56 せっかくの機会だからブレイヴシープの肉も小分けにするかな
夕方になったので、シャルロットと二人でフローラちゃんのおうちへ。
「よく、そんなものがあったわね」
私の視線の先には、畳まれて取っ手付きのバンドが付けられたバーベキューコンロが。
「ミルフィーユに連絡したところ、前にアイリス様が湖のほとりで休まれたときに使用したものがあると教えてもらったので先ほど取りに行ってまいりました」
「湖のほとりで? そんなことあったっけ?」
バーベキューなんてした覚えは無いんだけどなぁと言うと、シャルロットもミルフィーユから聞いた話なので何ともと。
「何やらアイリス様が椅子を持ち出して焚き火を始めたので、今日はそこでお過ごしになるのだろうと判断した料理人が城の鍛冶師に作らせたそうですよ」
「ああ、あの時の話か」
スローライフをもとめてソロキャンプをしようと湖を見ながら焚火をしていたら、ミルフィーユたちの手によっていつの間にかお嬢様の優雅な避暑地遊びにされてしまったことがある。
「そう言えば私の後ろで、料理人がバーベキューコンロを使ってたっけ。あの時のやつね」
わざわざ作ったものだとは知らなかった。私のわがままで地味に迷惑をかけたんだなぁとちょっと反省。
でもこうして使う機会があったのだから、作った鍛冶師も苦労が無駄にならなくて喜んでいるのではないかしらん。
「でも、そんなものをわざわざ手に持って運ぶなんて重くない?」
「どうなのでしょう? 私のステータスではあまり感じませんが」
言われてみれば、私だって狩った大きなクマや羊を軽々と持ち上げられるもの。
そんな私より20レベル以上高いシャルロットなら、バーベキューコンロを持ち運ぶことくらい簡単なのだろう。
「それに私もアイリス様同様ストレージを持っていることは秘密にしておいた方がよりと思いますので」
「そう言えばそっか」
アイテムボックスということになっているストレージ、ミラベルさんによればあまり口外しない方がいいらしいからなぁ。
それを私だけでなくお付きのメイドまで持っていると知ったら、ミラベルさんが卒倒してしまいそうよね。
そんな会話をしながら歩いていると、ご近所であるフローラちゃんのおうちに到着。
「アイちゃんだ! お母さぁ~ん、アイちゃん来たよぉ」
「きたよぉ」
するとお庭で待っていたフローラちゃんとリーファちゃんが私を見つけて、ミラベルさんを大声で呼ぶ。
「あら、いらっしゃい」
その声を聞いて出て来たミラベルさんとフローラちゃんたちと一緒に、私たちは家の裏にある納屋へ移動。
すると大きめのプレハブくらいの納屋はドアのあたりがかたずけられていて、そこに何かの皮で作ったシートが敷かれていた。
ということは、ここにクマ肉を出せばいいのかな?
「ミラベルさん、クマ肉出しちゃっていい?」
「ええ、お願いね」
了承を得たということで、のぞき込もうとするフローラちゃんたちを危ないからと下がらせた後でクマの肩と背中のお肉をドーン!
「わぁ、すっごくおっきなお肉!」
「おっきぃねぇ」
フローラちゃんたちはそれを見てびっくりしてるけど、これで終わりじゃないんだよなぁ。
「ミラベルさん、もう一個出していい?」
「いいけど、他の部位も出してくれるの?」
「ちがうよ。私のストレージの中に大きなお肉が入ってるから、それも出して小分けしちゃおうと思って」
そう言ってドーンと出したのはブレイヴシープの脇腹のところ。ラム肉でよく見る骨付きの部位ね。
ただ、ブレイヴシープがやたらデカいから、何かつながったままのマンガ肉みたいになってるけど。
「これ、大きすぎてうちじゃばらせなかったの」
「そりゃあ……この大きさじゃ、普通の家では出せないわよね」
なにせ横に並んでいるハニーベアの背中の肉より大きいんだもん。ミラベルさんの言う通り、こんなものを出してばらせるのは肉屋か冒険者ギルドのの解体場くらいだろう。
そんなことを思いながら、私はストレージから大型のブッチャーナイフを取り出す。
その刃渡り30センチを超えるブッチャーナイフをブレイヴシープの骨に沿って当てながら切っていくと、前にテレビで見た有名ハワイアンステーキハウスの名物であるトマホークステーキのような肉塊が。
「これ一つでも、普通の人には食べきれないだろうなぁ」
「それ以前に、こんな大きな肉を持った生き物がいることにびっくりよ」
私が独り言を言っていると、ミラベルさんからそう突っ込まれてしまった。
言われてみれば確かに、ミニバンくらいの生き物なんて前世ではゾウかカバくらいしか見たことないもん。
この辺りには多分いないだろうから、ミラベルさんが見たことが無いのも無理はない。
「これって、アイリスちゃんが住んでいたところで飼育している動物なの?」
「飼育してるんじゃなくて、近くに生息している魔物だよ。おっきな羊の魔物で、お肉はおいしいし取れる毛や皮は服の材料になるんだ。ほら、この服だってこの魔物の毛から作った糸で編まれた布でできてるんだよ」
私が自分の服を軽く引っ張ってそう教えると、ミラベルさんはちょっといいかな? って裾のところを軽くなでる。
「へぇ、ほんとにいい生地ね。とても柔らかいし、温かそう」
「うん。特産品になるレベルでいい生地だよ」
なにせ防刃や耐寒機能まであるからなぁ、この布。もしこれから寒くなるようなら、フローラちゃんたちの服も作ってあげようかな。
そんなことを考えながら、せっせとブレイヴシープの肉を解体していく。
するとその横で、ミラベルさんも大型のナイフを持ち出してハニーベアの肉を小分けにしだした。
「これ、村の人たちに分けてもいいって話だったわよね?」
「うん。肉は見ての通りスト……アイテムボックスにかなり入ってるから、いっぱいあっても仕方ないもん。何なら、この羊肉もご近所に分けていいよ」
「ほんと? みんな喜ぶと思うわ」
ストレージの機能で解体されたお肉は血抜きがしっかりされているから、まるで肉屋で買って来た塊肉のように切っても血がほとんど出てこない。
おかげで大して汚れることなく、私とミラベルさんは肉の解体を終わらせることができた。
「さて、それじゃあ今夜のバーベキューに使うお肉だけど、フローラちゃんとリーファちゃんはどのお肉が食べたい?」
「わたし、その骨がついてるの食べてみたい」
「あたちも! あたちもそっちがいい!」
どうやらフローラちゃんたちは、今まで見たこともない大きな骨付き肉が気に入ったみたい。
でも独断で決めていいものでもないので、とりあえず聞いてみることに。
「ミラベルさん。これも一個焼いていいですよね?」
「いいけど、それを食べた後でハニーベアのお肉を食べられるかしら?」
それを聞いて、手元にある大きな骨付き肉を見る。
これ一つでどう見ても3キロは以上はあるからなぁ。ミラベルさんちの4人と私とシャルロット、野菜も食べることを考えるとたった6人では消費しきれない可能性が高い。
「……ミラベルさん、ご近所の人たちも呼びます?」
「そうね。ハニーベアの肉も配らないとだし」
そんな訳で、思った以上に大きなバーベキューパーティーになってしまうようです。




