29 住む場所を決めよう
砂糖が手に入る希望が出て来たことで、話は変わって私の住む場所についての話題に。
「次に住むところだけど、何か希望はある?」
クラリッサさんが言うには、商会の人を商業ギルドへ使いに出して土地を紹介できる人をこちらに向かわせているらしい。
だからその人が来る前に、私の希望を聞きたいそうな。
「ああ、さっき他にも何かあるような口ぶりだったけど、私の住むところの話だったのね」
「当たり前でしょ。馬車の中でも言ったじゃない、所在確認は必要だって」
そう言えば、居場所が解らないと依頼が出せないと言われたっけ。
それを思い出した私は、必要な要素を並べてみることにした。
ストレージの中に家はあるから、土地だけでいいかな。
それとポーションを作るために森に行きたいから、なるべくその近くがいい。
これに関して言うと、ウィンザリアの家の設備は周りの魔素の濃さによって使える量が変わるから魔物がいるガイゼル側の森の近くの方がより都合がいい。
でも森の近くは塀に囲まれた旧市街らしいから、多分無理だろうなぁ。
そう考えるとガイゼルより、ぺスパの方が候補としてはいいかも。
魔素は少ないだろうけど、森の近くの土地は結構空いてるんじゃないかな。
それと治安が悪い所はいや。
クラリッサさん曰く、見た目が8歳児らしいからお金を稼いでると解ると変なのが寄ってきそうだし。
う~ん、いきなり条件を挙げてみろと言われるても、思ったより浮かばないものね。
「ちょっと考えてみたけど、ガイゼルに住むよりぺスパの端、森に近い場所がいいんじゃないかな?」
「どうして? ぺスパだと、買い物にも苦労するわよ」
クラリッサさんの言う通り、ただ生活するというのであれば都会であるガイゼルの方がすごしやすいだろうね。
でも私の場合はかなり特殊だから、人が多い場所の方が不都合が多いのよ。
「私の職業を覚えてる? 錬金術師は森に入って薬草を摘んだり湧水を汲んだりしないといけないのよ。ガイゼルなら旧市街の森に近い場所がいいけど、さすがにそれは無理でしょ?」
「旧市街に空き家なんてないわよ。でも、そうか。ポーション作りのことを考えるとガイゼルに住むより、ぺスパの方が都合がいいのかも?」
私の話を聞いて、ウォルトン商会の錬金術師たちもぺスパに住まわせた方がいいかな? なんて言いだすクラリッサさん。
でも、それは流石にかわいそうだからやめてあげて。
「私と違って魔物や野生動物を狩ったりできないんでしょ? それじゃあ森には入れないから、やめた方がいんじゃない?」
「それもそうか」
どうやら思いとどまってくれたようでほっと一安心したところで、
コンコンコン。
ドアからノックの音が聞こえてきた。
「どうぞ」
「失礼します。商業ギルドの土地担当者をお連れしました」
入ってきたのは執事服の男性と、肩から大きなカバンを下げた女性。
執事服の方は多分ここの人だろうから、こっちの女性が商業ギルドの人なのだろう。
「家をお探しとのことでしたので、資料をお持ちしました」
その考えは正しかったようで、その女性は私たちのそばに来るとテーブルにいくつかの羊皮紙を並べた。
「ウォルトン商会の近くにある空き家をいくつか見繕ってその資料をお持ちしたのですが、この中にご要望に沿える物件はありますでしょうか?」
これを聞いて、ちょっと困った顔をするクラリッサさん。
私の希望を聞く前に呼んでしまったのだから、ここに近い場所の資料を持って来るのは当たり前よね。
ならば私の気に入る家や土地がこの資料の中にあるはずがない。
「ごめんなさい。住む人の要望を聞く前に呼んでしまったから余計な仕事をさせてしまったわ」
「そう申されますと?」
「実はこの方、新しく契約した錬金術師なんだけど、工房を作るにあたって森に近いぺスパのはずれの土地を希望しているのよ」
私が錬金術師と聞いて、商業ギルドの女性は一瞬だけ驚いた顔に。
でもすぐに笑顔になると、クラリッサさんにこう話しかけた。
「ぺスパのはずれですと空いている土地は多いですが、空き家を探すのは難しいかと」
「ああ、大丈夫です。というか、できたら土地だけの方が都合がいいので」
ポーションを作る工房なので普通の民家をそのまま使うのには不都合があると説明すると、商業ギルドの女性はにっこり。
「それでしたら、候補はいくらでもございます。私が把握している場所もいくつかございますから、これからご案内いたしますか?」
「そうね。家を建てるなら、早めに土地を確保した方がいいし」
クラリッサさんが了承したことで、私たちはそのまま土地の見学に向かうことになった。
「いくつか見せてもらったけど、ここが一番いいかな?」
「えっと、こちらで本当によろしいのですか?」
私が選んだのはぺスパの街のはずれもはずれ、森がすぐ近くまで来ている土地だった。
それだけに周りにお店など一軒もなく、農家と思われる民家が数件と学校なのかな? 小さな子供たちの声が聞こえる比較的大きな建物があるだけの土地だった。
「もっと静かな、便利な場所もございますが?」
「ああ、大丈夫。職業柄、森に近い場所ほどいいから」
商業ギルドからすると、もっと値段の高い場所を紹介したいんだろうね。
でも便利で高い土地ほど野生動物が出てくる可能性の低い中心部になるもの。
そんな所より多少うるさかったり不便だったりしても、ここの方が私の条件にあっている。
「アイリスさんが気に入ったのであれば、ここにするわ。契約は商業ギルドで?」
「いえ。サインを頂ければこちらで事務手続きを済ませ、後日その書類を商会にお持ちします」
街道の交わる通商都市の側面を持つガイゼルと違って、農業都市であるぺスパには商業ギルドは置いていないらしい。
だから契約をギルドでしようと思ったらかなりの時間がかかるということで、サイン一つで済ませてしまおうとのこと。
それもこれもウォルトン商会が、この国有数の大商会だからこそできることらしいけどね。
何事も、信用がものをいうわけだ。
「はい、結構です。この瞬間から土地の所有権は譲渡されました。建物の建築に関しても、こちらで手配いたしましょうか?」
「そうねぇ」
商業ギルドの女性からそう聞かれて、少し考えるそぶりのクラリッサさん。
でも、その必要はないのよね。
「ああ、大丈夫です。当てがあるので」
「そうなの?」
「ええ」
クラリッサさんの問いに私がそう答えると商業ギルドの女性は、
「何がご要望があればお気軽に声を掛けてください。それでは失礼します」
そう言って帰っていった。
「ガイゼルの街まで結構な距離があるけど、歩いて帰るのかな?」
「そんなはずないでしょ。ぺスパからガイゼルまでは定期便の馬車が出ているから、それで帰るのよ」
あきれた表情でそう言い放つクラリッサさん。
その冷たい視線を受けた私は、ただ軽い気持ちで言っただけなのにと思いながら心の中でさめざめと涙を流した。




