国でしたら、どこでも数日で陥落させてご覧に入れますから」
「ご覧に入れなくてよし」
某アニメに出てくる顔が怖い中将が言っている通り戦争は数だけど、それも能力があまりに違えば話は変わる。
30レベルの精霊召喚士でもサラマンダーくらいなら召喚できるんだから、100人ぐらいで一斉召喚して襲わせれば1万人規模の軍であっても多分あっという間に壊滅すると思う。
だってサラマンダーのような中位以上の精霊には普通の武器はほとんど効果が無いもの。
おまけにトカゲのような見た目の通りかなりの速さで移動するから、周りに高熱を振りまきながら走り回られたらその熱風によって呼吸するだけで肺がやられてしまう。
呼吸ができなくて死ぬほどの重傷ではないにしろ、そうなったら戦闘続行はまず不可能と言っていいんじゃないかな?
そんなのを相手にしたら、沼地や湿地のようなところでもなければ数の優位などあって無きのようなものだろう。
まぁ、その場合は水の中位精霊であるウィンディーネを呼ぶから結果は同じだろうけど。
「これ以上、この話はいいわ。他になんか報告はある?」
「そうですね、あとは樹液を採取している家の近くにドラゴンが現れたくらいでしょうか」
「ドラゴン!?」
私は驚きのあまり、思わず大きな声が出てしまった。
だって、ドラゴンよ。ゲームでもおなじみの最強生物。
まぁ、ウィンザリアではトカゲを大きくしたような飛べない弱めのドラゴンもいたけど、樹液の採取場所と言ったら山の中腹だもの。
飛べるドラゴンだろうから、ゲーム時代でも30レベルそこそこのパーティーではきつい相手だ。
「大丈夫なの?」
「はい。空からこちらをうかがっていただけで近寄ってくる様子はなかったそうですし、同行したガレット・デロワが家から外に出るとあわてて飛び去ったようです」
「ああ、デロワも一緒に居たのね」
ウィンザリアにはいろいろなドラゴンがいたけど、その中でも一番強かったのは110レベルくらいの時に実装されたシナリオのラスボスなのよね。
その名も竜王カイザードラゴン。すべてのドラゴンを統べる王なんだから当然ドラゴンの中で最強。運営もそれ以上のドラゴンはもう出せないと言っていたくらいだ。
そりゃあ、この世界にはそれ以上のドラゴンがいるかもしれないわよ。
でもデロワを見て逃げ出したというのなら、それほど強いドラゴンではなかったということだろう。
と、そこまで考えたところで私はあることを思い出した。
「ねぇ、そのドラゴンってもしかして、ブルードラゴン?」
「違いますが、どうしてそのように思われたのですか?」
「いや、ガイゼルの近くにある山脈の中腹にブルードラゴンがいると聞いたことがあったから」
クラリッサさんが言っていたんだけど、よくよく考えたらこの城ってガイゼルから40キロくらい離れているのよねぇ。
移動手段が馬か馬車しかない世界で、そんなに離れている場所を近くと表現する人は多分いないと思う。
とすると、あの話に出て来たブルードラゴンが住む山脈と言うのはまた別の場所にあるのだろうなぁ。




