26 どうやらラノベのファンタジーとこの世界の常識は違うらしい
今いる場所がそれほど高い丘ではなかったからガイゼルの街のすべてが目に入ったわけじゃないけど、手前に広がる街並みの向こうに城壁のようなものが見える。
ということは、城下町なのかな? そう思って聞いてみると、笑われてしまった。
「あれは城じゃないわ。元々あの街は壁の中にしかなかったのよ」
私が城と勘違いしたのはこの街が開かれたころからある旧市街地で、周りを囲んでいるのは更に向こうにあるという魔物の森から住民を守るために作られた壁なんだそうな。
「ガイゼルは三方向からの街道が交わる小さな宿場町だったそうよ。でも魔物の森が侵食してきて町のすぐ近くまで来てしまったことから、街道を守るために作ったのがあの城壁らしいわ」
なるほど、元々はそれほど大きくない町だったから壁で囲むことができたってわけね。
でも、あれ? それならなんで今はあんなに大きな街になってるんだろう?
そこを訊ねてみると、とんでもない答えが返ってきた。
「それはね。森からよく魔物があふれるから、それを狩るために冒険者が集まってきて勝手に住み着いたからよ」
「魔物があふれるって、スタンピートが起こるの!?」
このお嬢様、あっけらかんと話してるけどよくあふれるって言い方をしたわよね。
ということはしょっちゅうスタンピートが起こっているってことでしょ?
この街、よく生き残っているわね。
「ああ、大丈夫よ。それに対応するための設備が整っているから」
クラリッサさんが言うには、旧市街が事実上の盾になって町を守っているらしい。
実際スタンピートの予兆が見られるとすぐに、城壁の上にあるバリスタや投石機の準備がされるそうな。
「それに設置型のバリケードが森側に置いてあって、あふれそうになると橋の手前に置いて足止めをしたりするのよ」
「橋? ってことはもしかして、あの城壁の向こうにも川があるの?」
「ああ、そう言えばここからじゃ見えないから解らないわよね。川幅が旧市街くらいある大河が流れているわ」
クラリッサさん曰く、普段はそこにかかっている橋を渡って冒険者たちは狩りをするために森へと向かっているらしい。
そっか、そんなものがあるのなら魔物が来る場所を特定しやすいし、バリスタなどの攻城武器を有効に使うことができる。
たとえスタンピートが起きてもこの街を守り切れるってわけね。
そんな話をしている間に、外の景色が田園風景に変わっていた。
ってことは、ぺスパって言う農業都市に入ったのね。
……ん?
「ねぇ、クラリッサさん。農場都市ってことはここを治めている人がいるのよね? 入るのにお金とか払わなくてもいいの?」
「街に入るのに、お金がいるの?」
私の質問に、首をかしげながら聞き返すクラリッサお嬢様。
その表情からすると、ファンタジー系ラノベではおなじみの入街料というものが、この世界には存在していないらしい。
「いや、国によっては大きな街に入る時に持ち込んだものなどを調べて税を取るところもあるって聞いたから」
「そんなことをしたら流通が滞るから、かえって税収が落ちるんじゃないかしら?」
そんな話から、この国の体制がどんなものなのかという話に。
どうやらこの国は、戦国時代の日本のような状況みたい。
王族や貴族はちゃんといるんだけど、権威は残っているものの力は各地を収めている領主たちの方が上なんだそうな。
「中には貴族が収めている土地もあるのよ。でもどちらかというと、昔は代官だった地元の領主や大きな力を持った組織が治めている所が多いわね」
「勝手に治めてるの?」
「いえ、流石にそれは無いわ。さっきも言ったでしょ、王族や貴族にも権威は残っているって。だから王様からここを治めてもいいっていう地位を与えられているわ」
要は守護とか大名みたいなものね。
う~ん、ますます昔の日本のようだ。
「因みにぺスパはこの地を開拓した騎士の一族が治めていて、これから向かうガイゼルは冒険者ギルドが治めているのよ」
「冒険者ギルドが!?」
これにはちょっとびっくりしたんだけど、クラリッサさんが言うにはそれが一番理にかなっているらしい。
「さっきも話した通り、よくスタンピートが起こるでしょ。魔物相手だと騎士や兵士はあまり役に立たないから冒険者に守らせた方がいいのよ。だからそれをまとめている冒険者ギルドにこの街を治める地位が与えられているってわけ」
「なるほど、よく考えられているのね」
それに、冒険者ギルドが治めているからこその利点があるらしい。
それは周辺の権力者から、この地が攻められないということ。
ガイゼルは三方向から街道が入ってくる商業の要所でもあるから、そこを押さえようと思う地方領主が居てもおかしくないそうな。
でも冒険者ギルドが治めているとなると、流石に手が出せない。
だってもしギルドを敵に回したら、自分たちの領地から冒険者がいなくなるかもしれないもの。
クラリッサさんたちが魔物に襲われたのを見ても解る通り、街道でも絶対安全ってわけじゃないからねぇ。
護衛をしてくれる冒険者の存在は、どこの街でも絶対に必要な存在なんだそうな。
「それに例えほかの領主がここを占拠できたとしても、冒険者がいなくなったらあっという間に滅びるんじゃないかな?」
「スタンピートから街を守る存在がいなくなるからね」
「それもあるけど、ガイゼルって冒険者たちの収入で支えられている街だからね」
魔物の素材というものは、とにかく重宝されるものらしい。
だから森に入ってそれを回収して来る冒険者たちは、かなり稼げているそうなのよ。
そんな冒険者たちは明日どうなるか解らないからと言って、稼いだお金をバンバン使うでしょ。
そのおかげで、街の商人たちも他の土地に比べて裕福な人が多いらしい。
「それに魔物の素材を求めて、他の街からも商人が集まってくるもの。街がどんどん大きくなるのも当たり前よね」
「魔物の森という鉱山がある街ってわけか」
窓の外に目を向けると、そこは橋の上。
これを超えて少し進めば、いよいよ目的地であるガイゼルの街だ。
「ガイゼル支部に着いたらさっそく契約、その後はあなたが住む家探しね」
「そこまでしてくれるの?」
「だって専属契約をしても、居場所が解らないと依頼が出せないじゃない」
「確かに」
どうやらクラリッサお嬢様は私を絶対逃がさないつもりらしい。
まぁ私も別に、何かやりたいことがある訳じゃないからなぁ。
しばらくこのお嬢様に付き合ってみるのもいいか。
そんなことを思いながら、私は流れていく外の景色を眺めた。




