50 森は危ないから入ったらダメらしい
「ちょっと、森に行ってこようと思う」
ご近所さんに動物さんシリーズの説明をした次の日、私はシャルロットにそう宣言したのよ。
「森、ですか?」
「うん。ここに来るまで、クラリッサさんの馬車に乗っけてもらったから近くの森の中をまだ見てないのよ。だから何が採れるかとか、湧水の位置とかを確認しに行こうかと思って」
クラリッサさんから、10日に一度くらいは顔を出してと言われてるでしょ。
その時にポーションをいくつか持って行かないといけないもの。
せっかくだからぺスパの近くで採れる素材を使って作ってみようと思ったのよね。
「それでは私もお供……」
「いや、今回は私一人で行ってくるわ。地下の一室に適当に家具を出しておくから、シャルロットは自分の部屋を整えておいて」
目的地が決まってないから適当にフラフラするつもりだし、この辺りに出る魔物は城の周りよりもかなり弱いから襲われるどころか私を見たらまず間違いなく逃げ出すもの。
それならひとりで気楽に歩き回る方がいいだろう。
ってことで家のことはシャルロットに任せて、私は一人で外へ。
そのまま森へ向かおうとしたんだけど、そこで声を掛けられた。
「あっ、アイちゃんだ。どっか行くの?」
声の主はフローラちゃん。今日は珍しく一人で歩いていたみたい。
「うん。森へ行こうと思って」
「え~、森はあぶないから入っちゃダメって、お母さんがいつも言ってるよ」
この辺りは森に近いから、フローラちゃんたちはいつもミラベルさんから森に近づいてはいけないと言われているそうな。
「そうなんだ。でも私は森に入ってお仕事をするから、行かない訳にはいかないのよ」
「あぶないとこでおしごとするの?」
お仕事と聞いてびっくりするフローラちゃん。
「じゃあさ、こわいまものとかが出てきたらどうするの?」
「やっつけるよ。私、強いもん」
たいして出ない力こぶを作ってそう言うと、フローラちゃんはちょっと怪しいってお顔に。
「お父さんも、森のまものはあぶないって言ってるよ。アイちゃんはちっちゃいんだから、まものが出てきたらきっと食べられちゃう」
「そんなことは無いんだけどなぁ」
実際、この近くの魔物なんかよりもはるかに強いブレイブシープの突進を止めたこともあるし。
でも、流石にそれを言ってもフローラちゃんには通用しないだろう。
う~ん、困った。森に行くのはやめると嘘をついて別れても、この様子だと黙ってついて来そうだし。
何よりこれから何度も森に入ることになるのだから、今日だけごまかしたところで意味はない気がするのよねぇ。
「そうだ! ねぇ、フローラちゃん。ミラベルさんって今お家にいる?」
「お母さん? いるよぉ。リーファといっしょにお料理するって言ってたもん」
それならば話は早い。
「それじゃあ、ミラベルさんに聞いてみよう。私が森に行ってもいいですかって」
フローラちゃんも、ミラベルさんがいいと言えばさすがに納得するだろう。
ってことで、二人でフローラちゃんのお家へ。
「ただいまぁ! お母さん、アイちゃんが来たよぉ」
「お邪魔します」
この世界で民家にはいるのはこれが初めてだから、私は家の中を見渡しながら奥に向かって声を掛けたのよ。
そしたら奥の方から大小二つの足音が聞こえて来た。
「あら、アイリスさん。いらっしゃい。今日はどうしたの」
「どしたのぉ」
ミラベルさんの真似をしながら頭をこてんと倒すリーファちゃんかわいい。
そんなことを考えながら、私はなぜこの家を訪れることになったのかを説明……する前にフローラちゃんが答えてくれた。
「あのね、あぶないからダメって言うのにアイちゃんが森に行くって言うんだよ。お母さん、ダメだよね」
「アイリスさん一人で? う~ん、それは確かに危ないわね」
いけない、リーファちゃんの可愛さに気を取られたせいで森に行ってはいけないという流れになりそうだ。
焦った私は、何とか流れを取り戻そうとふたりの会話に割り込んでいく。
「森へは仕事に必要だから入るつもりなんですよ」
「仕事? 確かポーションを作っていると言っていたわよね? 薬草でも採りに行くの?」
「他にも、この辺りに何が自生しているのかも調べようかと思って」
下位ポーションの材料もそうだけど、その地域地域で自生している植物は違うからね。
私の場合、有用な植物が生えている所はぼおっと光って見えるから見つけるのは簡単。
そしてそれがどんなものに使えるのかも、ゲーム時代からのコマンドであるしらべるを使えばすぐに解るもの。
だから近くをうろうろして見て回るつもりなのよね。
でも、ミラベルさんは私が一人で森に入るのには反対の模様。
「ガイゼルの森と違って、こっちの森にはあまり薬草は生えてないわよ? 冒険者ギルドに依頼した方がいいんじゃないかしら?」
「それがダメなんですよ」
私はポーションを作る時にはなるべく採取したばかりの薬草を使った方がいいこと。
それにこの街に来るまでに見かけることがあったから、少ないけど薬草が全く生えていない訳ではないことをミラベルさんに説明した。
「それに魔素って、地形によっては溜まりやすい場所があったりするんですよ。それを調べて覚えておくと、今生えていなくてもしばらくしたら薬草が生えているなんてこともあるんです」
「なるほど。それは確かに、行ってみないと解らないわね」
私の説明を聞いて、ミラベルさんは森に行かなくてはいけない理由には納得してくれたみたい。
でも、私が森に入るのはやっぱり反対みたいなんだよね。
「理由は解ったわ。でも、森が危ないのは確かなの。アイリスさんは体も小さいし、腕も細いから力もあまりないんでしょ。もし魔物に出会いでもしたら」
「それに関しては大丈夫です。私、強いですから」
そう言ってさっきフローラちゃんに見せたように、たいして出ない力こぶを作って見せる。
でも、それを見て安心なんてする人なんているはずがない。
「いや、私より小さな力こぶで強いと言われても」
「そうだよねぇ」
「そおだよお」
ミラベルさんに言葉に頷くフローラちゃんたち。
どうするかなぁ。魔法が使えるから大丈夫って説明する?
でも魔法ってこの世界だと多分詠唱が必要だろうから、急に襲われた時には役に立たないって言われそうだし。
「実際に見てもらえれば早いんだけど……あっ、そうだ。あれを見せてみよう」
私が思い出したのは、前に蹴飛ばして倒した銀狼の頭。
皮と肉は売っちゃったけど頭は陥没しちゃったから捨てられるって聞いたから、頭の骨だけ記念にもらったのよね。
だってこの世界の第一村人? との出会いの記念品だったし。
因みにフードのお爺ちゃんたちは呼び出した側だからノーカウントね。
そんな訳でストレージに入っていた銀狼の頭の骨をテーブルの上にどーん!
いきなり現れた大きな頭の骨にミラベルさんが圧倒されているうちに、勢いで丸め込んでしまおう。
「ほら、ここ。この陥没してるとこをみて。私の靴と……」
そう言って靴を脱ぐと、その跡に当ててみる。
「ねっ、ぴったり合うでしょ。こいつは私がが蹴飛ばして倒したのよ」
見るからに普通の狼ではない大きさの頭の骨だもの。魔物をあまり見たことがない人だって、これが普通の相手ではないと解るはず。
これさえ見せてしまえば私が強いって解ってもらえるわよね。
そう思った私は、ふふ~んって顔でミラベルさんの反応を待っていたんだけど、帰って来たのは予想もしなかった言葉だった。
「あっ、アイリスちゃん。あなた、アイテムボックスが使えたの!?」
「あっ!」
……どうやら私、またやってしまったようです。




