27 まさか、無いの?
ぺスパを超え、橋を渡ってしばらく進むと目的地であるガイゼルの街へ到着。
とは言ってもクラリッサさんの商会は中心部にあるとのことだったので、それからも少しの間馬車に揺られることになったけどね。
その馬車が停まったのは、大きな門ときれいな庭がある華やかな建物の前。
何これ? 貴族の豪邸?
商会というから機能的な建物を想像していたんだけど、そこは日本でいう所の見栄え重視で作った観光地の商業施設といった感じの建物だった。
その華やかさに一瞬ひるむ私。
「ほぇ~、クラリッサさんの商会ってこんな……大きな建物なのね」
「それはそうよ。冒険者の街にあるポーションの商会なんだから」
言われてみれば、冒険者にとってポーションは最後の命綱みたいなものだもの。
儲かってそうな商会で売られている方が安心できるだろうし、数が売れるのならそれだけ規模が大きくなるのも解る気がする。
「かなり派手な建物だけど、ここは店舗も兼ねてるの?」
「まさか。店舗は他にあるわよ」
クラリッサさん曰く、ここは事務や経理、それにポーション類を作っている場所らしい。
そう言えばこの建物、門のところに警備をしている人が立っていたっけ。
そんな所に冒険者が、ポーション下さいって気軽に来られるはずないか。
「そろそろ入らない? 契約のこともあるし」
「あっ、そうね」
入口の大きな板チョコを二つ並べたような巨大な扉をくぐって館の中へ。
私が通されたのは、いかにも応接室っていう感じの部屋だった。
「私も今日来たばかりだから、まだ専用の部屋の準備ができてなくて」
クラリッサさんは笑いながらそう言うと、近くにいたメイドさんに私を任せて部屋を出ていく。
契約の書類を作ると言っていたから、その準備があるんだろうね。
ってことで、お茶を飲みながらリラックスタイム。
窓から見える庭の景色をボケ~っと見ていたら、クラリッサさんが数枚の羊皮紙を持って帰ってきた。
「契約の条件はこんな感じでいいかしら?」
そう言って渡された書類に目を通したんだけど……。
「いいと言うか、こんな適当で私に有利なものでいいの?」
正直、好条件を通り越してほんとにこれでいいのかと。
基本はウォルトン商会から依頼されたポーションを作るという契約なんだけど、ノルマも無ければここに来て作業する必要さえない。
気の向くままポーションを作ってくれればいいという、なんとも私に有利すぎる内容だったのよね。
だから本当にこれでいいのかと聞いてみたんだけど、クラリッサさんからするとこの条件でもいいから契約したいという。
「さっき聞いた話からすると、あなたは森に入ってそこで薬草と湧水を採取してポーションを作るんでしょ? そんな作業をする人に、これだけの量を納品してほしいと言ったって無理じゃない」
「それはそうだけど、この条件だと働かないかもしれないわよ?」
私がそう言うと、クラリッサさんは笑いながらそれでもいいわよって。
「契約書に書いてある通り、あなたがこれから作るポーションはうちの商会が優先的に買い取るという契約ですもの。持って来なければお金を払わないのだから問題ないわよ」
「それはそうなんだけど」
「それにね、後ろの方に書いてあるけど、十日に一度はここに顔を出してうちの錬金術師の質問に答えるという項目があるでしょ? 私としては、そっちの方が大事な契約だと思っているのよ」
クラリッサさんは、私と商会の人が使う錬金術の違いをもっとよく知りたいみたい。
それが解ればポーションの品質が上がると思っているのか、その十日に一度の出社にもちゃんとお給金が出ると書かれてるのよね。
「まぁ、顔を出すのに一本も作らないという方が気まずいから作っては来るけどね」
「うん、それも狙い」
そう言って満面の笑みを浮かべるクラリッサさん。
彼女からしたら、高品質すぎるポーションを量産されると商会の錬金術師の仕事がなくなると思っているのかもしれない。
いずれは私と同等の物を作れるようにしたいだろうけど、薬草などの仕入れを考えるとしばらくは無理だろうからね。
「さて、契約については問題がないようだから一度休憩を入れましょう。慌ててあれもこれも決めようとすれば、どこかしらに見落としが出てきそうだし」
クラリッサさんの口調からするとまだ何かあるようだけど、とりあえずはティーブレイク。
メイドさんがお茶と焼き菓子を出してくれたので、休憩がてらそれを食べることになった。
そう言えば、この世界のものを食べるのってこれが初めてよね。
そんなことを考えながら、焼き菓子を一口。
お茶と一緒に出されたのだからきっと甘いものだろうと思ったんだけど、クッキーを塩味にしたようなものだったからちょっとびっくりした。
これはあれか? ラノベでよくある、砂糖がものすごく高いっていうやつ。
あれ? でもクラリッサさんは大きな商会の娘で支部長だし、私は是非にと言われて雇われようとしている錬金術師よね。
それなら多少高くても、お茶菓子に甘いものが出てきてもよさそうなものだけど。
疑問に思った私は聞いてみることにした。
「クラリッサさん、この国でも砂糖はやっぱり高いの?」
「さとう? 聞いたことが無いものだけど、それも錬金術関係のもの?」
はっ? さすがにそんな答えが返ってくるとは思わなかった。
いや、もしかすると名前が違うのかも? そう考えた私は聞き方を変えてみることにする。
「この国だと名前が違うのかな? 植物の樹液から作られる甘い調味料のことよ。白いのとか黒いのとかがある」
「樹液から甘い調味料が作れるの?」
待て待て、ほんとに砂糖が無いっていうの? さすがにそれは想定外だ。
でも驚きすぎたおかげで、逆に頭が冷えた。
よくよく考えると有り得る話なのかもしれない。
砂糖の原材料であるサトウキビは熱帯地方原産の植物だ。
この街の今の気候って、日本で言う春の初めか秋の終わりごろの気温だもの。
今いる場所がこの星のどのあたりなのかにもよるけど、もし赤道に近い場所だったりしたらサトウキビのような植物自体が無いなんてこともあり得るのよね。
「ねぇ、変なことを聞くけど、ここよりかなり暑い国との交易ってほとんどなかったりする?」
「暑い国というと、別大陸よね? 海には海龍などの強い魔物がいるから、渡れる船なんかないわよ」
クラリッサさんの話によると、漂着した人がいるから他の大陸があることは知られているけど、実際に船で海を渡った人は皆無らしい。
なるほど、それでは砂糖が無くてもおかしくはない。
漂着した人は存在を知っているかもしれないけど、海に落ちた時点でもし持っていたとしても溶けてなくなっているだろう。
「存在を知らなかったら、甜菜糖のような代用食材から作る砂糖の研究もしないだろうしなぁ」
知らないものを想像だけで新たに創り出そうなんて、普通は考えないものね。
その考えにいたった私が一人でうんうんと頷いていると、クラリッサさんが不思議そうな顔で聞いてきた。
「甘いというと、蜂蜜のようなものなの? いや、さっき樹液から作るって言ってたし。でも甘い樹液なんて聞いたことも……」
「ちょっと待って! もしかしてサトウカエデ系の木も無いの?」
「サトウカエデ?」
これにも心当たりがないのか。
う~ん、メイプルシロップ系も無いとなると、この世界での甘味は私が思っている以上に貴重なものなのかも?
「とりあえず、食べてもらえば解るか」
そう思った私は鞄に手を突っ込むと、ストレージから砂糖とメープルシロップを取り出す。
どちらも自販機から買った時点ではかなりの量がある(砂糖は1キロ袋、メープルシロップは500mlのビンに入っている)から、あらかじめ城で小分けしたものだ。
「こっちが砂糖で、こっちがサトウカエデの樹液を濃縮したシロップよ」
「少し頂いてもいいかしら?」
私がうなずくとクラリッサさんはその両方を小皿に取り、恐る恐る口にした。
「っ!?」
表情が激変するって、こういうことを言うんだろうね。
驚きのあまり目玉が零れ落ちそうなくらい目を見開くクラリッサさん。
これはもしや、またやってしまったのかもしれない……。




