30 家を建てよう
クラリッサさんの依頼で来た商業ギルドから紹介してもらった土地、辺鄙な場所だからか結構広かったのよね。
それにここまでくる間に馬車の中から見たぺスパの家が、みんな結構大きかったのよ。
多分ここは農業都市だから、作業に使う農具なんかを仕舞う必要に迫られてあの大きさなんだろうなぁ。
「ここに来るまではSサイズの家を建てるつもりだったけど、周りの家の大きさからすると小さすぎて逆に浮きそうね」
そう思った私はMサイズの家を建てることにした。
「クラリッサさん。もう、家を建ててしまっていいんですよね?」
「ええ。土地の権利移動は済んでいるからいつでもいいけど、知り合いの大工でも呼ぶの?」
「いえ、持ってきたから建ててしまおうかと」
私が言ったことの意味がよく解らないのか、不思議そうに首をかしげるクラリッサさん。
そんな彼女に危ないからちょっと下がってというと、私はストレージに入っているMサイズの家ユニットを指定した。
すると前に城を立てた時同様、家を建てますか? Yes/Noの文字が出ているモニターが浮かび上がったので、迷わずYesを選択。
出て来たオレンジ色の設置場所を指定する表示を動かして調整した後、モニターに表示されている最終確認のYesを押すと目の前にいきなり大きな家がどーんと現れた。
「なっ!」
さっきまで何もなかった場所にいきなり大きな家が建ったものだから、クラリッサさんはびっくり。
「なにをしたの!?」
「なにって、見ての通り家を出したのよ」
そう話したんだけど理解してもらえなかったから、私の国には家をユニット化する技術があって、それを持ち歩いていたと説明。
それを起動したから、目の前の家が出て来ただけだよと。
「家をユニット化して持ち運ぶ……」
「あっ、どういう理屈かとか作り方はとかを聞いても無駄よ。私だってそんなの解らないもの」
「えっ? ええ。アイリスさんは建築家でも魔道具師でもなく錬金術師ですものね」
実を言うと魔道具師でもあったりする。
でもそれを今言ってしまうといろいろ問題がありそうだから、ここは口を閉じておくとしよう。
すると自分の中で妥協点を見つけたのか、それともあきらめの境地に至ったのか。
クラリッサさんは建ったばかりの家の玄関を指さして、入って中を見てもいいかと聞いてきたのよ。
「ええ、いいわよ。ユニット化する前に家具も入れて置いたからもう住める状態だし。ただ、一つ言っておくことがあるわ」
私がそう言うと、クラリッサさんは首をかしげながらなにかあるの? って。
いや、そんな大層なことじゃないんだけどね。
「私の国の家がすべてそうというわけじゃないけど、一部ではリラックスするために玄関で靴を脱いで家に入る風習があるのよ。私の家もそうだから、土足のまま中に入らないでね」
「変わった風習があるのね」
うちの城は靴のまま入るんだけど、実を言うと私の部屋は入り口でスリッパに履き替えるようにしているのよ。
だって日本ではそういう生活をしていたんだから、部屋の中くらいはリラックスしたいじゃない。
そんなわけで、持ってきた家はSサイズの方も同じように靴を脱いで入るようになっているの。
「それじゃあ、どうぞ」
「おじゃまします」
私が玄関のドアを開けると、クラリッサさんは物珍しそうな顔で中へ。
「えっ! 温かい?」
するとこう言いながら、びっくりした顔でこっちを見たのよ。
「ああ、この家はユニット化するために魔道具になっているそうなの。だから室温は常に一定の、すごしやすい温度になっているのよね」
季節柄なのかこの国の気温がもともと低いのか、私たちがさっきまでいた場所は昼間でも少々肌寒かったのよ。
でもこの家の中は22~3度に固定されているから、入った瞬間は暖かく感じるもの。
だからクラリッサさんは驚いたのだろう。
そんなことを考えながら、玄関マットの上で靴を脱いでスリッパに履き替える私。
するとそれを見ていたクラリッサさんが、感心したような声でこう言ったんだ。
「なるほど、脱ぎ履きがしやすいようにあなたの靴には靴ひもが無いのね」
言われて気が付いたけど、そう言えば私の靴ってローファーだったわ。
「私の国では珍しくもない靴だから気にもしてなかったけど、言われてみれば確かにこれは脱ぎやすいかも」
このローファーって足の甲を覆う部分、スニーカーで言うベロとかタンって言われるところの両ふちがゴムでできていてちょっとのびるのよ。
だから皮だけでできているものより、かなり脱ぎ履きがしやすくなっているのよね。
余談だけど、ウィンザリアにはMMORPGにしては珍しくゴムが実装されていたの。
これはボウガンの一種としてスリングショット、いわゆる射撃用パチンコが実装されていたから。
でもそのおかげでこの世界に来てから、本当に助かっているのよね。
この世界に顕現させられてから数日暮らしただけで、日本人が生活するうえでどれだけゴム製品に助けられているのかを思い知らされたもの。
これほどウィンザリアの運営に感謝したのは、ゲーム時代も含めて初めてだったわ。
閑話休題。
私が靴を持ってベロの部分を引っ張って見せると、便利な素材ねと関心するクラリッサさん。
「それもあなたの国の素材?」
「ええ。ゴムって言うんだけど、この国には無いの?」
「どうだろう? 靴の素材なんて調べたことが無いから解らないわ」
砂糖やメープルシロップと違ってあまり興味がないのか、話を軽く流してスリッパに履き替えている。
まぁ使ったことが無ければその便利さは解らないだろうし、家業の薬屋にもゴムは関係ないから当たり前なのかもしれないけどね。
「本当に一通り家具が揃っているのね」
とりあえず最初の部屋に入るとそこには絨毯が敷かれており、その上には革製のソファーやテーブルのセットが。
そして壁際にはガラス扉の収納棚が置かれていて、部屋の中はくつろげるリビング空間になっていた。
クラリッサさんはその部屋の中をぐるっと見渡すと、感心したような顔をしてソファーに座ったんだ。
「なによ、これ!?」
すると急に、驚いたような大声を出したものだからびっくり。
「どうしたの? 何かおかしなのところでもあった?」
「あっ、いえ、違うのよ。思った以上に体が沈み込んだから驚いてしまって」
ああそう言えばこのソファーって、私の好みでクッションがかなり柔らかいものを使っているからなぁ。
応接室などでよく見かける、固めのソファーを想像して座るとびっくりするかも。
「それに使ってあるこの皮、牛の魔物のものかしら? かなり良いものに見えるけど」
「そうよ。クレイジーブルって言う牛の魔物の皮を使ってるんだけど、光沢があってとても柔らかいのにすごく丈夫なのよね」
ブレイヴシープの毛や皮もかなりいいものだったけど、クレイジーブルの素材も使ってみたらかなり良かったのよ。
魔物の皮だからか傷がつきにくく、その上軽くて触り心地も最高。
日本に持ち込んだら、高級家具の会社や革ジャンを作っている会社が奪い合うんじゃないかしら。
そんなことを考えながらくすくす笑っていたせいで、私は見逃していたのよ。
クレイジーブルの皮と聞いて、クラリッサさんが固まってしまっていたことに。




