39 取り返しのつかない勘違い
突然現れた館と言えるほど大きな家。
それが一瞬で建った理由が解った住人たちは安心した顔で帰っていったのよ。
でもなぜか一組の夫婦とその子供かな? 小さな女の子が二人、残っていたんだ。
「えっと……」
「ああ、別にまだ何かあるという訳じゃないんだ。でも、せっかくだから新しいお隣さんに挨拶をしておこうと思ってね」
その人たちは、ここから30メートルほど離れた所にある家の住民なんだそうな。
「そうなんですか。私も後で菓子折りでも持って引っ越しの挨拶に行こうと思っていたんですよ」
お互い住民トラブルは避けたいし、どんな人が住んでいるのかは早目に知りたいと思っていたのよね。
ってことで、まずは自己紹介。
「私はアイリス・フェアリーガーデンって言います。さっきも説明した通り、ウォルトン商会に雇われた錬金術師よ」
「メイドのシャルロッテと申します。以後お見知りおきを」
私のあいさつの後にシャルロッテが自己紹介したんだけど……これは少しまずかったかもしれない。
だってまだシャルロッテのファミリーネーム、考えてないもの。
だから名前だけの自己紹介になってしまったものだから、内心そこに突っ込まれたらどうしようと少しドキドキ。
でもそんなことは起こらず、お隣さんは自己紹介を返してくれた。
「ああ、ご丁寧に。私はタリス。こっちは妻のミラベルです」
挨拶をしてくれたタリスさん夫婦は二人とも優し気な顔立ちで長身。
いや、この世界だとこれで平均的なのかな?
タリスさんが深緑の髪でミラベルさんが水色の髪をしているのを見ると、本当にこの世界の人たちは見た目がアニメキャラのようだなぁと思ってしまう。
外見もかなり整ってるしね。
それと農家だからなのか、二人ともちょっと色黒。
タリスさんなんかぱっと見細身なんだけど、よく見るとしっかりと筋肉の付いている細マッチョだから本当にアニメキャラのようなのよね。
「あと、この二人はうちのかわいい娘たちよ。上の子がフローラで下がリーファ」
ミラベルさんに紹介されるとフローラちゃんはぺこって頭を下げて、リーファちゃんは初めて会った相手だからなのかそのフローラちゃんの後ろに隠れてしまった。
恥ずかしがり屋さんなのかな?
因みにフローラちゃんは青に近い水色の髪で、瞳の色はエメラルドグリーン。
リーファちゃんは明るめの緑の髪で、瞳は紫ね。
二人とも肩くらいの長さで髪を切りそろえているんだけど、フローラちゃんが真ん中分けに対してリーファちゃんは眉毛の上あたりの前髪ぱっつんだ。
その髪型が二人によく似あっていて、とても可愛い。
「歳はおいくつなんですか?」
「フローラは5歳で、リーファは3歳よ。かわいいけど、手のかかる年ごろなのよね」
二人の娘の肩に手を置きながら、そう言って笑うミラベルさん。
そんなミラベルさんに、私は気になっていることを聞いてみることにした。
「ところで、お二人のファミリーネームはなんていうの?」
「ファミリーネーム?」
なぜか名前だけしか教えてもらえなかったから聞いてみたんだけど、なぜか二人とも意味が解らないといった表情。
「この国だと言い方が違うのかな? 私で言うとアイリスが名前でフェアリーガーデンがファミリーネームに当たるんですけど」
「ああ、家名のことか。そんなのないよ。俺たちは爵位なんて持たないただの平民だし、大地主だったり大商会の会頭だったりもしないからな」
「えっ、ファミリーネームは持ってないんですか?」
これにはちょっと驚いた。
だって私をこの世界に顕現させたお爺ちゃんたち、あそこにいた全員にファミリーネームがあったもの。
だからてっきりみんな持っているものだと思っていたのに。
「そっちのメイドさんも、そのファミリーネームとやらは無いんだろ。そんなに不思議なことか?」
「あっ、いや、この国に来て出会った人たちにはみんなファミリーネームがあったから」
私がそう言うと、タリスさんは不思議そうな顔をする。
「この国? ってことは、アイリスさんは他国の人なんだ」
「そう言えばあまり見ない髪色をしているわね」
クラリッサさんから言われたエルフのような髪色。
そのおかげで、外国から来たというのもすんなり納得してくれたみたい。
これに関してはほっとしたけど、それと同時に心の中で大きなため息をつく。
そんなこと知らなかったから、会う人会う人にアイリス・フェアリーガーデンですって名乗っちゃったじゃない。
クラリッサさんはいいわよ、取引相手だし。
でも商業ギルドの人や護衛をしていた冒険者さんたちにも自己紹介はしたから、名字があるって知られちゃったのよね。
それにさっき、ぺスパのご近所さんらしき人たちにまでフルネームで自己紹介しちゃったし。
「それが後々、厄介ごとの種にならないといいんだけどなぁ」
行動する時は、何事も確認を怠ってはいけない。
オランシェットが呼び出した精霊を使ってミルフィーユが情報収集をしているのを知ってたんだから、もうちょっとこの世界のことを調べてから旅立つべきだったなぁ。
何が思い立ったが吉日だ。
私は自分の馬鹿さ加減に、心の中でさめざめと涙を流したのだった。




