38 いきなり大きな家が出現すれば誰でも驚くよね
「さて、ここに来た用事もすべて終わったし、シャルロットに家の状態を見てもらいたいからそろそろぺスパに帰るわ」
ぺスパの家の使用人はシャルロットが家を見てから呼ぶという話だもの。
ならなるべく早い方がいいだろうからと、私はミルフィーユに帰ると告げた。
「解りました。砂糖の精製やビタービートの栽培、樹液シロップの収集など、承った仕事は結果が解り次第随時連絡いたしますわ」
「うん。お願いね」
城でやることはすべて丸投げした方が、あれこれと口を出すよりもきっとうまくやってくれるだろう。
そう思った私はすべてを任せ、ミルフィーユとメイドさんに別れを告げてからシャルロットと扉の外に出て転移ポートでぺスパの家に移動した。
「ここがぺスパでのお住まいなのですね」
「うん。ここは地下だから、とりあえず1階に上がろうか」
棚と転移ポート以外何もない部屋を見渡しているシャルロットの背中を押しながら、私は1階へと上がる階段へ。
それを登りきったところで、ある異変に気が付いたのよ。
「何か、外が騒がしくない?」
街中と違い、農業都市であるぺスパはそれほど人通りが多くない。
その上この家を建てたのは、中心部から外れた森の近くでしょ。
こんな辺鄙なところに、多くの人が来るなんてことは無いはずなんだけどなぁ。
そう思いながらシャルロットを連れて玄関へ。
「うわぁ、何これ? 何があったの?」
ドアを開けてみると、そこには10人くらいかな? そこそこの人数が、庭の外からこっちを見ていたのよね。
「あっ、人が出てきた」
「おい、あんた。ここの住人か? なんだ、この家は」
「昨日まで何もなかったはずなのに、どうしてこんな大きな家が建っているの?」
こちらが答える前に、多くの質問が一方的にまくしたてられる。
でも、そうか。そりゃそうよね。
そう思いながら振り返って我が家を見る。
「小さめとはいえMサイズの家だもの。こんなものがいきなり出現したら、だれでも何事かと思うわよね」
平屋ではあるものの、大きさ自体は日本の平均的な一軒家四個分以上。
それが一夜明けたらどころか、少し目を離したすきに出現したら普通は驚くと思う。
これはさすがに説明しないと済まないわよね。
そう思った私は、庭の向こうにいる人だかりの方に歩き出したんだけど。
「あれ? なんか視線が」
ご近所さん? たちに向かって歩いて行っているのに、なぜかすべての視線が私ではなくその頭上に注がれている。
と言うか、私を素通りしてその後ろに向かっているわよね。
そう思って振り向くと、そこにはメイド服を着たシャルロットの姿が。
「メイドさん、今いるのはお嬢さんだけか?」
「この家の主人は留守なのかい?」
案の定、ご近所さんたちは私のことをこの家の娘だと思っている模様。
でもよかったわ、シャルロットの背をこの世界の基準に合わせて置いて。
これがもし私たち基準で、なおかつ小柄で作ったりしていたら子供だけでなぜこんなところに? とか言われてたかもしれないわね。
「あの、この家の主人ならば皆さんの目の前にいますが?」
「もしかしてメイド服を着ているのは趣味で、あなたがこの家の女主人なのですか?」
シャルロットが遠回しに主人である私は皆さんの目の前にいますよと言ったのに、どうやら誰にも伝わらなかったみたい。
まぁ、そうだろうなぁ。クラリッサさん曰く、私の外見はこの国でいう所の8歳くらいらしいからね。
私がそんなことを考えていると、シャルロットが困ったような顔で私を見た。
見た目は大人でもさっき創造されたばかりだから、このような時にどんな対応をとればいいのか解らないんだろうなぁ。
さすがにそのまま放置するわけにもいかず、ここからは私が対応することに。
そのまま歩いて行き、庭の端まで来たところで少し膝を折りながら両手を軽く広げて挨拶をする。
「あ~、皆さん。この見た目では信じられないかもしれませんが、私がこの家の主人、アイリス・フェアリーガーデンです。以後お見知りおきを」
「えっ? 子供がこんな大きな家の主人?」
想像通りの反応を見せるご近所さんたち。
中には子供のいたずらか何かだと思っている人もいそうなので、きちんと説明をする。
「見た目からは信じられないかもしれませんが、年齢はこれでも14歳。私の国ではもう独り立ちできる歳なのです。因みに後ろにいるのは、私につけられたメイドでシャルロットと言います」
「シャルロットと申します」
この説明と頭を下げるシャルロットを見て、半信半疑な反応を示すご近所さんたち。
「14歳? どう見ても10歳以下にしか見えないが」
「そう言えばあの髪、あまり見ない色よね」
「他の国から来たというのは本当のことなのかも?」
どうやらこの国では珍しいプラチナブロンドの髪が決め手になったらしい。
まだ少し信用しきれていないところもありそうだけど、とりあえずは納得してくれたようね。
「あなたがここの主人だというのは解った。だけど、この家は何だ? どうやって建てたんだ?」
「今朝、ここを通った時にはこんな家、無かったわよ」
「ああ、それに関してはそういう特別な家としか説明できないんですよ」
私は先クラリッサさんに話した通り、ユニット化できる魔法の家だと説明。
でも実際に出てくるところを見たクラリッサさんとは違って、ご近所さんたちはあまり信用していないみたいなんだよね。
「う~ん、実際にやって見せれば早いんだろうけど」
この家を再度ユニット化することはできる。
でも、もう転移ポートを設置しちゃったからなぁ。
再度家を設置し直した時に、どんな不具合が起きるか解らないからそれはしたくない。
「ミルフィーユにSサイズの家を渡したのは失敗だったかな」
あれが手元にあれば、実際に建つところを見せてあげることができたもの。
でも今更悔やんだところで意味はない。
そこで少し考えた結果、この世界の権威にすがることにした。
「皆さん、ウォルトン商会って知ってます?」
「知ってるも何も、薬を扱う商会の最大手じゃないか」
クラリッサさんの家、思った以上に大きな商会みたいね。
でもこれは好都合、その権威を大いに利用させてもらうとしよう。
「私はその商会に雇われた錬金術師で、ここへはガイゼルに支店長として赴任するウォルトン家の娘さんと一緒に来たばかりなんですよ。そしてこの土地もウォルトン商会に手配してもらったものなのです」
「そう言えば今日、ウォルトン商会の紋章が入った豪華な馬車が通るところを見たわ」
どうやら私たちを乗せてガイゼルに向かっていた馬車を見た人がいたらしい。
そのことが、私の話の信憑性をいっきに高めてくれた。
「なるほど。この魔法の家はウォルトン商会の本店がある大都市から運んできたんだな」
「さすが、都会は魔法技術も進んでいるのね」
そしてウォルトン商会とのつながりから、勝手に想像を膨らませてくれるご近所さんたち。
おかげで私が14歳であることもこの家が魔法で建ったということもみんな、勝手に自己解決してくれたんだ。




