31 城の周りの魔物たちはとても強かったようです。
「なんてものを使っているのよ!」
「ほえっ?」
いきなり叫び出したクラリッサさんにびっくり。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたも、クレイジーブルの皮と言ったら最高級革鎧の素材じゃない! それを柔らかく加工してソファーに使うなんて」
聞いてみるとこの皮、厚い部分を硬くなめすと強力な魔物の牙でさえ貫けないほどの革鎧になるそうな。
それに普通の牛のなめし革より軽いから、斥候職の人たちにとってこれ以上ない素材と言われているらしい。
「そう言われても、うちの近くにはいっぱいいるからめずらしい素材じゃなかったし」
「クレイジーブルがいっぱいいるって、あなたの家があるのはどんな魔境なのよ!」
魔境? そう言われた私は、キャッスル・オブ・フェアリーガーデンが建っている場所のことを思い浮かべる。
「きれいな湖のほとりにある、森に囲まれた静かなところよ」
「何で森にクレイジーブルがいるのよ。水場のある平原に生息するはずの魔物でしょ!」
「ああ、クレイジーブルがいるのは湖から流れている川を少し下ったところにある草原ね。うちの近くにはキラーラビットのような小動物かジャイアントボアくらいしかいないわよ」
ブレイヴシープもいるのはちょっと離れたところだし、なんて言っているとクラリッサさんはあぜんとした表情に。
「キラーラビットにジャイアントボアって、やっぱり魔境じゃない!」
「ええっ!?」
クラリッサさんが言うには、ジャイアントボア、クレイジーブル、ブレイヴシープの三種は討伐難度Aの魔物に指定されているそうな。
その上私が小動物と思っていたキラーラビットでさえC難度の上位で、こないだ蹴り飛ばしたシルバーウルフより強いというのだから驚きよね。
「冒険者にもランクがあるけど、それは討伐難度の魔物を狩れるパーティーであるという証明みたいなものなの。要するに、あなたの家の周りにはAランク冒険者じゃないと狩れない魔物がうようよいるってことよ」
「そうなのか」
因みに冒険者のランクはFから始まり、最高ランクはSということになっているらしい。
なぜらしいとついているかというと、今のところSランク冒険者というものがこの国にはいないからなんだってさ。
「討伐難度S以上の魔物は正直、出会ったら死を覚悟するような化け物だからね。そもそも、難度Aの魔物でも見上げるほど大きいと聞いてるわよ。そんなのを狩れるだけですごいのだから、Sランクに挑戦しようなんてもの好きはいないってわけ」
「なるほど。死を覚悟してまでSに挑むより、難度Aを狩って稼ぐ方がいいってわけか」
今のところ確認されているSランクの魔物は龍峰山脈ってところにいるらしい。
名前からしてドラゴンがいそうなところねって言ったら、その通りよって答えが返ってきた。
「龍峰山脈はこの大陸を横断するほど大きな山脈なんだけど、そこにある山々はいろいろなドラゴンたちの縄張りなの。ガイゼルの近くにいるのはブルードラゴンと聞いているわ」
「ブルー? フロストドラゴンじゃなくって?」
「フロストっていったら属性竜じゃない。ブルードラゴンでさえ確認した人は命からがら逃げて来たって言うのに、そんなのに出くわしたらさすがに帰ってこれないわよ」
なるほど、だから確認されているSランクという言い方をしたんだね。
ただ、噂レベルで属性竜もいるのではないかって言われているらしい。
というのも、ブルードラゴンが目撃されたのが龍峰山脈にある山の中腹だからなんだって。
「ドラゴンは高い所に巣を作る習性があるのよ。それなのに中腹にいたってことは、それよりも上に上位種の巣があるんじゃないかって言われているわ」
「なるほどねぇ」
ただ、その噂を確かめるために山を登ろうと考えるようなもの好きはいないらしい。
それはそうよね、もし属性竜に出会ったら死ぬってことだもの。
だからこれはあくまで噂レベルの話なんだってさ。
「とにかく、あなたの家の周りにいる魔物がどれだけ恐ろしいのかは解ったでしょ? さっきも言ったけど、護衛の冒険者たちが苦戦していたシルバーウルフでも討伐難度はCなんだから」
「でも、さっき言った三種はみんな草食だよ。だから刺激しなければ特に危なくはないと思うんだけど」
肉食獣じゃないんだから近くに居ても襲われる心配はないんじゃないって言ってみたんだけど、そんな甘いもんじゃないって言われてしまった。
「クレイジーブルは、群れの縄張りに入ってきたものを集団で狂ったように襲ってくるからそう名付けられたと聞いているけど?」
「へぇ、そうなんだ」
クレイジーブル、ガレット・デロワから聞いた話によるとジャイアントボアよりも一回り大きいらしいからなぁ。
それが集団で襲ってくるとなると、それはそれは恐ろしい光景だろう。
「警備兵を鍛えるのに丁度いい魔物って聞いていたから、そんな危ない魔物だなんて思わなかったわ」
「なに、それ? あなたの住んでいたところには神の兵団でもいるの?」
「そんな大げさな」
私が笑うと、クラリッサさんは笑い事じゃないわよって。
「さっきも言ったでしょ。クレイジーブルは討伐難度Aの魔物なの。ほんの一握りのエリート冒険者しか手を出さない魔物なのよ。それを警備兵を鍛えるのに丁度いいだなんて、指導者は頭がおかしいんじゃないの?」
「いや、でも実際狩りすぎて肉や素材が余っているって言ってたから、適正レベルの相手なんじゃないかなぁって思ってたんだけど」
これにはクラリッサさんも口をあんぐりと開けてしばらく固まっていたんだけど、再起動すると同時に身を乗り出して聞いてきた。
「素材が余っているって、クレイジーブルの?」
「ああ、うん。それにブレイヴシープも良質な毛や皮、それに肉がとれるから狩っているって言ってたような?」
私がそう話すと、クラリッサさんの目が光ったような気がした。
いや、目つきが変わっているから、実際光ったのかも?
「ねぇ、アイリスさん。その素材、送ってもらうことはできない?」
「クレイジーブルとブレイヴシープの素材を?」
う~ん、この家の地下に転移ポートを設置すれば城と繋がるから、できるかできないかと言えばできる。
でもなぁ。
「どうだろう? 近くに街道が無いから荷馬車が使えないし」
「ああそう言えば、森に囲まれている土地と言っていたわね」
いくら普通の牛の皮より軽いと言っても、クレイジーブルは3ナンバーのミニバンより大きいそうだもの。
その皮や肉を馬車なしで運ぶのはとても無理だと、クラリッサさんは判断したみたい。
「だから素材が他の街まで流れてこなかったのね。納得したわ」
そして同時に、なぜそんな人たちが人知れず存在していたのかもかってに理解したつもりになってくれたようね。




